第十八章 「世界の終わり」 1
馬車の一つもないのかよ、とおれは愚痴をこぼしながらシルクロードを徒歩で通うような馬鹿げた気持ちで墓地を目指す。
横でユリアがうとうとしながら歩いている。
というかこの世界の設定はどうなっているのさ、魔法も魔獣もいない癖に影とかいうトンデモがあるし、それに龍はどうした、いないじゃないか!
異世界ファンタジーの意味がないぞ。龍神族も巨人族もエルフもオーガもいない。あるのは『追放者』だの〝影の世界〟だとという組織だけ。挙げ句の果てに王の決定は選挙とか、日本でやれよ、異世界に転移した意味ないだろ、醍醐味を潰してどうするんだ。
現在地はどこだ、と地図を見る。
ああ、さっぱりわかんね。
そこで運良く村の灯火が見えた。
この道を選んだ理由の一つに無事到着できたのでひとまず安心であるが、フェルセマフィのような死んだ村ではないことを祈る。
村の正門をくぐり「ごめんください」と挨拶。
見渡したところこの村はまるで日本の夏祭り会場のような場所で、ナトリウムでも燃やしてるのかなと思うほどのオレンジの灯りが特徴的であった。
そこらへんに立っていた住民に声をかけ、村長に会いたいと願うとすんなり中へ通してくれた。
ちなみに村は結構活気があって、まだ大丈夫だろうと思った。
それに、影がこの世界全てを飲み込むまではあと数ヶ月から半年ほどは必要になるだろうから、タイムリミットまでは全然。
村長はやや怪訝な表情を浮かべておれたちを見た。
「突然すみません、西に旅をしている、王国の者なのですが、今晩限りここに泊めてはくれないでしょうか」
おれは我ながら丁寧に頼んだ。
王国の者という肩書きを濫用して。
「そうですか、最近は周囲は物騒なものですからね、どうぞ泊まってください」
快い村長の言葉に敬礼。
おれは客間にどうぞごゆっくりと案内された。
「すみません、わざわざ案内も」
感謝に尽きるぜ。
ごゆっくり、と言われても眠いのでさっさと風呂に入って寝ることにした。
おれとユリアはそれぞれ風呂に入って、ベッドに入ろうとした。
そこにノック。どうやら客間を間借りしている客に客のようだ。
「すみません、来訪者は珍しいものでして」
若い男が申し訳なさそうな顔で入ってきたと思うと、子供が数人きゃっきゃ言いながら飛び込んできた。
「なにか、話をしてやって下されば、ありがたいです」
少年少女少女、夢を語るようなキラキラな目でおれを見つめている。
ユリアは既に横になってしまっていて、起き上がろうとして、それがかなわず、横になったまま話を聞くことにしたらしい。
「話……ね」
そうだな、それならいっそのこと。
「おれの話をしよう。まず、経緯を説明せねばなるまい」
なんてまるで小説のように始めた。つい回りくどく話してしまう嫌いのあるおれは我慢に我慢を重ね、今まであった全てを簡潔に、七分ほどにまとめて語った。
苦労を乗り越えた話、そのために努力をした話、仲間に裏切らなかった話、これから大事なことをしに行くという話。
悲壮感を極限まで抑えて、その後に持つ希望を伝えた。
こんな子供たちには現実を直視させてはいけない。経験談なんて話しちゃいけない。
おれが伝えるのは希望であって、絶望じゃない。
だからおれの冒険談を「物語」として語るんだ。
さて、子供たちが満足してくれたかはわからない。だが不思議とおれは希望を得れた。
ようやく理解した。
人を笑わせるためには自分も笑っている必要があるように、希望を与えるには自分が希望を持っている必要がある。
おれは、忘れていた希望を思い出したのだ。
子供たちがそれぞれの家に帰っていく。
少し寂しくなったが、もうおれは一人じゃない。
ユリアがいる。
さあ寝るかと布団に入ろうとしたそのときにようやく気付いた。
この部屋ベッド一つしかねえじゃん。
おれはユリアの寝床を奪うわけにもいかず、ソファーで寝ることにした。
というかこの世界ソファーあるのかよ。
翌朝ユリアの第一声は「一緒に寝ればよかったのに」だった。
「いやいや、さすがにそれは勇気というものが……」
「あのサテルに立ち向かう勇気はあるのに少女を押し倒す勇気はないのね」
「ば、馬鹿、それとこれとは別なんだ」
ああなんて呑気な会話なのだろうか。
これから過酷な道を進むというのに。
まあでもいいか、これくらい気持ちを落ち着かせていれば緊張も解ける。
そこにノック音。
「すみません。昨夜のお礼に、どうぞ。子供たちは面白がっていましたよ」
面白がったいたのか。それもそれで少し違う気もするが、喜んでいるならなりよりだ。
ということでこの親父さんから頂いたものは二人分の朝食だった。
「どうぞ、これを食べて腹を満たしてから旅にお出で下さい。幸運を祈っています」
昨日から思っていたがこの人の敬語おかしくないか。どうでもいいな。
「ありがとうございます」
ありがたく受け取って、ユリアと二人で朝食を取る。
村長に挨拶をしてから村を出た。
まだまだ旅は終わらない。
むしろこれからが本番だ。
「ユリア、もし影の中に入れなかったらどうする?」
「世界を救いたいなら早めにサテルに証を渡した方がいい。救われることに変わりはないから」
「そうかもな、まあ少し言い訳っぽいけど」
それにサテルにも申し訳ない。
きっとあの人なら「はっはっは、自分の決意を翻すとは滑稽な奴」と笑ってくるだろうがなんだかんだ依頼を受けてくれそうだ。
そういえばおれはまだユリアに計画を伝えていない。
どう世界を救うのか。
「万一墓地に辿り着けなくても、多分大丈夫だと思うけど、まだなんとも言えないからなるべく近くにはいた方がいい」
こうは言ったもののさてどう切り出すべきか。
だから、とりあえずは簡潔にまとめよう。
「おれたちはこれから〝過去〟を変えに行くんだ」
旅路、おれは語り始めた。




