第十七章 「新たなる未来」 3
つまらない。
切実に思う。
もしこれまでの冒険を小説にし、この後サテルを倒して強くなったおれがブルーノやアーマードを倒し新しい王になるというハッピーエンドでくくられるなら、どこが面白いんだと批判してやろう。
作家とは常に読者の感情を、思考を、心を操作せねばならない。
他愛もない会話でキャラクターに感情移入させ、小さな事件で伏線を張り思考を誘導し、作家自身に対する期待を持たせ、それを良い形で裏切る。
そのためには起承転結は非常に重要な存在だ。
というか物語を書く上で尊重せねばならない典型だ。
裏切りは「転」で行われる。
そう、それまでの起と承はまるでプロローグのような準備期間であって、本編は転から始まる。
転はなるべく短いほうがおれは好きだ。
百回騙されるとかうたっている本もあるが、どうも読もうという気がおきない。百回裏切られてなにが嬉しい。百回状況を覆してなにが物語りだ。
そんなもの軸がぶれている。
そう思うとおれの冒険はまだまだ準備期間で、本編に入っていない。
確かに今までにユリアからの冤罪、アーリーの自殺、アンナの殺人、サテルの介入、アーマードの裏切り、リーナの死、サテルとのゲーム、色々なことが起こり、数多の情報が錯綜した。
だが、まだ大きな謎を、否、伏線を回収していない。
なぜおれは異世界に転移したのか。
なぜ転移先は牢屋だったのか。
なぜ『いろは』を使えるのか。
なぜ元々守護を宿していたのか。
それだけではない。
M・Mとは誰だ。
追放者の英雄とは誰だ。
リーナに守護を渡したのは誰だ。
エゼヴィアとはなんのことだ。
シュミレーテッド・リアリティは信じていないが、それでももしおれを操作する作者がいるのだとしたらこう言ってやろう。
ざまあ見ろ、モノローグで伏線だの回収だの、しかもその内容を明かす主人公はいないだろ。
ともかく、おれはとっととこの冒険を終わらせるために動く。
世界の救済という結末で。
「サテル、おれはおまえの願いも背負って行くよ」
とうとうサテルを倒すことができた。
彼女の言うとおり一週間分で、戦闘技術を習得し、影人をばったばったと倒せる人間へと成長した。
おれは彼女に感謝した。
それゆえに、殺さなかった。殺したくなかった。
「ああ、よろしく頼むよ」
剣先を外しても彼女は仰向けに倒れたまま立とうとしない。
これはおれの勝利を意味している。
強くなった。
肉体的にも精神的にも、おれは。
きっとこれが受け継がれないことは理解しても、決してくじけない人格を手に入れた。
ハズネ・ガクトという強い人格を。
「ガクト様」
声が聞こえた。
それは少女の呟きで、驚きと喜びと困惑を混ぜた声色であった。
声の主は丘の上からおれたちを見下ろし、綺麗な髪を風になびかせている。
「ユリア…………」
体感時間としては一週間ぶりの再会である。
しかし、ここで安堵してもいいのだろうか、もし彼女を救うなら、もう二度とおれに近寄るなと警告したほうがいいのではないか。
「そんな悲しいことは言わないでやってくれ」
サテルが背後でおれの心を読んだ。おまえ天才メンタリストとして食っていけるぞ。
「彼女はおまえの努力をずっと見ていた。一週間に値する同じ時間をずっと。だから、そろそろおまえの努力も報われたっていいんじゃないのか?」
「はは、馬鹿言うなよ。おれはとうの昔に彼女を救うって決めているのさ。それに、おれは自分の努力している姿で彼女の心を動かしたいとは思わないよ」
しかし、きっとこの先おれは彼女を必要とするだろう。
だから後少しおれに付き合ってくれ、ユリア。
「ユリア!」
おれは彼女に駆け寄った。疲労が蓄積しているため転びそうになったが、踏ん張ってたどり着いた。
そして彼女の反応を待たずに抱き寄せる。
「おれはおまえに全てを伝えなくてはならないし、全てを謝罪しなくてはならない」
だから、受け取ってくれ。
おれは彼女にリーナの影を拒絶する守護を渡した。
「これで全て伝わるはずだ。今までになにが起きていたのか」
なぜおれがリーナを殺したのか。
「相変わらず人騒がせな人。でもこれだけはまだなにもしていない今でもわかる」
ユリアが微笑む。
「あなたはずっと戦い続けていた。そしてこれからも戦い続けることを決意している」
ずっと、ずっと。
「努力をしてきた」
彼女は守護を割り、光を受け入れる。
ふと世界樹の方へ視線を落としてみたが、サテルはどこかへ行ってしまったようだ。
やっとこのときがきたのか。
サテルにはああ言ったものの、おれの努力を理解してくれる人間が現れただけでおれは報われた気がする。
もう、全てをユリアに委ねたいくらいに。
彼女は涙を流した。
「思い出した……」
口を震わせ、目をつむって涙を堪えているようだが、地面が濡れていく。
「全部。わたしがあなたを殺して、リーナも殺してしまって、全て丸くおさめるためにわたしに変な告白してきて、またリーナが死んで、それを防ぐためにあなたは何度も同じ時間を繰り返した……。あなたは、わたしたちをずっと守ってきたんだね……」
今までなくなった記憶の全て。
おれが守ってきたその過程。
「ありがとう」
彼女はそういった。
「こちらこそ、ありがとう、ユリア。おれはおまえに何度も救われた」
だからっていうのはおかしい話だが、
「一緒に世界を救ってくれないか」
今まで死んできた人々、そしてリーナを救うために。
彼女は目尻と頬を赤く染めて頷いた。
さあこれからおれたちは未来に繋げるために一度として失敗できないことをする。
「初代国王の墓はどこだ」
そうたずねた。
きっとアーヴァシーラ内にはないのだろうと思いつつ、聞いたその質問の返答は案の定、厳しいところをついていた。
「初代国王はミッシェルにある聖職者の墓場という、今では影に飲み込まれ皆から忘れ去られてしまったところに眠っている。西よりに位置するから、多分到着するとは断定できない」
「それでもいいさ、そのために強くなったというのもあるから」
「影が飲み込んだ死体は全て影人になっている。だから、西都の民全員の量いると想定しておいて」
そりゃ大変だ。
「こんなときにアンナがいればより楽になるんだろうけどな」
「無理な話。彼女はあなたに激怒しているから」
「そうだろうな、いつか真実を伝えられればいいんだけど」
「そう、サテルを誘えばよかったのに」
「今でもそれが言えるか、ユリア。やっぱりおまえはメンタルが強いよ」
「まあ、顔をあわせたらついうっかり手が滑って彼女の顔を粉砕するかもしれないけれど」
怒っていらっしゃる。
サテルは意外といい奴だ。仲間想いの。
そう思い始めたせいか、トワイライトが遠い存在のように感じる。
彼女は何か理由があって人を殺めたのだろうか、妹を殺めたのだろうか。
それもきっとこれからわかる話だろう。
「あと、サテルは守護を宿していないから影の中には進めないよ」
おれたちは影の中の聖職者の墓地を目指して歩む。
守護があるゆえに進めるのであって、持っていない人間は消滅してしまう。
とはいえ、実際に試したことはないので、おれたちも影の中を進めると断定できたわけではないが。
それしか世界を救う方法はないのだ。
トワイライトやサテルから受けた使命を全うし、リーナを救うためにはそれしかない。
後戻りはできない。
これは運命なのだ。
「なら仕方ない、わたしたちで旅をしよう」
「世界を救った後、もし一緒にいられるならどうする?」
そう、と彼女は続けた。
「またみんなでわいわい遊ぼう。一緒に」
「ああ、そうだな」おれたちは笑った。
かの手紙の〝君が本当に好きな人間は誰だ。〟という問いに答えるなら、おれは間違いなくこう答える。
目の前で微笑んでいる、ユリアだ、と。
さあ行こう。
これから、ユリアとおれの、二人の旅が始まる。
It's beginning of the end.
終わりの始まりだ。