第十七章 「新たなる未来」 2
「サテル、おれを強くしてくれ」
切迫した言葉に聞こえたかは知らない。
だが、利害は「不一致」した。
おれはユリアたちにレジスタンスを作らせないために努力者の剣を渡さない。
逆にサテルは任務を完遂するために証を奪おうとする。
しかし最終目的は「一致」した。
おれの案も彼女の案も世界の救済に変わりはない。
一つ違いをつけるなら、西都を救うか否かだ。
おれは西都も救う。彼女は救わない。
だから、彼女の返答は必然的にこうなる。
「嫌だね」
彼女は槍を握りおれは剣を握る。使用武器だけを見ればサテライトとトワイライトの再戦だ。おれはトワイライトの使命を背負って戦うのだ。
サテルはゲーム形式を好む、ゆえにおれはこの状況をゲーム形式に例えれば彼女は便乗する。
制限時間は影が世界樹を飲み込むまで。
おれがサテルより強くなれば勝利、途中で諦めれば負けだ。ついでにタイムオーバーもおれの敗北だ。
一度死ねば彼女はこのゲームを忘れてしまうので、こう過去の自分に言って欲しいという。
「アンヴァーレをゼロに」
この世界では造語が流行っているのだろうか。なにを言いたいのかわからないが、彼女曰く、曖昧な世界を正す、という理論らしい。
おれは剣を構え、飛び込んでいく。
感覚としておれの場合、体全てを駆使して筋肉より遠心力で剣を振る方が良いと学んでいるので、多少ぶれても実行することにした。
無論戦争に人生を捧げてきたサテルは戦闘の要領を理解していて、受けるのではなく避けた。
そう、おれをすぐに殺さないことがミソだ。なぜならおれに与えられたものはある意味時間、それを削る方がのちに良い影響を及ぼすのだ。
おれには強くならなければならない理由がある。ここでおれが諦めても彼女が諦めても、世界が救われることはない。
もう裏で動いている人間はおれたちだけなのだ。のちの世界の姿は、今おれが手の内に隠す努力者の証に委ねられている。
影人を何十体もばったばったと倒せる力に到達するまでおれは強くならなければならない。
続いてサテルの刺突をおれがなんとか受け流す。しかし、こいつの攻撃は速すぎる。もはや槍先がみえないため、まるで目の前に飛んできたハエを叩くような反射の動作で受け止める。
彼女の槍先がおれの足をすくう。危うくもっていかれるところだったのでジャンプした。
そこに、槍の薙ぎ払いが襲う。
数メートル単位で吹き飛ばされた。もしこれが普通の刺突だったら間違いなく死んでいる。
「攻防の際地面から足を離すのは自殺行為だ。体に刻み込め」
こいつ本当に女か? 行動も思考も喋り方も女性らしくない。
まあ顔はクール・ビューティだけども、本当、現実世界で軍を指導させたら凄いのだろうな。
なんて考えながら脱力して剣を振る。
脱力はシステマの要領で、攻撃のタイミングは剣道の要領だ。
剣道は数撃ちゃ当たるではないから、その刹那を見切って自分のものにする必要があるのだ。
攻防戦はほぼ半日行われた。
おれの体力は限界を超え、ばったりと倒れた。
「わたしの仲間になるのだったらいつでも付き合ってやるのに」
「それだけは御免だ」と言いながら「まったく、いつから軸がぶれてしまったのか、おれはとうとうおまえを殺さなくて良いと思ってきたよ」
「わたしは殺されないよ」
「ああそうかい。……殺人はもうしたくない。例えどんな憎い奴だったとしても、今のおまえはなにもしていないから」
「でもわたしは自分のしたことを知った――ああ、ユリア・アンツヴァイの全裸死体か、きっと長い間ずっと愛でてるのだろうな」
こいつ……。
「ふふ、きみの努力が報われるかは知らないけれど、身には付いているよ。きみはその戦い方でいい。きっとあと一週間ずっとわたしと戦っていればわたしを倒せる」
一週間か……まだこの世界に来てからそれくらいなんだよなあ。
「さて今のわたしだから言えることを二つ言おう」
「なんだ、らしくもない」
彼女は普通の女性の笑顔で微笑んだ。
「きみの全力は誰かに伝わって記憶に焼き付いているはずだ」
それと、と続けて槍を突き立てた。
「世界を救ってくれ」
最大の敵だというのに、その言葉はとても心地がいいものだった。
おれは死に、蘇る。
そこは丘の上で、リーナの持っていた守護が手の内にある。
早速世界樹まで歩き、努力者の剣を抜く。
そこでサテルと対面し、おれは「アンヴァーレをゼロに」という言葉とともに『いろは』について話すと彼女は納得し、誘いに乗ってくれた。
そして死に、蘇る。
さて、チェスが元々強い人間が幾ら局を重ねても自分自身を上達したのか評価することはできないように、あるいは麻雀を始めて数週間後に上手くなったのか、運が良くなったのか、はたまたただ役を覚えただけなのか評価できないように、おれは今のおれの戦闘能力を評価できない。
ただ、戦い続ける。
もう諦めたりするもんか。




