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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
逃避行編
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第十六章 「惨劇再び」 3


 決意に沿った現実に直面したとき、人間はいったいどんな反応をするのだろうか。

 願いが叶ったと歓喜するだろうか、むしろ願いが叶ったことに驚愕することもあろう。実は最悪の選択であった可能性もある。


 結局おれは中途半端な奴だった。

 クズを自称しておいて裏切りもできない。

 決意が再現されてみればただ泣くことしかできない。


 大切な人を普通に殺せる人間がいるのなら、それはもう人間ではない、と何度も言い聞かせた。


 館の爆発は元々広間の奥の食堂への廊下に仕掛けられたワイヤーに引っかかるか館の外についたスイッチを押すかが条件である。


 おれは広間に出ていたリーナの手を引いて食堂に向かい、わざと爆発を起こした。とはいえ、先に数個解除していたため、爆発の規模は小さい。

 ただ、想像だにしなかっただろうリーナにとってそれは驚異であり、意識を奪うなんて容易い。


 この状況を作る必要があった。


 粉塵の舞う中、崩れた柱、割れた床と横たわる彼女。


 おれは彼女にまたがって、「紋章」に剣を突き立てる。


 確かにおれがこの状況を作った。

 確かにおれはこの状況を決意した。


 だが思わざるをえない。


 どうしてこうなった。

 おれはただ泣きながら頭の中で鬱陶しく繰り返されるその言葉を「正義」の二文字で抑え込んだ。


 今までにこの世界で幾多の死体を見てきた。残念ながら自分の死体は見ていないが、実際に何度も死んできたし、おれの前に意識を失って倒れているこの少女の死体だって何度も見てきた。

 だがあくまでもおれは目撃者あるいは被害者であり、一度として殺人をしたことはない。どんなに殺されようと刃を向けられようと、何かしらを口実に逃げてはひねり潰してきた。愚者は愚者なりに強者を倒してきた、決して殺人をせずに。

 だから、あえて言わせてもらおう。


 どうしてこうなった。


 どうしておれはついこの間まで好きだった少女にまたがり剣を突き立てているのだ。


 なんで。


 どうして。


「ごめんね……リーナ……おれはきみを、助けられなかった」


 剣を――


「おれはこれからこの世界を救うよ。新たな幸福を願って」


 ――刺した。


 まるで肉体が弾けたように血が飛び散り、彼女の死を知らせた。

 おれは奥歯を噛み締めた。


「ガクトッ!」

 瞬間、おれは剣に薙ぎ払われた。

 この声はアンナである。

「おまえなにやってんだ!」

 どうやら見られていたらしい。親友の殺人現場を。


 おれは背中に受けた斬撃の激痛を覚えながら周囲を見渡した。

 恐らくサテルたちはもうここにはいないだろう。なぜならおれがリーナの近くでありサテルの近くでもある位置に割れたクリスタルを置いておいたからだ。

 彼女の巾着と共に置いたため奴らはそのクリスタルを本物と判断し、その上それが影を拒絶する守護であると勘違いした。


 実際はおれが地下で見つけた「面白いもの」である空のクリスタルで、本物の守護はおれのポケットに回収されている。


「おい、答えろ! リーナになにをした!」

 アンナが怒鳴る。おれはそちらを見ていないが、そこに激怒しているユリアがいるだろうと想像はつく。


「…………殺した」

「どうして!」

「この世界を守るための……最良であり最悪の選択肢を取った」

 マラソンを一人で行ったとき、そいつは優勝者であり最下位でもあるという考え方だ。


「おい、ユリア、どけ! こいつは殺さないといけない存在だ!」

 はっと胸を突いた。

 ユリアは、なにをしているんだ。



「ガクト様、諦めたんですか?」



 全身を衝撃が襲った。

 ユリアの敬語がまるで他人行儀に、無理に優しさと軽蔑を含んだ言葉に聞こえたからかもしれないが、もちろん他に原因は考えられる。

 なんで。おれはおまえに今回の事件を何も教えていないはずだ。


「広間に落ちてた。調べたりしてみた。どうやらここに書いてあることは事実のようだけど」

 ポケットの中を確認したがメモ用紙がなかった。どうやら持っていくのを忘れてしまったらしい。それを彼女が発見したのだろう。


「あなたは、リーナを切り捨てたの?」

「もう、運命として決定事項だったんだ……このままでは世界が滅んでしまう。だからおれは世界を選んだ……ここで他人の幸福の可能性を切り捨てるのは違うと思ったから」

「だからって、リーナを殺すなんて人間のやることじゃない! おまえはリーナを殺せるくらいの他人とでも思ってんのか!」


「そんなわけないだろ!」


 おれは怒鳴り返した。

 全力で怒鳴って、振り返った。


 おれの頬に涙が絶えず流れてることにも、彼女らがそんなおれに驚き、そして同情の目を送っていることにも気がついた。


「おれはリーナもおまえらも大好きだったんだよ、殺せるわけないだろ――だから、おれはもうおまえらと共には歩めないんだよ」

 畜生、本当なんなんだよ。

 なんでこうなっちまうんだよ。


 もう長居はしない方がいいだろう。

 だから本当の最後に。


「エゼヴィア……リーナは憶えてたぞ」


 おれは転がるように館を出た。

 ああ背中が痛い。節々が痛い。いったいこの後どうなってしまうのだろう。東都に行けば影の世界が国を治める。おれはそれを回避するためにも戦う。

 ならばおれはまだ知らぬ道を辿ることになる。思えばループの輪から抜け出し未来の見えない生活を送るのは久しぶりな気がする。あの惨劇が永遠のように繰り返されたから、体感時間としては半年は言い過ぎにしても軽く三、四ヶ月はいっているだろう。


 とにかく北に走った。

 理由はわからない。だがまずは北を当たるべきだと思う。直感ではなくしらみ潰し的な意味もあるのかもしれない。


 今回、おれはループを抜け出せるはずだ。

 なぜならループ脱出条件はリーナの死亡であり、前提としておれが死なないことであり、なにより「おれがリーナの死を受け入れること」である。

 薄々気付いていたが、今になってみればなんてことはない、なぜおれはあの惨劇から脱出することができなかったのか。

 それはそもそも条件にリーナの死を受け入れるという項目があるからだ。


 おれはユリアとアンナがレジスタンスを組織した未来を知っている。

 そのとき、完全にリーナのことを諦めていた。心の隅にも残ってはいなかった。それゆえに惨劇から一歩後退することができたのだろう。

 そう思うと惨劇に再戦できたのはある意味奇跡だったのかもしれない。


 丘のような草原をひたすら走る。もうまともに機能しなくなって腕を力なしに振って、まるでゾンビのように走る。

 足を石にぶつけ、転倒した。


 丘と丘の間、ちょっとした盆地にそれはあった。


 世界樹と呼べよう大きな一本の木と、その前に突き刺さった一本の剣。


 その剣にはクリスタルが埋められていて、おれはその場で笑いそうになった。

 ああ、これが努力者の証か。

 これを奪ってしまえば、王の証が完成することはないのか。


 完全に転がり落ちて、おれは徐々に明るくなっていく空を仰いだ。

 なんて綺麗な空だ。

 光が闇を押しのけている。

 さっきまで豪雨をもたらしていた雨雲は太陽を恐れどこかへ飛び去る。


 丘から昇ってきた日の光がおれを照らしたとき、おれは呟いた。


「やっと、朝が来た」


 そしてその場に力尽きる。


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