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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
ヴォルステックの湖編
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第二章 「アーヴァシーラ」 1

 どうなってやがる。

 視界に明かりを取り戻すや否や慌てて自分の腰より下、脚を確認した。ついている。そう、当然でありそれが人間の標準の形である。

 だがおれは今し方中庭の騎士に胴体を真っ二つにされた。血を大量に流し、汚い内臓をぶちまけ、その上さらにもう一度斧で殴られ殺された。そのはずだ。誰かに助けてもらっても治癒魔法がない限り下半身を綺麗に元通りの状態にさせるのは不可能だ。

 というかそもそもこの近くには人間がいないはずだ。トワイライトは死んだと考えられる。その彼女が、この近くにいる人間はおれだけだったと言っていた。となるとやはりあの石像の男は人型のモンスターということでいいだろう。何故襲いかかったかは知らぬが。


 気になる点がある。おれは今この世界で初めて目覚めた牢屋の中にいて、トワイライトから渡された剣を握っているということだ。

 万一おれのことを助けた人間がいたなら、どう考えてもおれをわざわざここに置いて行くのもまたおかしい話だ。これがどうしても気になること。


 簡潔に、死ななかった、ということだ。


 そう、結局はその話になる。何故おれは死ななかった。死んで人生終わりというわけでもなく、死んで現実世界に戻るわけでもなく。おれは異世界で死んで異世界で生き返った。どういう原理で、何故そうなったのかわからない。

 まさか夢か? あんな痛みもよくできた夢が存在するというのか?

 トワイライトとの契約か?――いやありえない。世界を救うまで死んでも生き返るなんてありえるだろうか。そんなかっこいい主人公になれるわけがない。というかあの状態のトワイライトがまさか隠れておれに魔法をかけていたなんて考えられない。


 あるいは非現実的だが――異世界がそもそも非現実的なのだが――まるでゲームのようにリスポーンしたのだろうか。

 前者の方がよっぽどありえる話だが、この状況をもしゲームに例えるならリスポーンだろう。ゲームが苦手だからといってリスポーンという単語を知らないわけではない。


 ともかくおれは牢屋を出、先ほどとは少し違うルートで正門を目指すことにした。中庭にはおれを殺した騎士がいる。わざと迂回しなければ餌食だ。この剣がどんな能力を持っていようと勝てる気がしない。


 おれは死んだのか? あれで、本当に死んだというのだろうか。幻覚か、激痛を伴う幻覚か。ならばどこからが幻覚でどこからが現実だ。異世界とは何だ。

 こんな薄気味悪い、年中曇りのような世界は御免だ。異世界ものの十中八九は綺麗な街綺麗な空が描かれ、読者を世界観で誘うものだろうに。何故この世界は重い曇りと牢獄という最悪な場所なのだろう。流石に東の王国は違っていてくれ。綺麗な空であってくれ。どうにも生活していく気が起きんのだ。


 とにかく迂回した先は警備兵の装備品が置いてある部屋だ。この部屋にはしっかり鍵がかかっていたが、渡された剣で軽々と破壊できた。ここまでに幾度か警備兵の死体を見たが、どれも殺された形跡はなく、血は出ているものの目立った傷はない。

 この謎は各牢屋の中に横たわる屍にも言える。追放者らしいそれらは、決して殺されたようには見えないけれど血は出ていて、しかし刀剣類での傷や銃痕は見当たらない。


 装備品から軽装を選んで身につけた。ハイファンタジーお決まりの甲冑もあったが、流石におれには使いこなせないだろうと、恐らく警備兵の中でも多く使用されているだろうものだけを選んだ。


 語り遅れたが今のおれの服装はおれのいつものスタイル、黒半ズボンに黒半袖シャツというとんでもなくダサいものだ。

 ただこのことからわかったのは、どうやら色々と身に持っていたものはそのまま異世界に飛んできたらしいということで、さっそくおれはポケットの中を探ったが、一円玉一枚すら出ずに虚しく終わった。


 そのままできればさらに迂回して正門から出たいところだが、走り抜ければいいだろうか。

 思い出してみれば、そういえばおれの胴体を上下に割いたあの一撃の巻き添えに扉が破壊されていたはずなのだ。扉が作った粉塵というか煙というかが敵の姿をより恐ろしくしたのだが。


 迂回を続けていると、異世界で唯一顔を知っている人物に会った。

 トワイライトだ。


「また、きみか……」と彼女は薄い声で言った。どうやら彼女はここで死ぬことを決意したようだ。

「ああ。あんた、ここで死ぬのか?」

「そうだ、わたしはここでいい。ここで死なせてくれ。確かにここは汚いし、憎い場所だ。きみたちも憎かったはずだ」


 そりゃここにいる人は追放者なのだから、憎いだろうさ。でもおれは追放者ではないけれど。あれ、西の国の遣いのトワイライトって追放者の憎悪対象なんじゃ? 話を折らずに彼女の話を聞くことにした。


「英雄がいるんだ。多分、ここに。わたしを陰ながら救ってくれた人が。実際には会ったことがなかったから、ここを訪れた時に捜そうと思ったけど、こんな状況じゃ不可能だ。屍は話せないからね」

「その英雄、追放者なのか」

「……まあ、ね。でもわたしは英雄の名と顔を知らないから死体を見てもわからない。ここにいる時空間の歪みが頻繁に起こらなかった? それが消滅の予兆よ」


 思えば一度だけあった。空間が重く歪んだ。それをおれは疲労とも理解していたのだが、そういうことか。では、消滅とは地震か?


「きみは英雄がどこにいるか知っているかい?」


 知る由もない。おれはここに来てから牢屋すら出たことがなく、あんた以外の人間とは話したことがないのだから。まだこの世界がどんな設定なのかすら知らない。


「すまない、おれはそいつを知らない」

「そう、残念。でも意思を人に言えたからいいわ。刃こぼれしない剣を持って早く行きなさい、ガクト。わたしはここで応援してる」


 おれはそのまま廊下を奥に進んだ。彼女の視界から外れたところで十字を切った。


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