第十六章 「惨劇再び」 2
ハッピーエンドを模索する。
惨劇は繰り返される。
おれは生き返る。
何回死んだだろうか。
これで何回目だっただろうか。
影はどこまで侵食しているのだろうか。
「リーナ、驚かないで聞いてくれ……」
またこうやって説明を始める。彼女らはおれの言い分を信じてくれる。
「きみは死んでいるんだ、そしてこの後死ぬ。おれは、まるで決定事項のように死ぬきみを助けるために何度も同じ時間を繰り返した」
「え……?」
「ユリアたちには既に話をつけてある。おれたちは安全な場所へ逃げよう。実は抜け道を知っているんだ」
「待って、どういうこと、なにが起こっているの」
「色々なことが複雑に絡み合って悲劇を織りなしているんだ。ただ、簡単に説明するなら、今日きみは死ぬ。だからおれはきみを救いたいんだ」
「わたしが……?」
おれは無理矢理彼女の手を引いてその抜け道から館の外に出た。大丈夫、誰にもばれていない。このまま逃げ切ればひとまず勝利だ。王冠なんてほっておけ、まずは今日を生き延びるんだ。
南に向かって少し走って館が小さくなった頃、その館が爆発して倒壊した。ユリアたちにお願いして、元々仕掛けてあった爆弾を起爆させたのだ。これで状況は良好になるはずだ、少なくともサテルらの行動は制限できる、なぜなら王冠とブルーノは地下だからだ。
しかし現実は甘くなかった。
「いたぞ!」
どう情報が伝達したのか知りたいところだが、影の世界の下っ端に見つかった。恐らくこれはカオティック・レコード理論に従った運命なのだろう、ここで奴らに見つかるのは決まったこと。
なら逃げ切るしかない。
「ちょ……と、ガクト……くん……」
リーナが声を出したその瞬間、おれの手から彼女の手首が離れた。
彼女が転んだのだ。
そしてその拍子に巾着が地面に強くあたり、クリスタルが割れ、彼女は死んだ。
そして蘇る。
「あいつらをおさえろ!」
下っ端どもが叫んだ。
それはもう自殺宣言以外の何でもなく、ここに到着したときには既にリーナは影人として覚醒していて、全員彼女に惨殺された。
防具なんて関係ない。
骨を折られ、肉を剥がされ、眼球を抉られ、内臓を取り出され、四肢を解体される。
いったい何が彼女をここまでの狂人にさせたのか、それは恐らく成長させすぎたからなのだろう。
彼女は六年前からその身に影を宿している。そこで影人としての力が蓄積されていった。よって通常よりも異常な行動を取るのだ。
彼女はもう化け物だった。
魔女だ。
でもさ、少しはおれだって夢見ても良いよな。
おれは両手を広げた。
「リーナ! さあ、戻ってくれよ」
彼女が振り返る。こちらを睨む。
おれは自ら彼女に駆け寄り、思いっきり抱きしめた。
努力や友情が報われる話っていうのは、こうやって勝利するもんだろう?
気づけばおれは広間の隅にいて、ただ笑うことしかできなかった。
もう本当にできることは尽きた。
努力しても「運命」には叶わなかったのだ。
おれは死んだ。
何度も繰り返した。
おれは館を飛び出してアーヴァシーラの近くまで走りに走った。
これで既に夜になってしまったが、結果、重要なことが判明した。
影がアーヴァシーラの手前まで侵食していたのだ。
これはおれの、おれたちの生きれる時間を暗示している。影の侵食は「いろは」の影響を受けない、ゆえに影の侵食は止まらずにおれらの生活場所を奪っていく。
このまま何度も死んで生き返っては取り返しのつかないことになってしまう。
だから、おれはそろそろ決断せねばなるまい。
もう、おれは落ちるところまで落ちている。
そして答えが出ている。
けれどこのまま終わるのは悲しいから、もう少し楽しい時間を過ごさせて欲しい。
おれはもう一度落ちる。
だが、今回は何もかも諦めてどこかへ逃げるわけじゃない。
おれはこれから全てを受け入れて、前進するのだ。
まず第一歩、おれはナイフで自分の首を掻き切った。
そして広場の隅にさかのぼり、メモを少し書いて、ユリアがすぐ来ることを思い出し、彼女を待たずにリーナの部屋へ駆け込んだ。
「あ、ガクトくん」
おれのノックに応じた彼女はドアを開き相変わらずの笑顔でそう言った。
「入っていいかな」
「うん」彼女は快く頷いてくれた。
「リーナは、これから時間あるかい?」
「あるよ」
これで「ない」と言われないことはわかっていたが、やはり嬉しいものがある。
今では何の不自由もなく女子と話せているが、この世界に来るまではまともに話せなかったのだろう。もっといえば人と会話することを嫌っていたはずだ。
そう考えてみればやはり願ってしまう。
この世界で、こいつらと、何の不幸もなく、ずっとずっと暮らしていたい。
しかしそれはできない。
もう後戻りもできない。
「リーナたちと話していて、色々成長したと思う。それにきみたちについてもよく知れた」他人から見れば気持ち悪いだろうがおれは気にしない。「リーナは明るい人間だ。おれがここまで来れたのはきみのおかげだとも言える」
特に、おれの考え方を変えたのは彼女がおれをかばったときだったろう。
「他人のためなら、恩返しのためならなんだってやりかねないのがきみだ。けど、ごめん、この前まで……本当は今でもおれとユリアはきみに隠していることがあるんだ。いっつもおれたちはきみを遠くに置いてしまう」
決してこの後リーナが死んでしまうことを隠しているわけではない。影だの守護、影の世界だのそもそも現在起こっていることを詳細に説明していないのだ。
「それはおれたちがきみを蚊帳の外に、つまり安全地帯に移動させたいと考えているからと思って欲しい。できればそうしてくれ……」
「そう、わたしは大丈夫だよ。なんとなくわたしがガクトくんたちの足を引っ張っているというか邪魔になっていることは知っているから」
「邪魔なんてことはない!……ごめん。違うんだリーナ、絶対におれたちはきみとずっと一緒にいたかったから、裏で……」
自分自身に「リーナを守れ」と言い訳のような命令をしているように思え、馬鹿げていると思え、笑い出さずにいられなかった。
「きみは優しい人間だ。どうか最後までずっと優しい人間でいてくれ」おれは懇願した。
「うん、もちろん」彼女は頷いた。
「次はユリアだな。あいつも良い奴だ。大切な者のためならどんなに危険なこともする。きみが体を犠牲にするタイプなら彼女は肩書きを犠牲にするタイプだ。悪人になれる覚悟をしている、そんな奴」
「とても可愛くって、実はムードメーカーだったりするわたしの親友」
「本音や真実をズバズバ言ってしまうタイプ。ただメリハリがあって、絶対に言ってはいけないことやしてはいけないことには逆らわない」
するといきなり彼女が、手を叩いた。
「思い出した、なんで忘れてたんだろう、わたしとあの子が出会った頃はまだ仲が良いわけではなく、むしろあの子がわたしを突っ張ってた感じだったのよね」
「へえ」容易に想像できる。
「だけど、わたしがこの巾着の中のクリスタルを誰かからもらったとき、詳しく言うと貴族内遠足で結構西に行ったとき、彼女と仲良くなったんだ」
「色々遊んだりしたのか?」
「いや、事故が起こったの。これは思い出せないし当時もよくわかってなかったんだけど、なにか爆発したようにわたしは吹き飛んで、そこに誰かがクリスタルを渡してきてすぐに去って、次にユリアが泣きながらわたしにこう言ったの」
なぜか鳥肌が立った。
「もし勇気が出なかったら『エゼヴィア』って唱えてみて。わたしもずっと一緒にリーナと勇気が出るように頑張るから」
きっとユリアは事故にあったリーナを死んだと思い込み――不謹慎な話本当に死んだのだが――なぜこれまで仲良くしなかったのだろうと自分を罰したのだろう。
だからリーナと距離を縮めようとした。そこからの仲ってわけか。
良い話だ、って言えればどんなにいいことか。その事故があったから彼女らは仲良くなれた。しかしそれと同時に今起きている惨劇が運命的に決定されたのだから。
「さて、もうおれは帰るよ、ありがとう、リーナ」
「うん」彼女は頷いて笑顔を見せた。
「ただ、最後に一つ。おれは今日ある決断をしなくちゃならない。もっというと実行しなければならない」
この後やってくる惨劇を阻止する唯一の方法。
「そこで聞いておきたい。リーナは、もしこの世界の滅亡に直面し自分か他人かどちらかが助かるとしたらどっちを選ぶ」
そうだなあ、と彼女は考えたのちずばりと答えた。
「他人を助ける」
実は彼女が微塵として悩んでいなくて、なぜおれがこんな質問するのかという疑問について思考を巡らせていたというのは言わずもがなさ。
「それを聞けて少しだけ、安心したよ、ありがとう」
おれは部屋を去って自室に戻り、剣を握って深呼吸。
そろそろ時間だろう。
今回で最後だ。
もう誰の手も借りない。
世界の滅亡したとき、自分か他人を救えるのならどちらを選ぶか。
おれは「世界」を選ぶ。
だからこれからおれは全員を裏切り、この世界の未来を守るのだ。
運命を受け入れ、リーナを殺し、世界の救済を優先する。
新たな幸福を願って。
奇跡を信じて。




