第十六章 「惨劇再び」 1
おれはこれから起こる全てのことをリーナも含めて全員に伝えた。
『いろは』について説明しなかったのは、余計な期待をさせないためだ。死ねないとわかれば油断が生じる、おれのように。それじゃだめなんだ。
「リーナ、驚かないで聞いてくれ」
「な、なに……」
「その巾着の中身は忠誠の証じゃなかったんだ。影を拒絶する守護なんだ」
「守護……? なにそれ……」
彼女は無知だ。おれがそうさせたから。
けれど彼女には自覚してもらわなければならない。
「きみは一度死んでいるんだ。そのクリスタルのおかげで生き延びている」
明らかに彼女は驚き恐怖した。
「待ってくれ、だからきみは絶対にそのクリスタルを離さないでくれ。言ってる意味は抽象的にも伝わっているよね」
「これがなくなったら死んじゃうの?」
「そうだ。だから絶対に手離すな、例えおれたちに命の危機が訪れても」
彼女は戸惑いながら頷いた。
彼女が今この場で泣き叫んでいないのはユリアやアンナに支えられているからだろう。
「さあ、アンナ。おっ始めるぞ。ユリアは万が一のときのためにリーナを守ってくれ」
どんなに卑怯でもどんなに外道でもいい。
おれは守ってやる……そして……。
「まず初めにアーマードをぶっ殺す」
まさかこんな殺伐とした言葉を口にするとは思っても見なかった。
が、おれは本気だった。
奴は真正面から戦っても勝てるかどうか。勝てても体力的にサテルとは戦えない。
ただ普通に罠をはってもすぐに気づかれる。それは駄目だ。
なら普通の罠をはらなければいい。
おれは地獄のループで知ったことがある。おれの王の証のレプリカの小袋が破けていたのは恐らく金庫へクリスタルを促すようにするための工作だ。いったいいつ抜き取ったんだというところだが。
その仕掛けをありがたく利用する。
おれはわざとアーマードさんがいる部屋のドアの前でクリスタルを小袋から落とした。袋はいとも簡単に破けた。
「しまった、この袋破けているじゃないか」とわざわざ大きな声で言う。
タイミングなんてどうでもいいだろう。
奴の目的はおれの誘導なのだから。
「どうかしましたか?」案の定アーマードはドアを開けた。
「ああ、袋が破けてしまって」と返す。
「それなら塗っておきましょう。そうだ、部屋に金庫がありますから、寝るときはそれを使用してはいかがでしょう」
もう騙されるものか。その金庫はおまえのものだ、おまえは鍵を持っているのだ。
「いや、いいよ……えっと、そのことなんだけど、リーナが急用を思い出して直ちに王国に戻らなきゃいけないんだけど、付き添いのおれも含めて二人は今日の昼のうちに帰らしてくれないかな」
「こんな土砂降りの雨の日にですか?」
「まあ、でも大丈夫さ。そのためのおれだ」
アーマードは考えるふりをしていた。
ひょっとしたら本当に考えているのかもしれない。おれがおまえの裏切りを知ってしまったのかもしれないと。
「その急用はどういう内容だい」
「まさか、おれも知っていたらアーマードさんに伝えるよ」
「ふむ、けれど彼女はここで一晩休んだ方がいいいですよ、サーシャルトスから受けた傷もありますし」
おれは完璧な作り笑顔で言う。
「そうか、ありがとう、おれから彼女にそう伝えてお――」
瞬間、剣がアーマードの背中から腹を貫いた。
「な……」さすがに驚くアーマード。
ユリアが不意打ちを成功させたのだ。
「おまえが裏切りものであることは知っていた。けれどそれを知っている人間はおれだけ。おまえを殺すためにはおまえが敵であることをユリアに証明しなければならない」
それはたった一言のボロでもいい。
こいつは言葉の選択を誤った。
おれとリーナの帰国を断る際、こいつは「彼女は」駄目だと言った。これだけで、おれに興味はなく、リーナを帰したくないと考えていることがわかる。それだけで十分だ。
「せっかくなら死ねない痛みを植えつけてから殺したいところだが、その出血量ならもう数分で死ぬだろう。永遠に死ね、アーマード」
数分経過し、アーマードは死んだ。
ユリアは剣を抜き、奴の服の中をあさった。
「これ」と取り出したのは懐中時計。そこにはエンブレムが彫ってある。「影の世界の証拠」
不気味なエンブレムだ。
というかこの世界に時計あったのか。
「さて次はアヴィリオだ。あいつが王の証を持っている。英雄と聖職者の証を秘めた王冠を」
以前散々死にまくった結果、奴らがどこにいるかはおおよそ予想が立っている。
「ただアーマードの死に気づいたサテルが動く可能性があるため、アンナをリーナにくっつけておく必要がある。
十数分を要してアンナにサテルの攻撃の注意点などを教えて、リーナの護衛を任せた。
そしてアヴィリオが待機していると思われる地下へユリアと共に目指す。
「これは……」
途中面白いものを発見し、その二つほどを盗んだ。
そして地下通路最奥の部屋に入る。
「アヴィリオ・ブルーノ、王の証を出せ」
そこにアヴィリオが座っていた。
どうやらサテルはいないようだ。
これはチャンスと睨んだのか、あるいは目の前の箱を見てそこに証があることを確信したのか、ユリアが奴を瞬殺した。
容赦がない、なぜならこいつは間違いなく影の世界の元締めなのだから。
ケースを開け、王冠を手に取った。
「よし、みんなを連れて逃げるぞ!」
あとはサテルから逃げ切るだけで全てが終わる。
地上に戻り、二階に上がり、二人を呼んで、再び広間に戻る。
あと少し。
刹那、世界が歪んだ。
地震かと一瞬思ったが違う、この爆発音と建物の悲鳴。
天井が崩落した。
館全体が爆破されたのだ。
「くそ! 逃げろ!」
おれは叫ぶが、建物の崩壊速度は異様に速い。
そのまま下敷きになった。
目が覚めたとき、そこは瓦礫の山だった。
「やあ、目が覚めたかい」
最悪だ、その声の持ち主はサテルだった。
「畜生……ユリア……リーナ、アンナ!」
自分の上に乗った瓦礫はどかない。サテルは目の前に座っておれを見下している。
左を見る。
アンナが倒れていた。
いたるところを瓦礫に貫かれて、大量の血を流して。
右を見る。
ユリアとリーナが倒れていた。
二人を一本の鉄骨が串刺しにしていた。
「あ……あぁ、あああああ」
絶望した。
終わると思ったのに。
期待してしまったから、絶望するのか。
「その通りだ。希望を持たなければ絶望は覚えない。だから、仲間の死が嫌だったら仲間を作らなければいい。そして……」
死んでいるはずのリーナの口からうめき声が漏れた。
その瞬間、サテルがリーナの心臓を槍で貫いた。
「こいつが影人になるのが嫌だったら、クリスタルが壊されるまえに殺せばいい」
土砂降りの雨。針が降っているかのごとく、おれを痛めつける。
雨音がうるさい。
顔と手が冷たい。
おれはできる限りの力を尽くして、ナイフを握り、自分の頸動脈を切った。
惨劇は何度だって繰り返される。