第十五章 「アフターストーリー」 3
おれが何者か、そうたずねているのだ。
まるでおれを殺しに来たローブの人間にたずねたように、アンナが人を殺していたときに何者だと訊いたように。
「でも待ってくれ……おれはリーナを見殺しにしたんだぞ」
そんなやつを許すな。
「許すも何も、こんな紙渡されちゃあね」
アンナが見覚えのある紙を一枚取り出して言った。
おれがユリアに渡した、リーナを救うための作戦が記された紙だ。全て失敗したとしか書いていないが。
「これには〝失敗〟と書かれている。実行するまえにあなたはあの場を去ったはず。しかしここにはわたしたち、あなたを含めた人たちが〝死んだ〟と書かれている。あなたは何者?」
そうか、彼女らはここに記されていることを全て信じてくれたのか。
実行しなければ失敗しないし、死亡すると書かれていればまるで未来を知っているように思える。
もし本当におれが未来を知っているのなら、おれがリーナを見殺しにしたのではなくて「救えなかった」と捉えることができる。
とうとうこんなときが来るとは。
自分の能力を明かすときが。
明かせるかどうかはわからないが。
「おれは未来を知っているんだ」
最初はこう入った。
「きっと途中意味不明なことを言い出すとは思うけれど、全て想像してくれ」
彼女らはうなずいた。
なんのことでもない、きっと迂回に迂回を重ねて説明すれば通じるはずだ。
「その紙通りおれは何度も死んだ。そして過去に戻った。何度も同じ時間を繰り返した。リーナのときだけじゃない。アルルカのときもおまえに殺されたときも何度もおれは死んでいたんだ。つまりおれは未来を知ることができて、同時に未来を知っているんだ。その紙に書いてあることは全て事実だ。おれはその全てを実行して、死んだ。結局彼女を救うことができないと確信して逃げた」
おれはそんな奴だ。
タイムリープができる。
何者だという質問に綺麗に答えるなら、時の放浪者だろう。
「まだこのループでは死んでいないから、この先何が起こるか知らない。けれどここで死ねば、ここで起きた出来事を〝未来〟として記憶することができる」
おれの説明はこの程度で終わった。
これで十分だ。
「そう……だったの。なんで死んでまでわたしたちを?」
ユリアが俯いて呟いた。
「おれはリーナを死なせたくはなかった。ユリアを人殺しにしたくなかった。アンナとはずっと話していたかった。それに、許せなかったんだ、敵が。おれたちを殺しにやってくる敵が」
アンナは腕を組んでいた。
ユリアは奥歯を噛み締めていた。
「わたしはあなたに着いて行く。あなたはリーナを見殺しにしたのではない。救う方法がなかっただけ。ならリーナの仇を討って」
ユリアが悲しみを吹っ切って、まっすぐな瞳でそう言った。
彼女はいつかおれにくれたペンを差し出した。
「おれで、いいのか」
「仇を討つ同士ならわたしはあなたを恨むことなんてないはず。きっとあのときも」
「その通りだぞ、ユリアとあたしはそんなにやわな人間じゃない」
彼女らは前向きだった。怒りの矛先を間違えていない。
おれは彼女からペンを受け取り、剣を地面から抜いた。
「わたしがショックで冷静に判断ができていないときはこう言って、――――」
おれからすればこの言葉がどんな意味か、とうとうわからなかった。
「わかった」
「これを叫んでくれれば、きっとわたしは今のわたしのようになるから。リーナを救おうとしたあなたを恨むことなんていつだってないはず。そう信じて、過去のわたしへのメッセージ」ユリアは目こそ笑顔ではないものの、優しい笑みを浮かべた。
「あなたはわたしの大切な仲間だから」
その言葉を聞けておれはほっとした。
「いたぞ!」
いかつい怒鳴り声がこちらへ届いた。
おれたちはいっせいに振り返る。
槍を持った兵隊がこちらへ向かって突進してきていた。
「まずはここからを逃げないと」
「けれど追っ手がいる以上どこへ逃げても追われるだけだ」
「なら、仇討ちの始まり」
おれは剣を構え、ユリアたちを救出したように、走り出す。
彼女らも続いて武器を持って兵隊に攻撃をしようとした。
戦闘開始だ。
おれたちは衝突した。
剣と槍が人間を倒していく。
ユリアやアンナからしてみればこいつらの単体はゴミ同然なのだろうが、何十人も集まれば、たった二人で壊滅できようなら英雄になれる。
しかしこの量の影人を全て一人だけで倒したという追放者の英雄はどんなやつだったんだ。
ふと視界に槍が飛んでくる。
それは刹那のことだった。
おれの左目が切り裂かれる。
激痛におれは膝から崩れ落ちる。
左目を手で覆えば、目を瞑っていてもわかる、血が大量に噴き出していた。
ただこんなところでずっともがいていれば蜂の巣にされる。
剣を支えにおれはなんとか立ち上がったが、目の前は絶望的だった。
ユリアやアンナも血だらけだった。
「くそ、くそ! やっぱりこうなるのかよ!」
おれにはバッドエンドしか残っていないのかよ!
畜生!
どうすればいいんだ、ここでおれは死ぬのか。死んでまたこの惨劇を繰り返すのか。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
もういやなんだ。
「叶えて――」
耳に声が飛び込んだ。ユリアの声だ。
「過去に戻って――、ハッピーエンドに変えて!」
無理だ、おれになんかできないことはわかっているんだ。
「あなたしかいない――、また――」
また――
「あのときに戻って――わたしたちを救って!」
声は途切れた。兵隊の「ダウン」という声が虚しく響いた。
ただ怒りに身を任せることにした。
けれどユリアのいない世界など生きる意味がない。
それにおれはまたユリアを見捨てるのか、彼女の願いすら聞き入れることができないのか。
そんなのは嫌だ。
それならおれが選ぶべき存在はたった一つだ。
おれはリーナと買ったナイフを自らの首に当てた。
嫌なら運命を変える努力を続けてみせろ。
だから、戻れ。
戻れ――戻れ!
「戻れええええええええええぇぇぇぇぇ――!」
視界が暗転する。
そして回復する。
おれは周囲を見渡す。ここはどこだ、いつだ。おれはどこに戻ってきた。誰が生き残っている。何を変えることができる。
分析しろ、判断しろ、考えろ。
おれは絶望を覚悟した。
現在地はアーマードの別荘の広間の隅。
あのときの復活場所と同じだ。
また、あの惨劇をおれは経験するのだ。
けれど今度こそは違う。
今度こそはハッピーエンドに繋げるのだ。
起承転結の承にしか過ぎなかったって、笑ってやるんだ。
そして後でユリアに聞いてやろう。
『エゼヴィア』ってどういう意味なんだって。