第十五章 「アフターストーリー」 1
東都アーヴァシーラは『影の世界』によって支配されていた。
おれは半年いかないくらいこの王国で無駄な日々を積み重ねてきた。
何の復讐も企てず、何の探りも入れず、仲間だった奴らにも顔をあわせず。
それでもリーナが死に、アンナとユリアがレジスタンスのような組織を結成していることは知っていた。というのもおれは生活費を手に入れるためご自慢の剣で不良を脅して金を巻き上げる、つまり裏の住人と化していたのだが、そんな底の深い暗闇にいれば暗闇の情報など耳に届くのだ。何せ彼女らも反国家の不良なのだから。
おれは名前を誰にも言っていないがためか「影の徘徊人」とかいうダサい通り名で有名になっているらしく、恐らく彼女にもおれの情報が流れているはずだ。
そうはいってもこの国は変わらなかった。
まず、どこから努力者の証を手に入れたのかは知らんが王の証が完成して新王選挙が本格的に始まった。
新王はアーマードに選ばれた、単純に選挙で当選したのだ。これからはケルビンズ家が王の家系となるのだ。
それに王政が復活したため影は消えた。しかし影に消された場所は消えたままとなった。
この騒動は国民全員を奮わせた。
外界がぽっかりなくなって、不自然に海ができていたと公式に発表されたからだ。
だからといってどうということではない。
そもそも影の影響は残っていて、みんなは西都を思い出せていないのだ。
だから、突如そこが海になっていて、おれたちはそれに気付かなかった。
ただそれだけで、王国のほうも別にどうと変わったことはない。
恐怖支配が進んだとか民族差別が始まったなどといったことはない。
唯一変わったこと、それは国民の管理だ。
文明の進歩なのだからいいだろうと素直に思うのだが、この世界で記録という制度が適応されたのだ。活版印刷が可能になり、そして凄まじいスピードで普及したため、奴らは制定に踏み切ったのだろう。
国民の情報を管理する。どこに住み、どこに就き、なにを買い、なにを食べ、どの罪を犯したか。
元々この世界の住民ではないおれからしたら恐ろしいことだ、まさか今まで国民を管理する制度がなかったなんて驚きだからだ。
とにかく、国民は新王に安心することの引き換えに「プライベート」を失ったのだ。
どこへいっても、記録記録記録。
どこへいっても、認証許可記録だ。
おれは本当にこの数ヶ月間を無駄に過ごしていた。仲間の一人も作らなかったのだ。
だから今話しかけることができる人間は恐喝のとき以外に誰もいない。
「暇だ……」
そう呟くことはできてもだ。
本当に暇になったため、金を手に入れにでも散歩するかと路地裏を徘徊した。
レジスタンスのような組織は昔にも存在しただろう。
まあ王が決定してからより取締りが厳重になったのも不満として重なったのかもしれないが、とりあえず少数派だが確かに現在「反王政組織」としてレジスタンスは存在する。
今まであったであろう「今の王のやり方嫌いだから変えろ」なんていう馬鹿げたことを文句として言いつけてくるわがままな組織ではなく、「個人を尊重するべきだ」を通り越して「おまえは人を殺しているんだぞ」という怒りを抱えた組織だ。
死刑は以前にも存在した。
だが「パレスゲート事件」と呼ばれるようになった事件が王決定から一ヵ月後に発生した。
ある料理人が派遣として違う店で料理をすることになっていた。彼は自分の包丁を鞄に入れて相手の店へ出かけるとき、王城の門の前を通り過ぎようとした。
そこで門番が彼を呼び止める。鞄から包丁を発見した門番は彼を王の前に突き出し、新王のアーマードではなく側近のブルーノがこれを使って何をしようとしたと尋問した。料理をするためだと答えた料理人は、政府に嘘だと決め付けられ、それに抵抗した結果死刑に処された。
なにも冤罪で死刑はやりすぎだ。おれは素直に感じた。きっと国民は衝撃を受けただろう。冤罪で人が殺されたのだ。中には、どうせ料理人なんてのは口だけで嘘だったんだ、王はそれを見抜いた、なんてひそひそ笑っている馬鹿野郎もいたが、その事件は歴史に残る大事件となったのだ。
そのパレスゲート事件を経て、国民の情報を政府は知っておく必要があるという理由で記録の制度が制定された。
今になって思えば奴らは記録を確実に制定するために事件を起こしたのかもしれない。
記録制度の制定で国民の大半は納得をしたが、冤罪で人が死んだという事実は揺るがない。
ゆえに納得しない人間はいた。
それを慎重に見極め、彼女らはレジスタンスを結成したのだろう。
「おっと」おれは表に限りなく近い場所で老人とぶつかった。
「これはこれは失礼」とご老人が謝罪したためおれも謝るかとしたところ「か、影の徘徊人……」と逃げ出されそうになった。
気分を害したおれは老人の手首を掴んで引き止めた。
「その通り名はダサすぎる。もっと他はないのか」
とどうでもいい愚痴をしながら、老人の顔を見れば驚き。
「あんた、まさかウィリアムか」
ビルじいさんに間違いない、この顔は。
おれは自分の顔が見えるよう、黒いコートのフードを外した。
「ああ、きみは、アーリーさんのクリスタルを持っていった」
「アーリーのことを憶えているということは村は消滅していないのか。あんた、なんでこんなところにいるんだ」
「自分でもよく憶えていないのだがね、恐らく村の空気が悪くなったため、この王国に移動してきたのだ」
なるほどそういうことか。
「それでじいさん、あんたはなぜこんな裏路地走っているんだい」
「それが王城近くでまた事件が起きたらしくてな、とりあえず逃げているのだよ」
「また事件か……」
雑談はこれで終了した。
ビルじいさんから金を奪うのは気が乗らないから手首を離そうとした。
しかしおれは思い出してしまった。
「なあビルじいさん、この手紙」ポケットからM・Mの手紙を取り出して見せた。「これはいつ受け取ったんだ」
「ええ……五、六年ほど前だ」
「そうか、ありがとう」
今度こそ彼を解放した。彼は少しこちらを見ていたが、しばらくしてどこかへ消えた。
おれは六年前に手紙が渡されたと追記して気付いた。
六年前に何かが起きている。
リーナが影人になって守護を手にしたのは六年前。
追放者の英雄が大量発生した影人を倒した伝説も六年前。
ビルじいさんに手紙が渡ったのも六年前。
そして英雄サーシャルトスが失踪したのも六年ほど前だ。
間違いなく、六年前に何かが起こっている。
それこそがこの世界を救う手がかりだ、なんて希望を持ってみたが、自分自身を鼻で笑った。
そうか、もうこの世界は救われているのだ。