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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
秘境の英雄編
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第十四章 「破滅」 3

 何度繰り返しても運命は変わらなかった。


 おれは広間の壁によりかかり、くずおれた。

 絶望しきっていた。この世の終わりを過ごしていた気分だった。

 もう、彼女らが死ぬ姿は見慣れたと言えるくらい同じ時間を繰り返した。


 おれはいつもメモを取るときに使うペンをポケットから取り出した。

 これはユリアからもらった大切なものだ。


 目覚める場所は広間、時間は雨の日の昼だ。

 広間で倒れているおれを発見するのはいつもユリアだった。

「ガクト様、具合でも悪い?」

 決まってそう声をかけられる。

「おれはおまえを救えなかった。恐らく今回も救えない。そういう運命なんだ」

 正確には毎回命を落とすのはリーナだ。けれどそれではユリアも救えなかったことになる。

「……わたしに話してくれないかな」

 おれはこの優しさの暖かさすら感じられなくなるほど、地獄に堕ちていた。




 最初はアンナに助けを求めた。助けを求めるためには少なくとも、サテルとブルーノがここを襲うこと、アーマードが影の世界の一員であることを伝える必要がある。しかし堂々と伝えてはサテルに聞かれている可能性があり、不自然でも小声でアンナに伝えた。

 彼女はすぐに承諾して、昼のうちに動き出した。彼女にはおかしな場所がないか確認お願いし、何が起こるか知っているおれはまずユリアにアンナ同様これから起こる全てのことを小声で伝えた。リーナがアーマードに殺されること、巾着の中身は守護で彼女はそれを失うと死んでしまうこと、サテルがサテライトであること、聖職者の証が入手されていたこと、おれの証が盗まれること。

 ユリアには打開策を考えてもらい、次にリーナの元へ行き、何があっても絶対に巾着を離さないようお願いした。

 その頃には既に夜になりかかっていたため、作り笑顔でアーマードの案内に従って、絶対にレプリカを彼に見せないように注意して、風呂に入った。これでおれは肌身離さずレプリカを持つことができる。もちろん風呂の中にも持ち込んだ。

 そして夕食を食べ、それぞれ部屋に戻って、おれとアンナは少ししたら合流、広間に出ているリーナに話しかける。おそらく一時間後に彼女は殺されるのでそれまで話を繋げて、その瞬間。アーマードが現れる。

「リーナさん、その巾着を渡してくれないでしょうか」という彼の言葉にリーナではなくおれが答える。

「いきなりどうしたんだ、アーマードさん」と憎悪を押し殺して作り笑顔で。まるで何が起こるかわからないように。

 そしてアーマードが剣に手をかけようとしたそのタイミングでユリアが不意打ちをかける。アンナはサテルに単独で殺されないよう一緒にいて、ユリアにはアーマードを拘束するよう依頼した。流石のアーマードも二階からの奇襲に反応できずユリアの攻撃をまともにくらい転倒、意識を奪った。

 次に現れるはサテル。しかしこの回は奴を甘くみすぎていた。奴はアンナと衝突、アンナが圧倒的に負けていた。彼女はおれとリーナで逃げるよう指示し、ユリアは戦闘に参加した。しかしサテルはあっさりと二人を潜り抜けてリーナを殺害、守護を証だと勘違いで破壊、ユリアは激怒し捨て身でサテルに斬りかかるがすぐに負ける。その間にリーナが影人化、ただ近くにいる人間に無差別に殴りかかるという行動を取り始める。しかし動きは極めて俊敏で、サテルと互角に戦闘を始めたが、結局リーナは死を恐れて館の外に逃亡。

 おれは自殺した。


 同じようなことをあと三回ほど繰り返したが、確実にリーナは死亡した。


 次におれはユリアとアンナに全てを伝え、無理矢理でもリーナを連れて逃げることにした。彼女らはどうやらおれの真剣さが伝わったのか――というよりも絶望しきった顔が説得力を増しているのだろう――承諾してくれた。おれはリーナの部屋に入るなり彼女の手を引いて、逃亡した。サテライトが監視している可能性があったが、追っ手はいなかった。ここでわかったことだが、影の世界は確かにおれを監視していた。しかしそれはサテルではない。サテルがおれのしてきたことを知ったように語るのはハッタリだ。部下から得た情報を上手く使っているだけなのだ。

「どこに行くの、いきなりどうしたの?」

「後でしっかり話す。だから今は走ってくれ」おれはそうお願いする以外できることがなかった。

 逃げた先は全くわからない草原。この世界は草原地帯が異様に多い。歩けば草原。今回はそれが役にたった。周りを見渡すことができるのだ。追っ手がいないことを確認することができる。しかしそう簡単に解決することではなかった。

「あれ……巾着が、ない」リーナが焦っていた。恐怖していた。

「戻ろう」おれたちは来た道をそのまま戻って行った。徐々に日が落ちていく。脳裏に、来る途中に険しい崖を下っていった光景が浮かんでいた。きっとあのときだ。あのとき、彼女のちょっとした不注意で命を落としたのだ。

 いざ巾着を落としたであろう場所に戻って行っても、時既に遅し、サテルが待ち構えていた。

「きみたちの行動は簡単に推測することができる。西は樹海、北は影、南は王国、そんな場所に行くはずがない、きみたちはやはり東に逃げていた。そしてこれだ、巾着を落としていくなんて馬鹿なことをするね」奴はおれたちが必ずここへ戻ってくることを確信して、絶望を増徴させるために待機していたのだ。しばらく笑っていると、崖の下からでは見えない、奴の足元から何かを持ち上げて投げ捨てた。それはアンナとユリアの死体だった。

 リーナが膝から崩れ落ちた。おれはただ怒鳴った。ひょっとしたらおれまで泣いていたかもしれない。もう、嫌な予感にも罪悪感にも押し潰されて再起不能だったのだ。

「巾着を返してくれ……」おれはサテルに懇願するしかなかった。「それは忠誠の証なんかじゃない、影を拒絶する守護なんだ。おまえも持っているんだろ、影人のおまえなら」おれの言葉にサテルが素で驚いていたが、再びあの笑みに戻る。

「そうか、ならなおさら討伐をしないと」奴は守護を粉砕した。同時、リーナが倒れる。生が消えている。そして起動する。その瞬間サテルが槍を握って飛び降りる。「わたしはサテライト・マックスフォード、影人討伐の専門家だからな」

 おれはリーナをかばい、サテルの槍をまともにくらい、死んだ。


 何をやっても結果は変わらない。

 逃亡した先を西と南にしても待ち構えていた影の世界に彼女は殺され、北に行けば影を吸収しすぎて守護の効力を超え彼女が影人化。

 ユリアやアンナを連れても、さすがに気付かれて、結局影の世界に殺される。

 アーマードに、今日用事があることを思い出したのでおれとリーナだけ返してほしいと頼んだ瞬間、サテルが突然背後に現れて殺された。もちろん、そのことを知ったおれはアンナに不意打ちを止めてほしいと頼んでも、不意打ちは防げたものの、単純に戦力で負け、アーマードとサテルに全員虐殺された。

 十数回ほど繰り返して彼女と共に逃亡することは絶対にできないと断定した。


 絶望しきって、おれはリーナを見失っていた。

 だから、ユリアと共に逃げ延びるという最悪の選択肢を無意識に選んでいたのだ。

 しかし結果は変わらなかった。そもそもユリアに夜起こる惨劇を語れば絶対にここを出ないと答え、全てを秘密にして、アンナとリーナを見殺しにして草原で眠っても、やはり広間の隅で目を覚ました。これはカオティック・レコード理論によって、不適切な運命を辿ったためいろはが発動したのだ。


 どう足掻いても、その理論によって「リーナが死亡する運命」が確定されているのだ。


 そして現在に至る。もう、何回死んだかは憶えていない。

「おまえはこんな話信じられるか」

 隣に腰を下ろしたユリアにそう語り始める。

「リーナは影人だったんだ」おれは彼女の顔を見ていないがどんな表情を浮かべたかわかる。驚愕だ。「あの巾着の中のクリスタルは忠誠の証じゃなくて影を拒絶する守護だったんだ。外には内を、内には外を。彼女は既に死んでいた。だから体内にある影を消すために外に守護を持っていたんだ」

 ユリアは無言でおれの話を聞いていた。


「死んでしまうんだ、必ず。この世界にそう定められているんだ」

 この夜、必ず彼女は死ぬ。救う方法は思いつくたび全て実行してきたがもう助かる道は存在しないと思っている。そもそも物理的に、戦力的に、不可能なのだ。

「何やっても死ぬ。どう足掻いても心の傷をえぐり返すだけだ」

 こんなのただの愚痴だ。


「おれは何十回も彼女の……おまえやアンナの死体を見てきた。おれ自体何十回も死んできた。今夜、サテルがアンナを暗殺する、おまえはその光景を目にする、リーナは広間でアーマードに殺される、ブルーノが王の証を完成させようとリーナの守護を粉砕する、彼女は影人になりサテルに殺される。これが今夜起こる全てのことだ、何のアクションも起こさない限りこれ以上語ることはない」

 愚痴をただ嗚咽のようにぶちまけているだけだ。


「おかしいじゃないか、こんな運命」


 今まではなんだかんだ、苦痛の対価として成功してきた。

 けれど今回はまるっきり違う。

 どこで間違えたんだ。

 先には何もない。もし無理矢理例えるのなら果てしない暗闇だ。


 おれは彼女が死ぬたびに自殺をするか殺されてきた。

 もう死ぬことは恐れていない。

 しかしそんなもの何のプラスにもならない。

 むしろ、心の痛みすら感じなくなっていたのだ。


「もう、おれは絶望しきってしまった」


 もう、何かもどうでもよくなっていた。


「いいかよく覚えていてくれ。ここには裏切り者がいた。何かを救おうとして何も救えなくて、仲間を裏切って最悪な選択肢を取った人間がいた」


 そいつの言葉だ、とおれは続けた。


「いずれおまえは絶対におれのことを殺しにやってくる」


 おれは立ち上がって、ポケットからユリアのペンを彼女に返した。それと同時に一枚のメモを渡した。

 彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。


「今までありがとう。最高に楽しい日々だった」


 そう言い残しておれは館の外に出た。

 メモにはこれから起こることをより詳細に書いてある。おれが今までどんな方法で彼女を救おうとして失敗したか、思い出せる限り全て。おれが関与しているから彼女が死んでしまうなら、おれは一刻も早くそこから立ち去るべきだ。

 そんな希望を心のどこか遠い場所に秘めておれは全員を裏切った。


 行く当てなんてあるか。

 きっとただ王国で惰眠を貪るだけさ。


 それでもいい、今はもう、休みたい。



 おれは自分だけ助かるという最悪の選択肢を取った。


 そしてその夜、東都の途中の道端で目を覚ました。そこで確信する。

 ああ、リーナが死んだ。

 そしておれは生き延びた。



 これからおれの逃避行が始まる。


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