第十三章 「幕開け」 2
朝食を取り終わった後、実は結構暇だったりした。
なのでおれはM・Mなる者が書いたと思しき手紙の解読でもしているかと客間に戻ろうとしたが、ある重要な謎を解き終わっていないことに気づきアンナのいる部屋に赴いた。
「アンナ、ききたいことがある」
彼女がドアを開けて顔を出す。
「なに」
「入っていいか」
部屋の中心にある卓に促され、おれは椅子に座り、彼女はベッドに座った。
「追放者についてだ」
しかしなるべく踏み入った話にならないよう気をつけながら質問する。
「トワイライト・マックスフォードという名前に聞き覚えは」
「ないね。サテライトさんなら知ってるよ。銀髪で綺麗な人だった。少し厳しい性格だが、先頭に強くて仲間思いな女性だ」
銀髪……おれはリーナとサテルを思い出す。サテル、サテライト。似てる。が、そんなものいくらだってある。さすがの奴も疑われないよう偽名を使うならもっと音を変えるだろう。
「それに、あたしがわかる。奴がサテライトさんなら絶対にわかる」
その通りだ。
「ん、そもそもアンナは影の存在を知っているのか?」
「この前までは知らなかった。けどユリアから聞いたから大体は理解している」
「トワイライトは今はなき『追放者の監獄』で影にのまれた。だから追放者のみんなにも忘れ去られているのだが、そいつが〝追放者には英雄がいる〟と言っていた」
「ああ、英雄説ね、あるよ。確か六年くらい前にある班が大量の影人に襲われて壊滅寸前になったとき、一人の男が影人を全員殺したらしい」
「なるほど。それにその伝説を記憶しているということは、影人が大量発生した場所はまだ残っている」
「そう。あたしたちが昨日いたアルクスレイジオだからね」
そういえばサーシャルトスがそこを赴いた理由は影人が多いからだったな。
違うな、思い出してみれば関連書籍は少なくていちおうあてずっぽうなところもあるのだっけ。
「英雄がどんな奴だったか、そういった情報は出回ってなかったのか?」
「黒いコートをまとった、死ぬことを恐れない、勇敢な戦士だったという」
「戦闘のスタイルとかは?」
「あまり憶えてはないんだけど妙なスタイルだったらしいね、それもあって英雄なんて思われたんじゃないの。普通の剣を、腕や腰を使って振るのではなくて、自分の体そのものを回転させて敵をばったばった切っていったらしい」
「無駄だらけじゃないか」
「そう、あたしもそう思った。自分で試してみても疲れるだけでなんの意味もない。そんなに剣が重いんだったらナイフを使えって話だ」
そういえばおれもナイフ使ってないなあ。まあリーチ短いし、その分的に近づくなんて怖いからおれには無理なことは考えてみればわかるんだけどさ。
「けどその英雄はとてもかっこうよかったらしい。なぜなら、英雄が斬った敵は全員一撃で死んでいったから。まあさすがは影人、切られても心臓を貫かれない限り復活してくるんだけど、英雄はまず飛び入り参加をしてきて早々まずはその妙な動きで影人を一掃、起き上がってきた奴から順に斬り倒しては心臓を貫いて行ったらしい」
「その後どうした」
「姿を消してもう二度と追放者には現れなかった」
「それで伝説止まりというわけか」
おれは立ち上がった。
「ありがとう、アンナ。なんだかわからないけどあんたと話していると気が楽にるよ。緊張しないっていうか」
「こんな暗い話なのにな。きみはどこか変だぜ」
「そういうあんたも口調が女らしくないぞ」
「ふん、戦士に男女の差なんてないのさ」
この馬鹿が、と心の中で呟いて笑顔になり、部屋を出た。
次こそは自分の客間に戻り、彼女から聞いた情報をメモしてから手紙を取り出した。
〝この手紙を読んでいる君は、恐らく全てを諦めて今この瞬間も逃げているのだろう。運命というのは考えてしまえば単純だ。パラレルワールドについて語ったとんでも人間が誰かは知らないが、人間誰しも一度は考えたことがあるはずだ。例えばもし自分が過去を書き換えることができたなら何に利用するだろうか。実験者ならば原理を解き明かすだろう。犯罪者ならば犯罪が成功したことにするだろう。悪人なら、善人なら、どう使うだろう。しかしその時点で、運命の歯車に関与した時点で、君は流される者ではなくなる。君はいずれ知ることになる。それまでは浮かれているがいい。ただし過去に戻ることができない限り、時は一定に進んでいく。数時間前でも過去は過去だが、所詮書き換えることができるのは数時間後起こる事件だけだ。事件を防ぐ、より良い方向に書き換えるために過去に戻ったようなものだ。さて、ならば考えて欲しい。半年前の過去を書き換えることができたのなら、半年後のタイムトラベラーはその書き換えられた運命通りにことを進めなければならない。それが、運命の歯車に関与した者の義務だ。
そこでよく考えていただきたい。これから起こる出来事はよい選択しか待っていない。慎重に歩んでくれ。君が本当に心に思う人は誰だ。論理的にも理論的にも倫理的にも判断するな。直感でものを捉えろ。君が本当に好きな人間は誰だ。〟
やはり意味が、いや意図がわからなかった。
なぜ好きな人間を最後に問うのだ。
けれど不思議だ、奇妙だ。
こいつが言っていることがおれの現状と一致する。
過去を書き換える。おれは過去を書き換えることが、正確には過去に戻って未来を変えることができる。
そのことが記されている。
〝より良い方向に書き換えるために過去に戻ったようなものだ。〟
こいつはおれと違って未来を知る能力を持っているのか。それならビルじいさんに手紙を託して、おれがいずれやってくることを教えていたのにも説明がつく。
そういえばいつビルじいさんはM・Mからこの手紙を受け取ったのだろう。
運命の歯車に関与した者の義務……か。
おれは間違いなくこの手紙でいう運命の歯車に関与した者だ。
自分の嫌う未来を変えるために過去に戻っては繰り返してきた。運命を変えた。運命の歯車に関与した。
流される者ではなくなった。
それにしてもなぜ好きな人間なんだ。
最終的には何が言いたいんだ、この手紙は。好きな人間が誰かを知って何になるというのだ。
とうとうやることが尽きたのでおれは筋トレでもすることにした。
しかしまともに腕立て伏せもできない。
体が重い。
筋トレも断念して究極に暇になったため、ユリアやアンナを誘ってリーナの部屋に行くことにした。
「リーナ、暇になったから雑談でもしようかと思って来たんだけどいいかな」
「もちろん」と彼女は笑顔で頷いた。
おれたちはいつも通り普通に雑談をした。世間話、哲学的な話、時には少し踏み入った話をして、笑い合って黙り合って、互いをよく知った。
「リーナやユリア、アンナはどうやって知り合ったんだ?」
「あたしは説明しなくていいよね」
「ああ」アンナは追放者を脱退して東都に逃げ込んだ際リーナに助けてもらったから、ということは聞いている。
「わたしとユリアは元々幼馴染で面識はあったんだけど、本格的に一緒になったのは多分十一歳くらいのときに、ユリアがわたしの館にメイドとしてやってきて、そのまま成り行きで気がつけばとても仲良くなってた、みたいな」
「仲が良いことは何よりも良いことだ」
といったところでアーマードさんが昼食ですとドア越しに呼びかけた。
意外と時の流れを速く感じた。
「ありがとう、みんな」
といって、けれどそのまま食堂に向かった。