第十二章 「アナザー・パーソン」 3
敵組織に目標を一つ盗まれた。
「ユリア、おれたちが忠誠の証を手に入れて、この世界は救えるのか?」
おれは素直にたずねた。今回で浮き彫りになったが、実はまだおれは忠誠の証を集める旅の目的地を理解していないのだ。
王の証を影の世界に渡せば奴らに世界を征服される。これは間違いない。なぜなら王の証にはそれほどの力があるのだから。
けれどおれたちがその王の証を持ったところでどうなることはない。新しい王を選ぶ他ない。
だから、影の世界に王の証は絶対に作らせないことが前提だ。
重要なのはその次だ。
おれたちが証を手に入れてどうするか。
誰かが王座に着かない限り、影の侵食は進む一方だ。
「なら王の選挙を行えばいい話では」とアーマードさん。
「選挙を管理している人間はブルーノ……つまり影の世界だ。選挙は行えない」
最悪、国民からの文句を覚悟して独断でアーマードさんを王にする。
そうしなければ、どちらにしろ世界は滅ぶ。
「どうしてガクトくんは、そこまでするの? 国の遣いだから旅をしていると思っていたけれど、さっきの話を聞く限りブルーノさんは敵で、あなたは逆らっているんだよね、ということは今は国の遣いじゃない。あなたが危険を冒す理由は何?」とリーナ。
「世界を救ってくれ、とトワイライトから頼まれたんだ。それに、おれはここで生活するのもありだと思っている。だから、この世界を守らなければならない」
ここにサテルがいれば、自惚れるのも大概にしろ、なんて言ってくるのだろう。
けれどおれは誓ったんだ。
この世界と、リーナと、ユリアたちを守ると。
守る――いや、絶対に死なせないと。
「誰かが王座に着かなければならない。それは後に考えよう、まだ時間はあるはずだ」とおれは自分に言い聞かせるよう促した。「そもそもおれにはサテルから……つまり影の世界から証を一つ奪取する必要がある。その際に影の世界を解体することができれば王の選挙もできるはずだ」
「わかった」とユリア。
「時間を作ることができれば参加させていただくよ」とアーマードさん。
アンナとリーナは無言で頷いた。
とりあえずここから立ち去らないと。
安全な場所に移動しないと。
「それなら近くに別館がありますよ。今夜だけですが泊まっていきますか?」とアーマードさん。
「いいんですか、リーナやユリアならともかくおれなんて……」
「大丈夫ですよ、なにせ今日は休暇日ですから、友人をお誘いするのは一向に構わない」
「なら……甘えさせてもらいますか」
おれたちは樹海をさっさと出てアーマードさんの別荘に宿泊することになった。
樹海から抜け出すのは非常に簡単だった。
行きにマーキングをしていったからだ。その通り辿っていけばすぐに抜け出せる。
樹海を出たときには既に日の入りの時刻だった。
世界が橙色に染まる。
アーマードさんの別荘に到着するまでメモを追加していた。
サテル・ヴァロンツェッヒのこと。
おれとトワイライトが影の影響を受けなかった理由が影を拒絶する守護であること。
「アンナ、あんたは守護を持っていないのか?」
「わかるとおり持ってないぜ。なんで?」
「追放者は影人と戦うんだろう? なら守護を持っているほうが圧倒的に有利だ」
「あのね、忠誠の証が世界に五つしかないように、クリスタルものって高価なの。そんなもんあたしみたいな下っ端が持っていたほうが驚きよ」
「確かにそうだな。すまん、ありがとう」
影を拒絶する守護、またメルヘンなものを。
この世界はよくわからない。魔法や魔獣はいないのに、竜がいるだとか、存在を消滅する物質があるとか、それを拒むお守りがあるとか。物理的なのか反物理的なのかどっちかにしろ。
それに今更だが、この世界において一番意味がわからないのはおれ自身だ。
おれは何者なんだ。
影を拒絶する守護を持っていて、死んだら過去に戻れる能力や、物体を確実に殺すポイントを視認できる能力があって。
世界を救ってくれと頼まれて、貴族の少女と出会って、数々の死に直面して。
走ろうとしても手を振っても体が重くて動いている気になれず、叫んでも叫んでいる気がしない。
まるで世界にいじめられているみたいに、おれにはマイナスなことしか起きない。
おれは何者なんだ。
おれはなぜ、追放者の牢獄なんてところから始まったんだ。
すっかり日が落ちた頃、アーマードさんの別荘に到着した。
「うわ……滅茶苦茶綺麗」
思わず感想が漏れる。
ひょっとしたらリーナの本館よりも綺麗かもしれない。
これが王の近くに立てるものが建てた別荘か。
「おじゃまします」
なにかと緊張する。
敷地に足を踏み入れたその瞬間、例の如く嫌な予感が全身を走った。
今までよりもずっと反応が大きい。
息が苦しい。
それほどに予感が生んだ不安は大きい。
なにか嫌な感じがする。
なにか重大なことが起きそうな気がする。
頭に浮かび上がってくるのはアーマードさんとサテル。
どちらも脳裏にはりついていて当たり前だ。
ここはアーマードさんの別荘だし、サテルに対する恐怖はまだおさまっていない。
けれどその程度じゃない。
緊張のしすぎか。
いや、思えば体の動かしすぎか。
今日おれは友人の殺人現場を目撃して、一度死に掛けて、大切な人を失いかけて、英雄を殺され、強敵と対面して負けた。
それだけじゃない、おれは経験しすぎたのだ。
恐怖や死や裏切りや疑いの連鎖が生む闇と地獄を。
なんにせよ、できれば今夜気を休ませなければならない。
おれはとても広い館に踏み込んでいった。