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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
秘境の英雄編
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第十一章 「追放者」 3

 塔を登る。

 刃こぼれしない剣を片手に、重い体を動かして英雄に会いに行く。


 ここにサーシャルトスが必ずいるという保証はどこにもなかった。

 この世界において時間という概念は曖昧で、しかし異常に重要なことなのだ。


 おれが死ねば時は遡る。おれは同じ時間を繰り返す。それはなぜかおれに備わった能力である。時を遡るということは観測者であるおれ以外の人間の記憶も遡る。

 もし、この先おれがリーナを助けたとしても、『いろは』が発動するだけで彼女はそのことを忘れる。絶対に記憶は戻らない。


 わかっているはずだった。


 まだ先の話、おれは知ることになるだろう。

 この世界の支配構造を。


 さらに言えば、おれはこの後すぐに知ることになる。おれと時間と影を結ぶ謎の正体を。


 懐かしきトワイライトのことを。


 塔の屋上、コロッセオの闘技場のように開けた舞台、目の前に立ち上がった英雄サーシャルトスは大剣を三度振り回してからおれの足元に剣先を向けてから頭部へ上げて構えた。

 おれにはいったい彼が何をしたかったのかわからなかったが答えはアーマードさんの口から発された。

「再戦だ――と彼は言っているようですが、前に戦ったことが?」

「まさか、初対面だよ」とおれは剣を構える。


 案の定、いや冒険ものでは情報を得る重要人物としてサバイバル生活を過ごしているのが一般的なのだろうが、サーシャルトスは影人であった。

 影人討伐に出かけて影人になった。ミイラ取りがミイラになる、とはちょっと違うか。


 ともかく、どうやら影に侵されつつも彼には人間らしい思考があって、というのも先刻の無駄な宣告からわかる、厄介であることを十分にアピールできている。

 戦闘は嫌なんだがな、とため息をつくが、実際体は震え恐怖に怯えている。


 死んでもいいという余裕は痛みをより簡単に味合う。

 これはゲームのようなシステムであっても、ゲームなんかじゃない。

 痛みを伴うリアルだ。


「ガクト様」と声がした。「緊張しないで、わたしも戦うから」

「ユリア……ありがとう」

「自分も忘れないで下さいよ」とアーマードさんも親指を立てる。

「ありがとう」おれは深呼吸をして神経を研ぎ澄ませる。


 脳裏である作戦が再生される。


 塔の途中、アンナが耳打ちをしてきた。

〝サーシャルトスがいた場合、それに影人であった場合、戦闘は間違いなく発生する。そのときの作戦なんだけど――〟


 振り返らなくともわかる。おれとしてはリーナには絶対に死んでほしくない。だから、リーナをアンナが守っているならそれが至高の選択だ。


「狙うは四肢だ!」

 おれは全力で駈け出す。体が重い、そこまでおれは運動していなかったのか、それに叫んだはずなのに自分の耳にすら届かないほど声が小さい。


 サーシャルトスの大剣が目の前を通過する。

 こいつは少しでも当たれば死にそうだ。


 ユリアがお得意の投げナイフで鎧のない肌に攻撃を仕掛けるも、全て避けられる。普通ゾンビってのはとろいもんだろうに。


 アーマードさんはリーチの長い剣をサーシャルトスと互角の速さで振り回すが、火力で負けて押されている。


 三対一だというのに全く勝てない。これが英雄の証を持つ男か。こんな化け物でも影人にやられて影人になったのか、と思うと少し意外である。


 コンビネーションアタックのようにおれたちは三人がかりで技をしかけ始める。

 ユリアがナイフで誘導し大剣の剣先を上げる。アーマードさんがその巨体を生かして素手でサーシャルトスの腕を縛り、おれが刃こぼれしないトワイライトの剣で腕を狙う。

 サーシャルトスは大剣を捨て大きく跳躍する。腕にしがみついていたアーマードさんは空中に放り出された。サーシャルトスは着地、アーマードさんは落下。


 しかし今の英雄は大剣を持っていない。

「アンナ!」とおれは叫ぶ。


 アンナはどこから出したのか短刀を握り英雄に向かって飛んで行く。そのまま同じく腕を狙う。


 これこそが作戦だ。

 アンナはおれたちの重要な戦闘要員だ。けれど英雄は彼女よりも遥かに強い。ならばスキを作らなければならない。

 そこで、彼女を無害認定させておく。流石の影人でも危険度の区別くらいはできるはずだから。


 鈍い音が響いた。英雄の腕が空中に舞った。よし、一本と思った刹那、アンナの体も空中に舞った。英雄の武器は大剣だけじゃあなかった。その拳も立派な武器なのだ。そのまま壁に衝突する。脆い壁は今でも崩れそうな状態に変貌する。


「影人は影を吸収してすぐに回復する。早く残りの三本を切り落として」とユリアが指示する。


 おれはもう一本の腕を切り落とさんと突進。剣を突き立てた瞬間、おれも空中に薙ぎ払われた。

 景色がものすごい速さで後ろから前へ流れて行き、背中の激痛とともにそれは停止する。


「ガクトくん!」

「ガクト様!」

 どうやらリーナとユリアの近くの壁に落ちたらしい。

 のんびりしている暇などもちろんなくって、いつ拾い直したのかサーシャルトスが大剣を持っておれの元へ飛んできていた。

 大剣の振り下ろしをギリギリで回避した。大剣は地面に衝突し停止する。自分の足との距離わずか十数センチ。


 サーシャルトスはしかしおれへとどめの一撃を繰り出さず、大きく後退した。おれには一瞬何が起こっているかわからなかった。

 しかしすぐに理解する。


 自分が倒れている床が大きく崩落し始めているのだ。


 それにおれは思い出した。この塔の屋上は他の階層に比べ広く造られているため壁よりの床の下には大地しかないということを。つまりビル四階ほどの高さを真っ逆さまに落下することを。


 そうか、またおれは死ぬのか。


 内心諦めていた。

 影は侵食を進めるが今度は手短に終わらせればいいさ、と。


 けれど諦めないものの姿がそこには二つあった。


 死んでも死ねないおれを助けるためにリーナとユリアが手を伸ばしたのだ。

 屋上から落下するおれに手を。


 けれどこのときおれは気づいていなかった。


 このときの選択がいかに未来に影響したかを。いや、必然であったとしても、ひょっとしたら未来は少し違っていたのかもしれない。


 おれはユリアの手を取った。咄嗟の判断だった。


 瞬間、おれはリーナが一体どんな表情をしたのか見ていない。


 元より見れなかったのかもしれない。

 直後リーナの背中を大剣が切り裂いたからだ。


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