第十一章 「追放者」 2
英雄サーシャルトスは本名をサーシャルトス・コズフィールド。
王国育ちの騎士であったという。
彼は五年ほど前にディザムへ影人討伐に向かい、姿を消した。ユリアがディザムにサーシャルトスがいると睨む理由が彼の最終目的地がこのディザムであるからだ。
詳しく話せば、彼は影人討伐のため世界を巡ることをおよそ七年前に決意し旅に出た。二年後にはアーヴァシーラに戻ってくると言い残して置きながら帰らぬ人になったため、五年前に失踪したとされている。その旅の最終目的地がディザムである。
そもそも英雄と言われるようになった理由としては、彼がまだ若かった頃に起こった影人の異常発生に伴い行われた討伐作戦にて優秀な功績を挙げたからである。
英雄の証は以前にクシャル・クリアルロワという男の所有物であったが、その男はとうの昔に死んでいたため、サーシャルトスへ渡される際に昔の証を割り、新しい証を作ったという。
彼は影人狩りの天才だ。大剣を振るい敵を薙ぎ払う。英雄の証はその大剣に埋め込まれている。
もし影人にでもなっていたら、レーゼのときなんかと比にならないくらい苦戦するだろう。いったいおれは何回死ぬことになるのか。できればもう二度と死にたくないが。
けれどまあおれの場合、今いる四人の仲間の内たった一人でも死んだとき自殺する覚悟くらいはある。
おれ自身の冒険をバッドエンドで終わらせてたまるか。
おれは死ねない人間なんだ。
それだったら、おれ以外の仲間が一人でも欠けていたらバッドエンドだ。
おれが死ねば死者はよみがえる――といってもおれが『いろは』で巻き戻れる時間の死亡者であることが前提であり、また影に呑みこまれた人間に対しては効果しないであろうという制限があるが。
痛みと記憶を伴う死のループをするおれ。
痛みと記憶を伴わない死のループをする他のみんな。
みんなを救えるのはおれだけだ。
そんな自意識過剰――いや、こういうときは自信過剰というのか、よくもまあ筋トレもろくにしない引きこもりが言ったものだ。
格闘ゲームが強い人間が必ずしも実際の格闘技に強いというわけではないように、能力は細かく分別されているのだ。
おれは例えみんなを救える異能を持っていても、性根が腐っている。自殺を恐れることはもうないとは思うが、むろん死にたくない。といっておきながら実際敵の死体を目にしても驚きはしなくなった。
「ユリア」と名を呼ぶ。
彼女は無言でおれに視点を移す。
「実は昨夜アンナが影の世界の一人を殺していた。おれたちをつけているやつがいたということだ。おれたちの行動が外部に漏れている可能性がある」
「ケルビンズ新王候補者の所為もあるかもしれない。彼はリーナよりも上位の貴族」
「ならなぜリーナが証を持っている」
「忠誠の証は王に仕える――王の直属である者には与えられない。サーシャルトスは狩人、アーリーは庶民。少し離れている必要がある。ケルビンズ家は元々王の補佐に就いていたから証は与えられない。けれど新王候補者でもあるゆえ、影の世界が監視している可能性がある」
十分に気をつけてほしい、と彼女は相変わらず冷静な声でいった。
「あれ、アーマードさんは貴族の中でも騎士ということなのか?」
「いや、貴族だが騎士ではないよ。ただ騎士には憧れていてね、けれど代々王に補佐として――書類仕事役として仕えていたから公に騎士道は進めず、自主的に余った時間で鍛錬しているのですよ」
通りでガタイがいいわけだ。
「すごいな、おれなんてゲームもせず運動もせず、ただ視力を落とすのみだ」
その視力の悪さはしかしこの世界では適応されていないのか、結構奥のものまで見える。
色褪せた森の奥に塔が見えた。
塔と言ってもフェルセマフィにあった建物のようだ。
塔はせいぜいビル四階ほどの高さで、ハイファンタジー感を醸し出している。
すぐ隣でリーナがわあと声を漏らしていることに気づいた。この世界は全ておれにとっては綺麗だが、この世界の住民でも綺麗と思うこともあるんだな。
「さて到着しました。これがディザムです」
アーマードさんがこれから起こりうる幾多の危険を優しさで押し殺した笑顔で説明した。