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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
秘境の英雄編
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第十章 「たまには平和な日常」 3

 向かうは北西、アレクスレイジオの塔ディザム。


 なんて言ってみたりすると異世界という感じがして個人的にはワクワクするが、それはおれが体験しているからであって、実際小説でこんな文章があちこちに入っていたら気持ち悪い。


 そもそもアーヴァシーラだのディザムだのどうの、単語を覚えなくちゃ読み進められない小説なんて三流だ。覚えるに越したことはないが、人の名前すら覚えるのを苦手とする読者なんてどこにでもいる。

 というかまさにおれがそうだ、実はアニメを見てる際は見た目でキャラを判断している。

 それゆえか小説で同時に五人くらい出されるときつい。

 万人ウケするのは登場人物の少ない、読み応えのある物語だ。

 というのがおれの持論であって、まあ読書家からするとただの阿呆なんだろう。


 アーマードさんに導かれて今は樹海の踏み入ったところで休憩している。

「少し日が傾いているなあ」おれはこの世界も日本と同じように東から西へ動く日周運動が行われていることを見逃さなかった。

「そうですね、少し進んだら安全な場所を発見して眠りましょう」とアーマードさん。


 獣のいない世界。どこで寝たところで現れるのは狼か虫だろう。

 突然、視界にパンが入った。

「ん?」誰かに差し出されたようで、おれはその主を見上げる。「リーナさん」

「お腹空いているでしょう? 見る限り食べ物を持ってきていないようだから」

 食事のことをすっかり忘れていた。


「ありがとう、リーナさん」

「えと、ガクトくんはわたしのことをさん付けで呼ぶよね。どうして?」

「そういえばどうしてだろう」おれは考える。

「ユリアやアンナは名前で呼ぶのに」


 リーナと心の中では呼んでいる。けれど口に出してみれば自然とさんを付けている。

「君が綺麗……高貴な人だからかな?」

「そう、ならわたしのことも名前で呼んで。なにか他人行儀に聞こえるから」

 他人行儀というか尊敬の気持ちがだな、と口答えをしそうになったが、やめた。

「すまない。じゃあリーナって呼ばせてもらうぜ」

 このときのおれの笑顔はきっと無様だっただろう。


「さて、進もう」

 アーマードさんが立ち上がり、言った。その号令におれたちは立ち上がり、枠を橙色に染められた樹海を進む。道なんてものはなく、とりあえずまっすぐに進む。

 地形情報を持っているとは言っていたが、木にマーキングをしている様子を見るに、ディザムに訪れたことがあり、道がわかるんじゃなくて感覚で方向がわかる、ということなのだろう。

 樹海は霧が立ち込めているのか暗く、色は確かに橙色だがどこか荒んでいる。まるで世界が枯れているようだ。荒廃した都市やホラーゲームの森みたいな、色の褪せた世界が広がっているように思える。


「英雄サーシャルトスってどんなやつなんだ? なんのためにディザムなんかに?」

「影人を倒すため。前に言わなかった?」とユリア。

 あれ、言われたっけ。

 最近物忘れが多い気がする。いかんいかん、まだこの世界にきて六日ほどだぞ。物理的にも体感時間はもっと長いが。


「影人は昔からいたそうだが、それは死んだ人間が影を吸い込んだら誰でもなってしまうものなのか?」

「変化する場合としない場合があるけど、その基準はよくわからない。けど影を多く吸い込めば吸い込むだけ影人化の確率は高くなる」

「そうか」ならきっと、トワイライトの言っていた獣っていうのはモンスターじゃなくって影人のことだったのだろう。


 おれは影人を二回しか見ていない。きっと普通に生活を送っている人間は一度として見たことがないだろうが、しかしその二回とも、レーゼとアーリーは強かった。アーリーは影人のなりかけだがきっと完成していれば何度か死んでいただろう。

 あの自害……堅実者が自らの心臓に剣を突き立てたその筋は、紛れもなく本物であった。


 不安が脳裏を過ぎる。

 もしサーシャルトスが影人になっていたらと。

 ユリアが言っていたように、またトワイライトがそうならなかったように、人間は影人に攻撃されても影人にはならない。

 けれどそこに影があったら。


「英雄っていうのは……サーシャルトスはどこかの組織に所属していたのか?」

「いや、確かどこにも。強いて言えば国王に使えていた。どうして?」

「監獄でトワイライトが〝ここに英雄がいる〟と言っていたから」

「トワイライト?」とアンナが呟く。

「ああ、もう影に飲み込まれたトワイライト・マックスフォードだ。現在の『追放者』の長サテライトの親族だ」

「へえ」とアンナは俯いた。


 英雄はこの世に二人いるのか。

 王国の英雄と追放者の英雄。

 全く王国も追放者も影人を敵にする立派な同士じゃないか。だというのになぜ二つの勢力は対立しているのだ。


「アーマードさん、追放者は王国からしたら憎い存在なのか?」

「いや、そうでもないですよ。けれど一体何があったか申し訳ないことに記憶にないのだが、王からある組織が国外追放を直々に下された。それからかれらはアーヴァシーラに来ることはなく、外で影人討伐に打ち込んでいるらしいです」

「そうなのか……ありがとうございます」

 おれはメモの追放者の欄に書き加えた。


「日が落ちてきた」とユリアが呟いた。目線の先は少し開いた場所。

「ここで寝るとしましょう」紳士の微笑みでおれたちを導くアーマードさん。


 夜の飯を済ませて、おれたちはそこらに横になって眠った。


 けれどおれは目を覚ました。

 なにか嫌な予感を覚えたからだ。

 異変はすぐにわかった。


 アンナがいない。

 彼女の姿だけが消えている。

 ユリア、リーナ、アーマードさんはいる。


 あいつのことだ、ひょいと戻ってきて、そこらで寝るのだろうけれど、そうはいかない。

 おれは知らなければならなかったのだろう。


 少し歩くと不快な音が聞こえてきた。

 何かを切る音、硬いものを砕く音、液体のしたたる音、そして自分自身の心臓の鼓動。不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で、仕方がないのに、なぜか嫌な予感というものは的中してしまうのだ。


 アンナが人を殺していた。


 別段大きいわけでもない木の下、死体にまたがり、四肢を切断し、心臓に木の太い枝を削って作った杭を打っていた。



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