第八章 「回り始める歯車」 3
男として最低だということは百も承知だが、こればっかりはいちいち気遣いする暇などない。
ユリアはもちろんリーナも連れてグランダルスギッドへ飛んで行った。途中でシュンイェルを発見し、リーナにヨーステン夫婦へ届けるよう預けた。彼女とはここで解散し、残りは爆発騒動を止めるために走る。
「爆発騒動が起きる、それはどこ情報?」
「『いろは』だよ」
「『いろは』?」
「ああ。まるで影みたいな、物理的法則に反している現象」
彼女は考えた挙句当然のこと理解しかね、走ることに専念していた。
グランダルスギッドは他の道と大して変わらない。しかし娯楽が多い場所だ。子供から大人、年代の幅は広い。
今こうしてしっかり目を通しても、やはり人が集まっているだけのように思える。
犯人の目的はなんだ?
あのバッチ、フェルセマフィのものだった。都外の廃村の人間が爆弾を積んでここまでなんのようだ? 自爆までして人を殺すのはなぜだ。
というか、ユリアとシュンがあの場にいなければ死人は出ない。怪我人は多数いるようだが。何が目的だ。わざと人を殺さない、というのは考えすぎか?
「そういえば、ユリア、武器を持っていないよな」
そういえば、バッグの中の武器を全て放り捨て、戦うとのことを言い忘れたため彼女は武器を所持していない、ということを思い出して確認した。
「ああ、はい」
どうしたものか、と考えていたところ、
「大丈夫、わたしは近接格闘技も習得済み」
「動けるタイプのメイドか。そりゃ幸運だ」
ユリアのナイフさばき……いったいどこで習得したのだろう。
ともかく、犯人らしき影が動かないか、表と裏両方の通りを睨む。必ず来るはずだ。おれがナイフを買わずとも因果に変化はない。これはタイムループものにおける考察だが、いや推測だが。
「いた!」とおれは声をつい張り上げる。
ちょうど爆破の被害を一番受けた建物と隣接する小さな通りに、襟の一部を輝かせた男が入って行った。
おれたちは全力で追い、あっさりとおれは犯人の手首を右手で拘束した。
「おまえ、アーリアディだな」とついさっき思い出した、廃村にあった火薬くさい家の持ち主の名前を言った。
「離せ――離せ!」犯人、恐らくアーリアディはもがく。その間ユリアが腰に巻かれた大量の爆弾を発見し、おれの剣を使って犯人の体から切り離していく。
「目的はなんだ」
「貴様らが悪いんだ! 王を失い、選挙に興味を持たず、いい加減な政治を続けているせいで、ぼくたちの村は今にでも滅亡しそうなのだぞ!」
ぼく、と自分のことを呼んだが、見た目は二十五歳から三十路あたりだ。
「影か……そういうことか。おまえの村、フェルセマフィは王家が絶たれた時から不況が続き、いまや滅亡寸前と」
「貴様らなど死ねばいい! 死ぬほどの痛みに苦しむ状態で過ごせばいい! 娯楽に埋もれているくらいなら政治をしろ!」
今回の事件の全てが明らかになった。
整理しよう。
一度目のループ。おれはリーナとユリアとともに見晴らしの丘に行き、ユリアと別れて二人でナイフを買った。グランダルスギッドで爆発騒動が起こる。その時ユリアは後をつけており、裏路地に入ったおれを爆破した。
二度目のループ。今度はリーナと二人でナイフを買う。グランダルスギッドで爆発。裏路地で殺されそうになったところをリーナがかばい、死亡。恐らく親友を誤って殺害してしまったユリアはその場から逃亡した。
三度目のループ。彼女らに嘘をついて東都の端へ。おれを殺していたユリアの登場。
四度目のループ。二人に怒鳴って見晴らしの丘へ。この時、おれに興味を失せたユリアにも私的用事があったらしく、グランダルスギッドへ。迷子のシュンを親へ渡そうとしていたところ爆発に巻き込まれ死亡。それをアンナから聞いて現場に行くおれ。再びリーナに怒鳴って、全てを投げ出して東都から逃亡。フェルセマフィという廃村にてビルじいさんから手紙をもらう。その時アーリアディという表札の、異臭漂う家を目撃。野原で寝る、何故か死亡。ここは謎だが、事件とは関係がないだろう。あったとしても寝ているところをブルーノの部隊が殺した、ということだ。
五度目のループ。証のレプリカをユリアに渡すことで隔絶する。急いでそれまで行ったことを再現しつつグランダルスギッドへ急ぐ。爆破に巻き込まれながら犯人を拘束。犯人の自爆により死亡するが、その時フェルセマフィのバッチを発見。
そして今に至る。
六度目のループ。アーリアディは自分の村が徐々に廃れていく原因を、王がいなくなったことと考え、怒りを覚える。娯楽の多い通りを狙った理由はそのためだ、政治に力を入れず娯楽に走っている人間が許せなかったのだろう。
「いいか、まず勘違いはよすんだ。村と国では規模が違う。いくら民主主義だから……ああいや、王がいるのだから君主が……とりあえず選挙をするということは現在アーヴァシーラは民主主義の国だ、けどだからといって国民に直接的な政治参加があるわけではない」
「は? そんなことは関係ない! 貴様ら国民が、政治に関心を持っていないことが悪いと言っているのだ!」
「高校受験の時に覚えた公民の知識はスルーか……ともかく、だ。今例え王の選挙が決着しても、まだ王の権力は復活しない。もう少し待て、でなければ余計に滞る」
王の証がまだ完成していない。王の権力そのものが完成していない。
「そのために、おまえの村の鐘守り、ええとアーリー、そうアーリーと会いたい。今どうなっている?」
犯人に向かってたずねる。
「アーリーは今じゃ王に選ばれた人間とは思えない凶暴な悪魔になった」
「影人か?」さらに訊く。
「違う、まだアーリーは生きている。だが限りなく死に近い。元々廃れていく村を維持するために疲労していた彼は影人となった村人に襲われた。だから影人になりつつある」
「影人というのはゾンビなのか?」とユリアに確認する。
「ゾンビ?」どうやらこの世界にゾンビという化物は存在しないらしい。
「影人に攻撃された人間は影人になるのか?」
「ない。影人でも人間でも同じ、攻撃されたらその傷へ影が入る。影に全体を侵食されれば影人となる。影は人が失った場所を侵食する。ゆえに死人は全てを失っているため影が入り込めば影人化する」
哲学的な話になった。要するに傷は死体と同じ扱いをされるということか。
「もう二度と馬鹿な真似をしないと言うなら王城へは突き出さない。帰るついでにおれをフェルセマフィまで案内してくれ」
脅迫と要求を同時にする。犯人は無言で頷き、廃村に向かった。おれとユリアはそれに続いた。
裏路地から出るとアンナに遭遇した。
「ああ……なんで影人の話になるとおまえが出てくるんだ……」
「わ、悪かったわね、あたしが出てきて」
彼女は頬を膨らませた。
「アンナ、今からフェルセマフィのアーリーに会いに行く。ついてくるか?」
「アーリー? アーリー・パトシオット?」
「そうだ。鐘守りで堅実者のアーリーだ」
「今は、どうしてるの?」
「さあ。影人になりつつある、だとか」
「そう……ありがとう。でもあたしは行かない、まだ用事が残ってるから。あと、なんの返答もいらないから、アーリーには〝ごめんなさい〟って伝えて」
「あ、ああ、わかった」
ほんの数十秒で彼女とはわかれた。それにしても〝ごめんなさい〟とはなんのことだったのだろう。
廃村へ再び歩き出す。アーリアディはすっかりおとなしくなった。爆弾をどこから入手したのかは知らないが、武器がなくなれば所詮普通の人間か。
東都を出、草原を歩く。進むにつれ周囲が不気味に暗くなる。まだ昼に間違いない。これが影の影響か。全く、影こそ『魔法の言葉』だな。
「魔法の言葉?」
ユリアに影について質問をしている時、逆に訊かれた。
「そう、魔法の言葉。辻褄の合わないような事象を解決してしまう言葉。例えば、なぜ彼は触れずして物を動かせるのですか、という問題がある。この場合実は見えないほど細くて頑丈な糸が張ってあるからである、がまともな答えだ」
それに対して、と続ける。
「魔法の言葉は、この場合は超能力だ。彼はサイコキネシスを使えるのです、と言えば無理矢理問題を解決してしまう。無論、超能力がメインのファンタジーだったら魔法の言葉でもなんでもないけど、普通の日常にて超能力はエヌジーだ」
「他には」とユリア。
「え、続けるのか。他にはそうだな、今まで見てきた世界は夢でしたとか、幽霊や化物みたいなトンデモを出して今までの不可解な謎を全てオカルトの所為にするとか、登場人物を全員殺して今までのはなしとかかな」
「それならなんでもできる」彼女は真面目に頷いていた。
「影も、物理法則無視してるものだから、時の流れも関係ないし存在そのものを消し去るのも問題ない、なんて感じだから、実際にここにいられると困る」
影も、おれも、魔法の言葉でどうにでもできる。でも信じたい、この異世界に飛んできた原因、死亡するとループする能力、一定以上の力を入れると対象を殺す紋章、そしておれをマイナスの方向へ展開する世界、これらは全て説明がつく、と。
夢オチだって滅亡オチだって、下手が書かなきゃ良いオチにもなる。下手は夢や滅亡や化物を魔法の言葉として使ってしまうからだめなだけなのだ。自分はまだ把握していないけれど、自分にも伏線があると信じたい。何でもないものを突如伏線とさせて辻褄をトンデモでかたずけるのが魔法の言葉であって、伏線があればある程度普通なのだ。
おれと周辺で起こるあらゆる謎の事象が伏線ゼロの突拍子もない魔法の言葉で片付けられないことを祈る。
そうであってくれと祈る。
こうやって時を超えて廃村にやって来たのも、良き運命の一環なのだと祈る。
廃村フェルセマフィに到着した。
二つ目の忠誠の証がある場所。
この世界での冒険の五分の二。
これから起こる数多の事象の一環。
これから起こる数多の悲劇の前兆。
これから起こる数多の不幸の開始。
悲劇と称された運命の歯車はおおよそこの頃から回り始めた。
これ以前もそこに運命の歯車は存在していたのだが。