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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
東都編
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第六章 「王なき帝国の影」 3


 ばったりと言うべきか、館の中でリーナと出くわした。良いタイミングだったため礼を言おうとしたその時「時間ある?」ときかれた。

「はい?」とたずねる。

「ガクトくんは国の遣いなんだっけ。それで冒険とかするのかな?」

「あ、ああ。多分そうなるな。とりあえず鐘守りのいる街に行く気だ」

「ひょっとするとだけど、武器とかって必要ない? この前、君の剣が重そうに見えたから。短いものにしたら効率がいいんじゃないかって思って」


 思い出すまでもない。確かに重い。しかし剣が重いわけではない、体が重いのだ。動かない、遅い、まるで自分のものではないように感じる。

「そうだな。けどおれは今一文無しに等しい状態だから」

「お金に関しては気にしなくていいよ。わたしが出すから」

「え、いや、さすがにそれは」


「買い物?」と背後から問われた。ユリアである。「食料調達と、ガクト様に見晴らしの丘で確認してほしいことがあるので、そこまでついていってもいい?」

「問題ないよ。ただ武器屋に立ち寄るだけだからね。果物屋は武器屋の真逆だし、必然的に解散はそこになりそうね」とリーナ。

 おれの意思が無視され結局短剣を買うことになった。

 どうでもいいことだが、ユリアの「ガクト様」でふと思う、この世界でも姓と名は日本と順番が逆らしい。思えばリーナ・ヴァラウヘクセは「ヴァラウヘクセ家」と呼ばれていた。そのためか、彼女らはおれのことをガクトと呼ぶのだろう。苗字を呼ぶ気分で。


「というかなんだ、見晴らしの丘でおれに確認してほしいこと?」

「…………」無言でユリアは頷いた。

「わかった。行こう」


 話はすんなり終了し、当然リーナもおれがすぐここを離れるだろうと思っているので、ナイフを頂いた後に礼を言って鐘守りのいる街に向かおう。

 館の階段を下り、豪華なエントランスを歩き、ドア付近で立っているご老人にユリアが近寄り、恐らく彼女は仕事中なのでいつ帰ると伝えたのだろう、少ししてこちらへ戻り大きな扉をくぐって館の外に出た。

 綺麗な庭園が広がっている。噴水もあるし銅像もある。壁は特別高いわけでもなく、敷地はほどよい具合に広い。周囲にまるで中世ローマのような建物が連なって見える。


 正門から敷地を出、国の中央ではなくやや南西に向かう。こちらに見晴らしの丘というものがあるらしい。彼女はおれに何を確認させたいのか、あるいは自分が確認したいだけかもしれないが、とりあえず今のところ損はないので付き合うことになった。

 貴族の多い地域である。少し歩くと、どちらかというとアメリカに似た風景に変わった。さて何州のどこかなんて全く知らないけれど、マンハッタン以外は基本的にこんな場所だろうと思う。建物が低く、空が低く、各家の間隔が広く、とにかく開けている。


 歩いている途中、リーナの巾着が気になった。

「こんな外出でも巾着は持っているのか」

「ええ。なんかこれが手から離れると体がうずくのよね。不安になってしかたない」

「…………」ユリアは無言でおれたちを見ている。

「そうか、お守りとかそういう類のものなんだな。おれにはそんなもの生涯一度も持ったことがないから他人事になってしまうけれど、嫌な予感っていうのは大抵的中するものだから、大事にしたほうが良い」


 おれはお守りのような大切なものを持ったことがない。兄弟はいないし、仲の良い友人はほぼゼロに等しいし、まあなんにせよおれのことを気遣う人はいないのだ。

 大切なものを大切にする気持ちが理解しかねる。両親。父親は、もはや父親とは呼べぬ状態、もとい、おれと喧嘩して決別し親子と言える関係ではない。母親は――おれは再び嫌な予感にかられた、そういえば体調が優れず今も病院にいるのか。

 まあ離婚とか、両親どちらかが死んでいないだけでマシか。そんな主人公設定が豊富で、死んだ父はこの世界の魔王に殺された、とかそういうわけでもないのだからこの程度が普通なのだろう。


「強いて言えばこの剣くらいかな。なんかもったいなくてあまり使いたくなかった。だから、今日という日は良い日なのかもしれないな」

「その剣はどこで手に入れたの? ええと、確かブルーノさんに任命される前から持っていたんだよね」

 まあ、そりゃ剣を持っていなければ刀剣類違反になどならぬからな。

「トワイライトという人物の形見だ」

「トワイライト?」

「そこのユリアの話によると、ほんの数日前の『追放者』の長だった人らしい」


「あれ、そうだっけ? 追放者のリーダーはだいぶ前、少なくとも数十日以上前からずっとサテライトさんがリーダーだった気がするんだけど」

 リーナが首を傾げてユリアにたずねる。

「いえ、()()はトワイライトがリーダー」と彼女はなんら変わらない表情で答える。

 その間おれは、『追放者』などと呼ばれている団体の長にさん付けか、と疑問に思っていた。


「そもそも『追放者』って何なんだ?」

「追放者は()()()()()。権力なき自由な世界を目指す」とユリア。

「え、権力なき社会って馬鹿だろ、そんなことしたら影の勢いが増すばかりだ」

「追放者も影の存在を認知できない。影人の存在は古来伝わっているため、それがこの世界の絶対法則と相反する危険な因子であることは知っている。けれど、何故死体が動き出すのか理解していなかった」

「なおさら早く王の証を集めるべきじゃないか」

 どうしてかユリアは顔をしかめた。


 少し考える。何か違和感を覚えた気がする。

 今回はその謎が早く解けた。

「そういえばトワイライトはおれに自己紹介する時、自分は西の王国の遣いだと語っていた。どうしてだ、反王政組織なんだろ?」

「…………、わかりかねる。ひょっとすると西都はこの東都と敵対関係にあったのかもしれない。そして、西都にも王なる者の存在はあったが、そこはヴェルファレムではなかった」

「追放者というのは東西どっち側に勢力を張っていたんだ?」

「主に西側。敵対関係にある互いの拠点を近づけるなど命取りになりかねる」

 そうか、とおれは頷いた。不思議と彼女が言ったヴェルファレムという言葉の意味を理解していた。


 しばらく口と足を動かしながら時は流れ、日が頂点に達した頃、見晴らしの丘と呼ばれる場所に到着した。

 街の高低は激しいがここばかりはさらに急で、丘には階段があり、登りきると絶景が広がっていた。一面に花、風車と見間違えそうな一つの塔。丘は遠目で凸状に見え、街を一望できる。


 おれたちは畦道と呼ぶには豪華すぎる花と花の間の道を通り――いかんせんこの道のことを何と呼ぶのか知らず花道などと言って恥をかきたくないがゆえ――塔を登った。風車の機能がなければピサの斜塔のように特徴があるわけでもない、まして古墳とも思えないこの塔の正体は謎である。

 塔にはもはや部屋の一つもなくただ螺旋階段で屋上に上がるだけだった。


 麦わら帽子が持っていかれそうな強風が吹く。


 おれは気付けば言葉を失っていた。

 もはやそれを「絶景」と呼んでいいのか、「絶景」はこの地獄絵図をも意味するのか、わけがわからなくなったからだろう。


 影が世界を侵食していたのだ。

 この東都アーヴァシーラを目指すように、西の大地を喰っては認識できないほどゆっくりと侵食していく。

 おれにはそれがはっきりと見えている。もはや何色かも判断できない「影」と呼ばれるそれが。


「なんだ、あれは!」とそれが「影」であることを理解しながら、塔から身を乗り出して叫ぶ。

「なにかあるの?」とリーナ。

「見えないのか? 影が世界を……」

「わたしにも見えない。今どこまで侵食されている」とユリア。


 リーナはおれとユリアの会話についていけないようで、ほおを膨らませて聞き入っている。

 よく影と世界の境界を見ると、おおよそスークロックあたりで停滞しているので彼女らにたずねる。

「スークロックは知っているか」

 二人は首を縦に振ったが、そこが反王政をかかげる村であることくらいしか知らず、そこがどのような場所であったか忘れていた。

「ディシヴァシーラは」

 聞いたことがないと今度は首を横に振る。

「追放者の牢獄は」

 そんなものがあったのかと言わんばかりであった。


 忘れている――いや消滅している。それそのものが消え失せているわけではないことをおれとユリアは既に気付いている。恐らく彼女には追放者の牢獄が見えているのだろうが、それが何かを忘れている。おれは、影が見えながらしかし追放者の牢獄もしっかりと視認している。よくぞ低い視力で見えると言いたいが。

 影は言ってしまえば無色だ。色を無くす色であり、色の無い色だ。そこにあるものを隠すこともできれば、覗くこともできる。

 ウェブ小説で反物質という物質について知識を得たことがあるが、残念ながら対消滅を起こしていないのでこの影は反物質ではない。

 影が近づくと空間が歪むことをおれは知っている。対消滅の爆風だと考えていたがその線は消え、恐らく脳と何らかの反応を起こして空間の歪みと錯覚するのだろうと思う。


「急いで王の証を集める必要がありそうだ。そう長くここにはいられない」

 おれはそう呟きながら、この異常なの現象を前に、リーナの巾着に視線を落としていた。

 隣にいるユリアのことなど気にもしないで――嫌な予感にも気づかないで。


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