第一章 「死という地獄の始まり」 1
おれの話をしよう。
まず、経緯を説明せねばなるまい。
眠気を感じながらしかし眩しく光る画面に向かえば誰しも視力は落ちるだろうとわかっていた。その対象に当然おれが入っていることも承知で。
だがおれは深夜に部屋の明かりを消してパソコンをいじっていた。というのも決してそんな迷信だか何だかに抗いたいわけでも、元々視力が落ちない体質だというわけでもなく、ただ他にしたいことがないからおれは引きこもりらしく自分の眼と体を痛めつける快楽に沈むのだった。
ゲームは得意じゃない。あれは疲れる。何がと言えば精神だ。あれほど過激に動きその上相手以上の動きを必要とし、しかもそれには正確な判断力が必要であるとなれば、学力は低く高校を中退した馬鹿野郎のおれが敵うはずない。
ただ決してゲームが嫌いなわけではない。息抜き程度にやり、癒されることもなく疲れたら止める。ゲームとは暇潰しでしかないのだ、下手なくせに。
プロゲーマーに怒られそうだが、そもそもゲームなんざ遊びなのだから、本気でやろうとしてる奴は頑張って、遊びだと思う奴は遊んでいればいい。プロゲーマーに楽に強くなるコツを聞く奴がいるが、そいつにはプロゲーマーになるつもりがないなら訊くな、プロゲーマーになりたいならひたすら練習しろ、と言ってやりたいものだ。
羽捻学斗。我ながら良い名前だと思う。
おれ自身やはり気に入っているため、インターネット上でもガクトと名乗っている。本名をあっさり言ってしまうような、何が何だかわからないのがおれだ。気まぐれでありマイペースであり、どこまでも利己的で、どこまでも悪質だ。
開き直ろう。おれはクズだ。
だからおれに友人は一人としていないし、家族とも離れて一人暮らし。バイトにすら入ってなく、学生でもない。そう、学生でもなく働きもせず専門的技能も学ばない、つまりニート。
ルックスも良くないし性格は最悪だ。どこぞの主人公なんかにはなれやしない。国民を救う英雄などもはや目指そうともしない。
おれはただ楽に生きたいだけだ。恋愛もせず働きもせず、財産を少しずつ使って生き続ける。よくライトノベルに、生きるためなら、というフレーズを掲げる奴がいるがおれは同意見だ。ただ生き続けたい、死にたくない。
それがおれだ。これがおれだ。
何が起こっても死ななければそれでいい。何が起こっても不思議ではない。何が起こっても事態を解析できる自信がある。どこまでも受け身で、どこまでも流されやすい性質なのだ。
だから、鈍器で殴られたような揺さぶりを感じても、おれは驚きつつ冷静に対処していた。
最初は疲労かと判断した。それは人生初の二徹で疲れているのもわかる。だから幻覚か何かで後頭部を殴られたような感覚を覚えるのも理解できないわけではない。
サイトを飛び続け、気になるサイトを開いた瞬間これだ。催眠術でもあるのかと思い揺れを感じながら目をやると、しかしただのウェブ小説が表示されているだけだった。おれが好きなジャンル、特に神話系のものだ。
ならば後ろに何者かがいて、何らかの恨みでおれを鈍器で殴ったのか。振り返っても誰もいない。
机に肘を立て、頭を抱え、目を瞑り、とにかく脳の揺れの余波を癒そうと努めた。一瞬眠気に誘われ身体中の血液が消えるような感覚に陥ったが、深呼吸をしパソコンに戻ろうと顔を上げ目を開いた。
直後、おれは目を更に開くことになる。
見たことのない部屋が視界に広がっていたからだ。
苔の生えた汚い部屋。そこに倒れるおれ。扉は鉄格子で、ここが牢屋であると言っている。流石のおれもこれには驚かざるをえない。
牢屋、と一概にいっても、日本のそれではなく、まるで中世ヨーロッパのようなそれだ。実際に見たことはないのだが、恐らくこれのことを言うのだろう。
試しに頬をつねってみた。痛みはある。ベタな方法だがこれが手っ取り早い。これは夢ではないようだ。
ではなんだ。最近ライトノベルやウェブ小説で人気の異世界漂流、異世界召喚とやらか。だが漂流とはこのことを言い、まして召喚先が牢屋などありえるだろうか。
というか目が疲れて幻覚を見ているだけではないのか。これほどまでに綺麗な幻覚もありえないが、思えばどこか世界がぼやけて見える。
元々視力が低いことは認める。しかしこれほど明かりのある部屋を見る時にぼやけたことはない。
ただの幻覚だろうか。
手を動かそうとすると肘が後ろにぶつかった。壁の感覚はあるようだから、やはり幻覚ではないのか。と軽く振り返ったおれはかつてない恐怖に襲われた。
後ろに情けなく後退し、鉄格子を掴んで震える。
屍が積まれていたのだ。
死臭漂う汚い死体が山を作っていた。流れた血は固まり、皮膚は朽ち、まるで亡者のようにこちらへ顔を向ける。
十八年間生きてきたおれは、たった一度も実際に死体を見たことがない。親族は少なく、葬式を開いたこともない。ニュースや興味本位で見た画像でしか見たことがない故にやはりインパクトが大き過ぎた。
吐き気がする。友人でもない屍を見ても吐き気がする。
なんだよここは、と思う他ない。
異世界ものでも牢屋から始まるものがあるものか。いや探せばあるだろうけれど、こんな不愉快極まりないものがあってたまるものか。
そもそもおれがライトノベルを読みすぎていなければこの状況を異世界と判断することもできないだろう。現状を解析し、異世界などと馬鹿げたことを言うおれは既にあたまが狂っているのだ。
そして、一人の美しき少女が現れても、そう不思議に思うことはなかった。牢屋から出させてくれると言われても普通だと思った。
「世界を救ってくれ」と言われるまでのことなのだが。
おれは原因もわからず、その後もわからず、もはやここが異世界かもわからず、この世界を救わなければならなくなるのだった。
トワイライト・マックスフォードと名乗った少女の剣を握って。