第六章 「王なき帝国の影」 1
何故だろう、おれは必死に人の家の庭でただひたすら剣を振っている。戦闘は御免だし、いちいち自ら疲れることをする意味がわからない。
誰かに強制されたわけでもないのに、剣を振って汗を流している。
もうリーナは死なないだろうし、なるべく戦闘を避ける形で王の証を集めに行こうと決めているというのに。
ひょっとすると、前々から思っていたが、おれはこの世界で二つの能力を使える代わりに「マイナスな方向へ展開される」というハンデがあるのだろうか。
『いろは』は勿論のこと、「一定以上の力を入れると対象を死に至らせる紋章が見える」という能力の二つの代償である。ちなみにアルルカが何故あの夜紋章に剣が刺さりそうなところで大きく後退したかというと、紋章イコール命なのでそこに剣が近づくということは死に近づくと同じで、それを本能的に感じたのだろう。そういえば追放者の牢獄の騎士も一度は避けていたな。
この世界ではおれにとってマイナスな出来事が多く起きている。
ちまちまレベルを上げるタイプのおれだが、魔物がいない癖に影人とかいう強敵が存在する、つまり初期レベルでボスに挑めと言われているのでマイナスだ。
『いろは』もそうだ。おれはこの所為で今もなおこんな世界に留まっているのだから。正直言おう、こんな世界くそくらえ。
ブルーノに関しても、おれは愉快に異世界生活を楽しもうとしていたのに、冒険を強制しやがった。
理屈が通らないと思うが、まあ、これで嫌な予感が的中する説明がつく。
こうならないでほしい、と思ったことこそがマイナスなのだから、それが起きてしまえばハンデは発動したことになり、予感が的中したと思ってしまうわけだ。
話を元に戻そう。おれはそろそろ腕が切れそうなほど剣を振り続けていた。
この世界においておれは弱い。一歩足を踏み出せば奈落に落ちていくほど、脆い。別に回避して行けば死なずに、また強くならずに王の証を全て集められるかもしれないけれど、やはりこれに関しても嫌な予感がする。
おれの期限は半年ではない気がする。
こうして何度も蘇って王の証を半年以内に集めようとしても、できないような気がする。それ故かおれはまるでロボットのように無意識に剣を振るのだ。
「よく頑張るね、怪我もしているのに。この国の遣いなんだっけ?」
隣で見ていたリーナが言う。ここは彼女の城の庭である。屋敷の前の広場。
「ああ、まあ上手くいかないが、何か腹の中に溜まっていく気がして、とてもじゃないけれどこんな豪華な城の客間で惰眠をむさぼるなんてできないから」
「けどいいな、わたしは剣なんて振ったことないから」
それなのによくおれとアンナについて来たな。危ないとしっかりと言ったはずだが。命知らずというか彼女は優しい人間なのだ。
「何故おれなんかを休ませてくれるんだ?」
「そんなの、自分を守ってくれた恩人が怪我をしていたら誰でも家に入れるでしょ」
「恩人? おれが?」
いや確かにおれは君の命を救ったけれど、そういえば今回のループでは君にはおれが君を救ったことはわからないと思うのだが。悲しいことに。
おれは君を強制的に墓参りに連れて行きアルルカに殺されることを回避させた。まさかそいつが君を本気で殺そうとしていたことなど知らないはずだ。
「アンナから聞いたよ。あの場にテロリストがいて、夜に活動するからわたしを早く墓参りに連れて行ったんでしょう?」
ああ、そういうことか。
「それに、レーゼに攻撃されそうになった時、守ってくれたよね」
「それは、なんというか……必死だった」
「それだけでもう恩人だよ。わたしはこう見えて意外と友人がたくさんいるんだけれど、こんなことしてくれたのはあなたくらいよ」
そうか、そりゃよかった。
「あと、なんとなくぼんやりと、思い出そうとしても上手く思い出せないんだけど、わたしが何かされてしまうのを防ぐためにあなたが変な人と戦っているところを見ていたような気がするんだ」
「憶えているのか! おれが死んで生き返る前のあいつとの戦闘を!」
「え、え、『いろは』ってなに?」
記憶が微かに残っているということか。これは思いもよらなかったプラスだ。なんだプラスなことも起きるじゃないか。ゆっくり彼女の記憶を――取り戻させて何かあるのか? これはプラスか? 記憶を取り戻したら自分が死ぬ瞬間を思い出すのだぞ。
違う、そうじゃない。おれはただおれの努力している姿を思い出して欲しいだけだ。今こうして剣を振っているのもそのためか。
おれは頑張っている。
認めて欲しいだけか。
そう思うと急に剣を振る気がなくなってきた。
「治療してくれたのは誰だ?」とおれは自分の腹を見て言った。レーゼに剣を突き刺された場所は今止血され包帯が巻かれている。
「わたしだけど」
「そうか。ありがとう」
リーナは綺麗な笑顔を見せた。
思えば何故これほどまで他人に気をつかっているのだろう。リーナを助け、アンナが何者かは聞かず、ブルーノから逃げずに従っている。何故だろう。
客間に戻る道中考えていた。
全てを投げ捨ててしまえばいいのに。誰が死のうと関係ないとか今までは思っていたのに。何故おれはリーナの死体を見るのをこれほどまでに恐ろしく感じているのだろう。
無駄な素振りの所為で腕に力が入らない中、おれはこの城から出発する準備をした。といっても剣と王の証と防具と金くらいなのだが。
おれは客間にて王の証を見ながら思う。
これを集めればどうなるんだ。冤罪を帳消しにされるだけか。王選挙の決着をつけられるだけか。
「それは王の証のレプリカ。セウリュトス家の権力の象徴。すっかり力を失ってしまったクリスタル。そのレプリカ」
驚いて振り返るとドアに人が立っている。
誰だ、と問う必要もなかった。
ユリア・アンツヴァイという人物を既に知っているのだから。