第五章 「罪人」 1
罪人というように、レーゼは罪人の代名詞だ。リーナに聞いたところ、ヴォルステックの伝説はどうやら五百年前の話だという。五百年前、といえば日本では江戸時代あたり?
疑問に思うことだろう、この世界に魔物なんて存在しないのに五百年間生きれる人間があるというのか。
答えはノーだ。いるはずがなかった。だからリーナに「レーゼがいる」と言っても信じてもらえなかった。いるはずがないし、ただ一人しか地下牢にはいなかったのだから子供を作ろうにも不可能である。
では何故、おれは地下牢で殺されたのか。
まあ、この答えは近い内に出るのだが。
そんなわけで、おれはリーナについて来るようなんとか頼んで、アンナと会った。リーナはさぞ不快な顔をし、アンナは嬉しそうな表情を見せた。何故こうするかというと、リーナと会うのが予想以上に早かったからなのだが、リーナがここで離れるような人ではないことを信じ無理矢理ここへ連れて来た。
「アンナ、おれの話を聞いてくれ」
初対面だが、リーナが隣にいることで名前を知っていることを不思議に思われない。勿論アンナの名を口にしていないリーナは驚いていたが。
「なに?」
おれはリーナに聞こえないよう手を当てしかし普通の声で言った。
「ヴォルステックの湖の周辺、特に森にある小屋にだが、白いローブを羽織ったアルルカ・ヘルビエナという女性が現れる」
嫌な予感の一つを有効活用しよう。おれとアンナは似た者同士だ。
アンナの表情が変わった。真剣な表情になる。
「どこからの情報?」
「おれの体験談だ。というか準備しているところを盗み見ただけだから、そのアルルカという奴が誰だかは全く知らん」
「目的はなに」
「リーナの巾着を盗むこと」
話がさくさく進む、これは異世界人にとっては良い。彼女の表情がさらに真剣味を増す。
「アルルカって奴は何かの組織の一員だったりするのか?」
「〝影の世界〟の一人。まあアルルカなんて名前は聞いたことがないから下っ端だろうけど。白ローブとリーナの巾着を奪うことが目的なら影の世界で間違いない」
「何故リーナを狙うんだ。そいつらと巾着が何か関係するのか?」
「影の世界は簡単に言うと機密機関なの。王に従わず王国を支える暗部。あたしも巾着の中にクリスタルがあることはわかってるんだけど、それに何の意味があるかは知らない。でもヴァラウヘクセ家は貴族だから、そのクリスタルを狙う機密機関が相手ならありえなくもない」
おれの予想は、アルルカはアンナに殺されたというものだ。かなり勝手な判断だが、彼女はおれと同じ世界の深い位置にいる。おれと同じように残虐な道を歩んでいる。
「おれはあんたの敵じゃない。これは絶対だ。それに、リーナを守ろうとしている時点で目的はおまえと同じだろう」
「君は何か組織の一員なのか?」
組織、残念ながらどこにも属していない。
「いや、個人だ」
リーナはこの間巾着をしっかり持ち立っている。
「アンナ、これは答えなくていいし、何故それを知っているのか不思議に思うだろうから、先に言っておくが、気に触るようなことを言ってもどうか許してくれ。おれはあんたの敵じゃない。むしろ味方でありたい」
「なに?」
「四肢を切り落として心臓に杭を打つ殺し方には何の意味があるんだ?」
流石に彼女は目を丸くした。だが少し間をあけて答える。
「それは、昔あたしが所属していた組織の浄化の方法だ。主に、影の世界のような敵に対して使う」
予想は当たっていた。まだ彼女がアルルカを殺したという確証はないけれど、あの夜演説会場に彼女の姿はなかった。状況証拠としては彼女がアルルカを殺したと考えられる。
まあこうも容易く今目の前にいる人間が殺人をしたと認められるのは、やはり感覚が狂ってしまったからなのだろう。
「リーナは今日の夜、ウォルシンガムの墓参りにヴォルステックの湖に行く。その時アルルカと遭遇する危険性がある。だからおれは予定を早めて彼女を今すぐ墓参りに連れて行く」
「それがいい」アンナは無理矢理笑顔を作って言った。
アンナとそこで別れ、おれはリーナの元に戻り、今すぐ墓参りに行こうと話した。理由は一応夜にテロの犯行予告が風の噂で耳に入ったからということにしておいた。
初対面のおれがこうも親しく接してくることに彼女は違和感を覚えていただろうが、怪訝な表情を浮かべながらも頷いた。
墓参りには準備が必要で、ユリアという少女と話していたのは、準備をしてくれと頼んでいたからであった。
そう、今からユリアに準備をしてくれと頼みに行く。あの時見かけた場面に居合わせると思うと何故か面白く感じてくる。
まるで、仲間外れにされていた人間が日々羨ましがっていた輪に入れる感覚だ。
ユリアは馬車を引いていた。服はゴスロリ、といってもメイドのような感じで、カチューシャはしていないがかといって服が真っ黒だということでもない、中途半端なものだった。しかし綺麗なアッシュブロンドである。
「墓参りの準備をしてくれる?」とリーナ。この人は誰に対しても声を変えない。
「はい、今持っています。それにしても早いですね」ユリアなる美少女は無表情ながら口角を上げ悪戯な微笑みを感じさせる顔で言った。無口悪戯っ子キャラの顔だ。
「それで、リーナ、そこの男は誰?」おれに視線を送りながらユリアが問う。
「え、えっと、ただの通りすがりというか……」
「ただの通りすがりさ。ハズネ・ガクトだ、よろしく」
言ったはいいものの、おれにはユリアのその顔がどう見ても不気味に感じてしまう。悪戯っ子属性はないのかな。
「わたしはユリア・アンツヴァイ。よろしくお願いします」ユリアは一礼した。おれも倣って一礼する。
リーナはユリアから剣とメタルマッチを鞄で貰うとありがとうと離れた。
日が暮れつつあるが、なんとか間に合いそうだ。とにかく今日は、今日だけは彼女を守りきる。さっさと墓参りを終わらせて城に帰らせる。
西門まで着くと「よくわからなかったけど、わたしは墓参りに行くから」とおれから離れようとしたがそうはさせない。
「おれも連れて行ってくれ。実はウォルシンガムと深い関係があるんだ、特にレーゼとだが」
「いいけど……レーゼってさっき言ってた、実在するって話? 伝説は五百年前なんだから今も生きてるなんてありえないけど……」
「地下牢にいるんだ。確かにこの世界に不死はいないし、神も魔物もいない。龍だって実在したという伝説があるだけで今は行方不明。でも、レーゼは今も生きている」
「……まあ、そうだったらそれで不死身の刑に罰されてるからいいと思うけど……」
この通り、まるでゴキブリかのように扱われてしまうのが罪人である。
「忠誠の剣ってそんなに大事なものなのか?」
「今は、長きに渡り王座を守り続けたセウリュトス家がここでやっと途切れてしまったから王の忠誠はあまり関係ないけれど、五百年前ではそれを失くせば王を裏切ったということになるから処罰されるし、それほどのものを盗んだレーゼもまた大罪を犯したことになるの」
「その剣はどんなものなんだ?」
「ええと、昔はわたしの家にもあったらしいけれど、刃と柄を固定するところにクリスタルがある。わたしが知らない場所にあるだけかもしれないけれど、今わたしの家にそれはないわ。この巾着の中のクリスタルは忠誠の剣のクリスタルだとも言われるんだけど、わたしにはよくわからない」
王への忠誠。クリスタル。
やはり忠誠の剣、いやその中のクリスタルかもしれないから敢えて違う言い方をするが、忠誠の証こそが王の証なのだろうか。
忠誠があるからこそ王は王でいられる。一点に忠誠が集まれば、それは王と言っても過言ではなかろう。
「忠誠の剣はどんな奴が持ってるんだ?」
「家臣の人間、認められた人間、王に尽くす人間、聖なる人間、鍛錬する人間への五本。ウォルシンガムがレーゼに剣を奪われてから新しくわたしの家、ヴァラウヘクセに渡された。それが家臣への一本」
よく自分の家のことをすらすら言える、と思ったがおれが異世界人なんて知らないし、ヴァラウヘクセ家が貴族であり家臣であることくらいアーヴァシーラの住民は誰もが知っているのだから当たり前か。
「認められた人間とは、今は誰?」
「英雄サーシャルトスだったかな」
発音はサーではなくサンである、サンシャルトス、どうでもいい。
英雄。そういえばトワイライトは英雄を探していた、そいつがサーシャルトスだったということか? しかし追放者の牢屋にいるとも言っていたような――。
そうこう話している間に小屋へ到着し、墓参りというよりは儀式に近いそれが終わった。アンナがどこかで護衛しているかもしれないと思うと挙動不審にならずに済んだ。
彼女の今日の用事は終わったわけだ。強制的にヴォルステックの道を戻り、西門でわかれることにした。
「絶対に裏道に行かないでくれよ」とおれ。
「う、うん……」最後まで怪訝な表情は変わらなかった。
これでひとまず安心。あとはアンナがアルルカを倒してくれればなおいい。殺人を人に押し付けるようだが、リーナが死ぬよりよっぽどマシだ。
地平線に日が沈む頃、おれは演説会場に立ち寄り、宿屋と変わるレストランを待った。
やはりアンナの姿はなかった。




