第四章 「家臣の湖」 2
全く同じ手段で金を入手し、全く同じ武具屋で全く同じ装備を買った。既におれは国の遣いとして認定されているため、法律ではどう裁判にかけようと剣を所持して良い人間である。
今回は上手くいくはずだ。リーナには忠告をし、アンナにも来させないよう言った。アンナを嫌がったリーナが引き返そうとした時に襲撃されたケースも考えられるため、万が一彼女が演説に来てもいいよう、アンナをヴォルステックの湖には近づけないようしかけた。
おれが見たところ演説会場への道は一つだけ。誰がどう考えても、リーナが生い茂った木々の中を歩いて会場に向かうなどありえない。それに、この道をそれて森の中に入ると、おれとリーナが殺された小屋がある。この道を見張ればリーナと犯人を確認できるわけだ。
さて、何故おまえは来ているのだ。
「いやいや、きっとリーナは来るだろうし。別にあたしがここにいたところで君に損はないでしょ」
アンナ、おまえがここにいると命のレベルでリーナが損をする。
「早く演説会場に行ってくれないか?」
道の途中で見張っているおれの横に立ってパンを食っているアンナに言う。
「君こそ、なんでこんなところにいるんだい。あたしは演説なんて興味ないんだからここにいてもいいだろ」
「じゃあなんでおまえはこの道を通ってきたんだよ、興味がないくせに」
もはやこいつにあんたという呼び方をする気も失せた。
現在、太陽がだいぶ傾いて夕方と言ってふさわしい時間帯に入った。
入場客が次々と道を歩く中、白いローブを着た女性を見かけた。何故か強い違和感を覚える。ひょっとしてこいつがおれとリーナを殺した犯人なのか?
白ローブの女性はおれではなくおれの左に立っているアンナを睨んでいた。不気味に微笑みながら。
「あいつが誰だったかわかるか?」
女性が見えなくなったくらいでアンナに訊いた。
「いや、知らないけど……」
アンナは眉を寄せて言った。怪訝な表情とも取れる顔だった。
そろそろ日が落ちそうである。前回は確か日が完全に落ちてから少ししてリーナの死体を発見した。まだ間に合うか、とアンナに「演説会場にいろ、リーナが来たらしっかり一緒にいろ」と伝え小屋に向かって走った。
森の中を走る。前回と全く同じルートだ。しかし通る時間が違う。運命の強制力はしかし時間には抗えないはずだ。
ここで森の中に若干道にも見える道を発見した。畜生、あるじゃねえか道、獣道だが。
小屋に到着した。やはり獣道はここまで続いていた。
「リーナ!」思いっきりドアを開け、いるかもわからない彼女の名前を叫んだ。
反応はない。踏み入って部屋の中を隅々確認したが、リーナの姿はない。よし、どうやらまだ彼女はここに来ていないらしい。
おれにもう一度死ぬ覚悟があるかは不明だが、取り敢えず今のところの予想では、リーナはこの小屋にやって来るはずで、もちろん犯人もここに来る。だからここで見張っていれば確実に二人を見つけることができるのだ。
ちなみに何故最初からここで見張らなかったかといえば、リーナとアンナと犯人が来るか確認しておきたかったからだ。果たして、アンナが来て、怪しい人間を見つけ、リーナはあの道を通らないということを知った。
日が落ちた。
まだ二人の姿はない。森からは鈴虫の音が聴こえてくる。そういえばおれは灯りを持っていない。リーナは持ってくるのだろうか。
暇になったため、少し小屋の周りを確認しようと小屋の裏にまわった――
――瞬間、鈍い金属音が鳴り響いた。
「…………は!?」
と漏らしたのはおれ。いつ襲撃されてもいいよう剣に手をあて、確かに今さっき足音が聞こえたのはいいのだが、その足音の主が犯人で、まさかその犯人による攻撃をおれがとてつもない反射で防いでいたことについ声が漏れた。
「凄い反射と凄い剣ね。どこの物? 高値で売れるわ」
前回と全く同じ女性の声である、こいつが犯人だ。
「誰だおまえは。ついでに答えるがこれは西都の物だ、きっと驚くぐらい高い価値がつけられるだろうな」
「あらそう。西都がどこかは知らないけれど、是非頂きたいところね。その剣と技術気に入ったわ、自己紹介してあげる。アルルカ・ヘルビエナ」
アルルカと名乗った女性はやはり怪しいと思った白ローブの人だった。
「おまえの目的はわかっている。命が惜しければ今すぐ演説会場に戻るんだな」
「へえ、わたしの目的がわかるの。極秘任務のつもりだったのだけれどどこかで漏れたのかな?」
「リーナの巾着を盗むんだろ、抵抗されたら殺す気で」
「あらあら、まるで未来を見てきたような物言いね」
残念おれは未来を見ている。おまえがこれから獣道か唯一の道から普通にここへ来るのかわからないがこの小屋にやって来るリーナを殺して巾着を奪うことくらいは知っている。
アルルカは驚いたことにナイフを握っていた。てっきり剣か鎌でも武器にしているかと思ったが、ナイフはリーチが短い。
身構えたその刹那、アルルカがおれの懐に潜り込んでいた。
――まずい!
咄嗟に後退し剣の柄で脇腹に突き刺さる軌道を描くナイフを弾く。
「それにしても異常な反射だわ」アルルカがさぞ嬉しそうに、しかし悪魔みたいな微笑みで言った。
いやいや、おまえの移動速度の方が異常だったぞ、なんだあれは。
そう心の中で叫ぶと、アルルカがナイフを握る手を振った。何故か、ナイフが短剣へ変化した。実は魔法は普通にあるのではないのか。なにそれ。
ドヤ顔でアルルカが短剣を舐める。
その瞬間おれの顔の前を鈍いきらめきが走った。鼻が燃えたように一瞬熱くなり、徐々に痛みが伝わってくる。死ななかったものの、鼻の先をやられた。
こちらも攻めなければいずれ殺されそうだ。とにかく、相手はリーチが短く、しかし移動速度が異常だ。ならば体の前に地面と水平に剣を構えれば正面からの突進を回避できるはずだ。
攻防はさらに数度繰り返された。だが、おれは気付いてしまった。
アルルカの右胸に紋章が浮かんでいる。
一定以上の力を加えると対象を粉砕する紋章だ。
よし、これにさえ力を加えれば勝てる。タイミングを見極めろ、それまで耐えろ。相手も相手で攻撃しづらいだろう。おれの剣には刃こぼれしないという頑丈さを誇っているがおまえのナイフはそうではない。
アルルカが自身の内側から外側に斬りつける軌道で攻撃しにきた。ここだ。短剣の刀身をおれの剣の柄で叩き落とし、その勢いのままアルルカの右胸に剣を向け――
――アルルカが大きく後退した。
「…………」アルルカは目を丸くしてこちらを見ると、再び攻撃しに突進をしてきた。
よくナイフを見てやはり柄で弾き、右胸へ剣先を向け――
――これまたやはり大きくアルルカは後退した。しかし表情は驚きを示していた。
「なんだおまえは!」アルルカが怒鳴る。
「は?」とおれ。
いや、紋章に攻撃が通れば死ぬから後退することくらいわかるが「なんだおまえは」とはなんだ。そんな紋章つけているおまえが悪いだろう。
するとアルルカは気でも狂ったのか演説会場に行く道から小屋までの道の延長線上を走り去ってしまった。
なんだいきなり。まさか逃げたのか。こちらとしては好都合だが、色々と理解できない。
紋章に攻撃が通ればあいつの体は粉砕されていた。だから攻撃を避けるために後退したというのはわかるが、何故その後「なんだおまえは」と言った。どう考えてもあのタイミングで出る言葉ではなかろうし、弱点の極みと言っても過言ではない紋章をつけているおまえが悪いだろうに。
ん? 自ら好んで紋章をつける奴がいるか?
いるわけがない。そこを攻撃されれば自分は死ぬのだぞ、そんなものをわざわざつける必要性がどこにある。あるはずがない、特攻隊でもつけるとは言わないだろう。
ある一つの予想が立った、それと同時にリーナが小屋に到着した。どうやら獣道は使わず、普通にここへ来たらしい。
「リーナさん、どうしてここに?」
「あなたこそどうして」
「いや、正直おれとしては元々来る予定じゃなかったけど、ここにテロ組織の一人が待ち伏せしていたから追い払っただけだ」
「そう、ありがとう、お疲れ様」
リーナはどうやら家柄の仕事として今日小屋に訪れる必要があったらしい。家柄というのも彼女が貴族であることもそうだが、このヴォルステックの湖周辺の所有者であったウォルシンガムと近い存在だったということらしい。
彼女は小屋の中央に剣を立て、柄に火を灯した。火の灯し方はナイフの背でマグネシウム棒を擦ってつける、確かメタルマッチというものだ。ちなみに、少女が――といってもおれと同い年かそれ以上だが――ナイフを持つのは貴族では当たり前なのかと訊くと、ウォルシンガムがよくナイフとマグネシウム棒で火を起こしていたからそれに倣ってのことだというから、この日以外はアウトドアナイフをまず握らないという。
そう、今日はウォルシンガムの墓参りの日らしい。彼は森に幾つも小屋を建てていたそうだが、彼はこの小屋で死んだという。
ここで初めて知ったことだが、どうやら彼は大火事の際に死んでいた。まあ、半壊していて地下牢に罪人がいる城に住むはずがないのだから、そうであって当たり前といえば当たり前だ。
リーナの用事が済んだところを見計らい、といっても一分もいらなかったのだが、一緒に演説会場へ向かった。
演説はとっくに始まって、もうすぐ終わりそうな空気が漂っている。
会場にアンナの姿がなかった。