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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
ヴォルステックの湖編
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第四章 「家臣の湖」 1

 ヴォルステックの湖には伝説がある。

 王に仕えていた貴族の一人ウォルシンガムは王都の隣の森に個人の敷地を授かった。ウォルシンガムは王に忠実である上に剣術がよくできているため、家来の中で最も身分が高かったと考えられる。


 ある日の昼のことだ、大地に生い茂った森に霧がかかっていることに彼は気がついた。森の奥に城を建てて住っていたわけだが、最上階に出ては霧を見下し驚いていた。

「すみません、旅人のものですが、ディシの方から東都に向かっていたのですが森で迷ってしまって――」城門の近くでその男の大声が聞こえた。霧を見直して、匿う他ないと旅人を城内へ上がらせた。


 男は見るからに旅人で、ナイフや食料、テントなど一式をしっかりと所持していた。

「レーゼというものだ。立派な城へ上がらせて頂き光栄の至りでございます」

 彼が疲れているように見えたウォルシンガムはまず寝ることを勧め、客間を貸した。


 自分の勧めを素直に聞き、寝入ったレーゼを見てウォルシンガムは城の料理人に夕食の準備をさせ、屋上から霧を見渡した。遠くの山すら見えない濃い霧であったという。


 屋上から降りてようやく彼は気付いた。王への忠誠の証である剣がなくなっているのだ。客間に急いで駆けつけると案の定寝台に旅人の姿はない。

 レーゼなる偽りの旅人が剣を奪ったのだろうと疑ったウォルシンガムは城内を探し回り、外に出、濃い霧を見る。

 霧の中に走り去る人影が見えたもので彼は影に向かって飛んでいったが、不快な音が耳に聞こえ振り返ると城が炎をあげて燃えていることに気づいた。


 剣を奪った罪人か自分の住まう城を選ぶか迷っている間に城の炎は森林に移り中心部まで燃え尽くした。


 そこでセイリュースという雨の神が炎を鎮火し、罪人レーゼを半分が燃えて崩れた城の地下牢に封印したという。森の中心部は凹状だったため、鎮火の際に湖ができたという。


 というのもこの世界にある伝承であり、御伽噺なのだが、しかしこの世界にも神は実在しないようなので恐らく運良く雨が降って炎が消え、ウォルシンガムか誰かがレーゼを捕まえ城の地下牢に閉じ込めたというのが俺の予想だ。

 けれどこの話はあくまでも御伽噺であり、家臣のウォルシンガムや罪人レーゼが実在したかどうかはわからない。ただ、「レーゼト神殿」と呼ばれているもとは城の形をしており燃えて使われなくなり遺跡となった建物があるので、さながら日本の聖徳太子のような感じに言い伝わっているのだろう。


 おれはそのレーゼト神殿に向かっていたのだが、道中厄介な事件に巻き込まれた。といってもおれが何も気にせずその場を通り過ぎて行けば事件を知ることもなくただリーナがこの世から消えていたことになるのだから、巻き込まれたという言い方は少々違う。

 そう、リーナが死んでいた。

 小屋の中で血を流し、倒れていた。

 ここで忘れてはならないことがある。おれも殺されたということだ。こうして真昼のアーヴァシーラの大通りで意識を取り戻したということはおれが死んだということだ。何故か知らないがおれは死ぬと過去に戻り生き返る。


 リーナが死んでいた。おれも殺された。

 ということは、必ず犯人がいるということだ。

 犯人はリーナの巾着を盗んでいた。恐らく非常に重要なものが入っており、犯人はそれを金にしたいのかあるいはそう上から指示されているのか。


 そしてリスポーンいや時間が巻き戻っているので違うかもしれないが――詳しく今のおれの脳内を説明すれば、とあるラノベの用語を使えばそのまま早く理解できるのだが著作権というものがあってだな使えないのでなにか統一しないとな――現在どうやら王城から釈放されてリーナに会う前である。


 おれは取り敢えずループ前と全く同じように行動し、

「あ、あの……」

 という言葉を待っていた。全く同じ場所でそう話しかけられ、振り向くとやはりリーナがそこにいた。よし、死んだ人間は生き返るようだ。


「先刻はありがとうございました」

「いえいえ、おれはハズネ・ガクトだ。今後会うかわからないが、よろしくな」

 おれはわざと柄でもなくまるでナンパをするような口調で自己紹介をした。こうしなければ話が速く進まない。

「わたしはリーナ・ヴァラウヘクセよ。本当にありがとうございました」


 立ち去ろうとする彼女に待ったをかける。まだ早いおまえはこの後死ぬんだ。人間に決まった運命はおれが変えない限り変わらない。トワイライトも二度いや三度死んでいた。死ぬ運命には抗えなかったのだ。

「ちょっと待って、すみません聞きたいことが二つほどあるのだが、いいかな」

 だから、こう呼び止めた。


「はい。今日は夕方まで用事がないので」

「その巾着の中ってひょっとしてこういうやつだったりする?」

 おれはまだ異世界に漂流した時の服装のままであったが、ズボンのポケットからクリスタルを取り出し見せた。王の証とやらのついでにブルーノから貰ったものだ。

 リーナは驚いていた。

「ええ、そう、この巾着の中もクリスタルよ。でもそれどこから? あと光が灯ってないわね」

 ん、やっとファンタジーらしくなってきたな。クリスタルが存在し、光が灯るのか。魔法もないのに。


「おれはバルサネ・ブルーノっていう王城にいる老人から貰ったのだが、リーナさんは?」

 ここは重要なポイントだ。という前に、ブルーノさんかと少し驚いていた彼女に何か違和感を覚えた。

「わたしのは残念ながらわからないの。あの時の記憶はほとんどないんだけど、危ないときにこれをくれた人がいて、それからお守りとしてずっと持っているんだけど、わたしの家柄の所為もあってよくひったくりにあうんだ」

 おお凄い、これぞ異世界お得意の物語に沿ったヒロイン設定。実は幼馴染の男子が彼女を救おうとしてクリスタルをあげ、自分が死んだら彼女の記憶から消える呪いを自分自身にかけており、それが異世界最大の鍵だったり。


「そういえば」とわざとらしく話題を変え「今日の夕方からヴォルステックの湖で王候補の演説があるんだけど、テロの噂が広がってて物騒だから近づかない方がいいよ」


「え……でもそれはちょっと、家柄的に選挙に参加しないわけにはいかないかな」

 駄目か、流石に。家柄どうこうはわからないが、この世界の運命の強制力は強いらしい。忠告だけでは無理があるな。

 いっそのこと死んでは巻き戻ることを話せばいいか。とあるラノベの主人公みたいにならなければいいんだけど。


「おれは死んだら巻き戻って生き返るんだ。君の未来を知っている。ヴォルステックの湖には近づかない方がいい」

 全部言えた。流石に君は死ぬとは言えぬしこれでいいだろう。


「ひょっとして占い師の方? あと『いろは』って何?」


『いろは』? なんだそれは。

「占い師じゃないよ、だから死ぬと時間が巻き戻って未来がわかるんだ」

「ええと、その『いろは』って何?」

「…………?」

 おれは『いろは』なんて一度も言っていない。何を言っているんだ、リーナは。いやまさかありえないと思うが魔女の臭いを放つとかルール違反で死ぬとかじゃなくて、その代わりに意味が通じないのか? 言語変換機能、おれが死んでは巻き戻る現象について語ると相手にとっては『いろは』と言っているように聞こえるのか。

「すみません、おれは今さっきなんて言った?」


「占い師じゃないよ、だからいろはだ」

 なんだその応答は。だからいろはだ、ってどういうことだ。音の区切りとしては、だから いろはだ、なのだが。

 きっとそういうルールなのだろう。死ぬとかじゃなくてよかった。これからは死んでは巻き戻る現象を『いろは』と呼ぼう。しかし何故いろは?


「あ、リーナじゃん」とアンナがやってきた。くそ、予想以上に早いな。「何々男友達?」

「げ……」リーナは全力で嫌な顔をしていた。「じゃ、じゃあね、ガクトくん」


 帰ってしまった。アンナ……おまえというやつは。

「ハズネ・ガクトだ」

「変わった名前だねえ、あたしはアンナ・ヴァルシアだ」

「アンナ、いきなりだが復唱してくれ。おれは死んだら巻き戻ることができる」

「いきなり親しいわね、というか意味わからない。ええと、なんだっけ、おれはいろはができる……? どういう意味?」

 やはり言語変換機能が働いている。何故そうなるかは知らんが、まあそういう設定なのだろう。


「どうやらリーナは今日選挙の演説に行かないらしいからあんたも来なくていいぞ」

「な、何故あたしがリーナを追っていることを知っている」緑の髪が揺れる。明るい質の声だ、どう考えてもこいつが犯人であるとは思えない。一応先手を打っておこう。

「巾着は盗んでも無駄だぞ」

「何を言ってるの? 君巾着なんて持ってないじゃん」これの表情と対応を演技だと言い切れるやつは出てこい。

「まあ、いいや。それじゃ――」


 そこでリーナが誰かと話しているように見えた。視力がこの世界では低下しているため、ように見えただけで実際どうかはわからないが、取り敢えずアンナに聞いてみることにした。

「リーナと話している人は誰だ?」

「あれは、ユリアだね。ヴァラウヘクセのメイドであり、あたしと同じ古くからの友人でもある子」

 メイド……まあ確かにメイド服っぽいな。でもなんかゴスロリっぽくないか?

「まあ、ユリアのファッションは豊かだからね。他にもドレスだったりナースだったり、カーディガンだったり」

 コスプレとは言わないのか。というかこの世界にナースが存在しカーディガンがあることにまず驚きだ。


「そうか、ありがとう」

 おれはしかしアッシュブロンドというのか、金がかった白い、といっても若干青が混じっている髪のユリアという女性を見ながら言った。

 身長は低く、幼く見える。


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