第三章 「無人の王座」 2
何故こうなった。
おれの愉快な異世界生活はどこへ行った。
おれはどうして王国を出なければならぬのだ。
王を選出するためにおれがアーヴァシーラを出る必要があるなど意味不明。さっさと選挙を終わらせて王を決めればいいものの。それで西の国々の消滅が防げるということだろうに。
そもそも西の国々の消滅とは何だ。地図から消えるとか核戦争でもしているのかよ。
とにかく情報が少なすぎる。どこかで情報収集をせねばこれ以上前に進むなどマイナスでしかない。
「あ、あの……」
と背後から女性の声がした。まさかおれではないだろうと思ったが、あまりに綺麗な声だったため振り向くと、知った顔の少女がおれを見つめて立っている。
盗品を餓鬼から奪い取って返した少女だ。ピンクがかった銀髪の美少女。年齢はおれと同じくらいか。少し大人びた印象を受ける。
「先刻はありがとうございました」
「ん、ああ」
そういえばよくおれの顔を憶えていたな。いや、珍しい服装で判断したのか。
「礼なんて、とんでもない」
ヒロイン確定かな。とはいってもまだ名前を聞いていなかった。しかし日本のようにあまり自分の名を名乗らない世界だったら一種のセクハラと間違われる可能性がある。
おれは気にしないからいいのだが。ひょっとすると自分の名前に自信がなかったりして答えてくれない可能性もありうるのか。
しかし聞かざるをえないだろう。おれよ、これはナンパではない。ただ単に女性に名前を聞くだけだ。
「おれはハズネ・ガクトだ。きみは?」
少女は首を傾げ、少し悩んだ後答えた。
「リーナ・ヴァラウヘクセ。あまりこの名前に自信がないのだけれど――」
「何を言っているのだ、良いではないか」
おっと失言、口が滑った。
予想通りというか、いやおれにとっては良いことではなかったのだが、彼女が自分の名前に自信がないという予想が的中してしまった。
慮って可愛いとか言わないようにしようとしたが、普通に良い名前で口が滑った。
「え、そうかな……」
頬を赤く染めている。可愛いな。
ちなみに彼女の名前の発音も何故かややこしくて、リーナは普通だがヴァラウヘクセの部分は、ヴァラウのラウがロウに似ていて、ヘクセがエグゼに似ている。なんてふざけた言語なのだ、ここは。面倒すぎる。
それにしても何故おれはこうぽんぽんと自分の名を発表してしまうのだろうか。
情報収集を彼女からするか。一番手っ取り早く、その上会話もすることができる。恋は出会いに比例すると某漫画で見た。
「リーナさん。この街……いや、この世界について聞きたいことがあるのだけど、いいかな」
「はい。今日は夕方まで用事がないので」
というわけで近くの広場のベンチに腰掛けた。リーナは満面の笑顔でランチはどうでしょう、と言ったがおれは一文無しのため苦笑いで遠慮した。くそ、最初の一歩をしくった。
「それで、聞きたいことって何?」
「この街の名前はアーヴァシーラであってるかな?」と普通の質問をする。これによりおれが異国人であることをアピールする。
「え、ええ、そうよ」
「この世界に『不死』っている?」
「何を言っているの? いるわけないわ。童話の中くらいかな、ヴァンパイアのブルートとかゾンビのフォンリスとか」
「そうか……」不死の存在はいない。勝手に能力と判断するが、おれの死んでは過去に戻って生き返る能力は特別なものか。
しかし思いもよらなかった言葉が投げつけられた。
「魔法なんてないんだから、不死はもっといないわ」
「は?」癖なのか驚いて無礼な声を上げてしまった。「魔法がない?」
「何を言っているの、そんなメルヘンチックなものはないわ」
嘘だろ。
異世界に飛ばされて、その先の世界に魔法が存在しないなんてありえるのか。
疑問が浮かび質問した。この異世界がいかに物語らしくないか、判断する質問。
「この世界に魔物はいるか。スライムとかゴーレムとか」
「いないよ」とあっさり答えられた。
「精霊も悪魔も龍もいないのか?」
「龍はいるけど……というか魔物がいたら今日の夕方にわたしヴォルステックの湖に行けないわね」
なんてことだ。だからおれは草原でたった一匹一体のモンスターとして遭遇しなかったのか。
魔物が存在しない。魔法が存在しない。不死が存在しない。
異世界設定失格ではないか!
魔物がいないってどういうことだ、魔法が使えないどころか存在しないとはどういうことだ。
ん、というかではトワイライトは何故あれほどまで満身創痍だったのだろう。
いやまあ龍はいるのか、ドラゴンは。だから何だという話だ、設定失格に変わりはない。魔法で無双する楽しい異世界生活はどこへ行った。悪党をぶっ潰して英雄と崇められ、何でも無料でもらえるような生活はどこへ行った。
おれの主人公補正はどこへ行った――主人公補正?
「魔法がないって、じゃああの紋章はなんだったんだ」
「紋章?」リーナが首を傾げる。
「そう、その紋章に剣を突き立てると物が壊れるんだ。これは魔法ではないのか」
「見せてもらっていいかな」
スークロックを離れた時、家屋のレンガが崩れ落ちていることに気がついた。宿泊を断られた腹いせにぶん投げてやろうかと考えたがその前に分析家の血が騒いだ。
レンガをよく見ると、中央よりやや外れた場所に紋章がついていた。表裏どちらにあるというわけでもなく、片方の面だけにその紋章がある。
紋章には見覚えがあった。門番騎士の弱点であり、正門を壊した時のものと全く同じ柄であるからだ。柄と言っても、何故かおれにはその紋章がどのような柄をしているのかはわからない。
矛盾しているようだが、わからない柄がどれらも同じであるとわかる。
試しに剣の先でレンガの紋章を突いた。するとたちまちレンガは崩れ、ただの石のサイズとなって散った。
これは魔法以外の何ものでもない、と確信した。おれはその後同じくレンガを入手し、紋章があるか確認した。案の定あった。この紋章が剣のみを対象とするものではないか確認するため、近くの尖った石を見つけ、同じくレンガの紋章を突いた。
やはりレンガは崩れた。この紋章は一定の力がかかると発動する魔法であるはずだ。
そして、紋章の位置は各レンガ違っていた。
「見せてくれって言われても……紋章がなきゃ話に……」
そういえばどんなものに紋章が現れるか確認していなかった。現れるというか設置されてる、の方が正しいか。これは誰かがつけた爆発魔法なのだと考えている。爆発はしないが。
試しに近くの家に積まれていた薪の一つを勝手に拝借し、リーナの元に戻って観察した。
驚くことに紋章がついていた。この世界では薪にもこれをつけるのか。
「じゃあ紋章を突くよ」とおれは剣を抜き薪の紋章を突いた。
「え、ちょ――」
やはり薪は崩れた。ばらばらに散った。
「なんで今剣を持っているの? それと、それ人の物でしょう?」
「……? いや確かに人の物だってのは思えば悪いことだったが、剣を持っていては駄目なのか?」
「刀剣類違反で捕まるわよ? きみどう見ても狩人じゃないよね」
焦ったようにリーナはおれへ言う。
「刀剣類違反?」そういえばおれの罪状にそんなものがあったな。
話を聞くとさらに呆れた。
この世界ではどうやら狩人や騎士など特別な職種の人間以外は剣を所持してはならないという法律があるらしい。
失格だ。この異世界は異世界として失格だ。
「ま、まあその紋章が何なのかわからないけれど――」
とリーナが言ったところで知らない声がかかった。
「あ、リーナじゃん、何々男友達?」
緑色の髪の無邪気そうな少女がリーナへそう言ったのだ。あからさまにからかっている。
「げ……」と対してリーナは引きつった顔で一歩引いた。
「じゃ、じゃあね、ガクトくん」と苦笑いで別れの挨拶をし、全力でこの場から逃げた。
なんなんだ、この緑髪の女は。
「ん、あたしがどうした? ほうほうまずは名乗れってことかい? あたしの名は――」
「いいよ、別に」
「――ああ、そう。アンナ・ヴァルシアだ」
「さらっと名乗ってんじゃねーよ……」
こういう無駄にハイテンションでつっかかってくる人間は疲れるから嫌いだ。ついでにヴァルシアなのかヴォルシアなのか判断の難しい発音をしやがって。
「あ」
「ん?」とおれのまぬけな声にアンナが振り向いたが、どうでもいいことだったのでなんでもないと言って切り上げた。
そういえば、一度捕まって変な水晶を貰って王の証を集めてこいと命じられた、とリーナに相談するのを忘れた。




