招き猫
ある男が大枚はたいて招き猫を買った。
よくある置き物ではなく、本物の三毛猫だ。
毎朝ご飯を食べて、にゃあと鳴く。
トイレの躾もしなくてはならない。
それでも、その招き猫は絶対に幸運を呼ぶからと、信頼している占い師に教えられていた。
男は招き猫をたいそう大事に育てた。
そうして十年が過ぎたが、男は一向に幸運に恵まれなかった。
それどころか、招き猫に大散財していた事が奥さんにばれて、奥さんは「もうこんな男とはやっていけない」と言い残し、息子と一緒に男の元から去って行った。
男は招き猫を連れて、占い師の元を訪ねていった。
「私はお前のいうことを信じて、今日までやってきた。だけど、ちっとも幸運は訪れないじゃないか。それどころか、私は不幸になってしまった」
占い師は
「それでは、もっといい招き猫を売ってやろう」
と言って店の奥から別の猫を持ってきた。
にゃーお。
「馬鹿にするのもいい加減にしろ。ようやく分かった。おれは貴様に騙されていたのだ」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しい」
「お前を訴えてやる。十年間苦しめてやる」
「やれるものならやってみろ。誰がお前の言葉に耳を貸すものか」
やおら険悪な雰囲気になり始めた部屋から、三毛猫は音も無く抜け出した。
もう十歳を越える老猫だが、彼女の美しい毛並みやしなやかな容姿は若い猫に劣らない。
飼い主はちっとも幸運が訪れなかったと言っていたが、それは間違いである。
少なくとも、三毛猫にとっては素晴らしく幸運な十年間であったのだから。
(おわり)
猫と人の、どこかちぐはぐな関係が好きです。