キミにはなまる
私には前世の記憶がある。
この世界は私が知っているゲームそのままの世界で、私は幸運にもそのゲームの主人公だった少女としてここにいる。
だから、ずっとずっと叶えたかった夢を実現するんだ。
「私はゲームで実現出来なかったハッピーエンドを作りたい」
目の前の少女がそう口にした瞬間、僕は「ああ、また今回も同じか」と思った。
しかし次に発せられた言葉でその考えは覆される。
「私は、彼女達もみんなしあわせにしたかったんだ」
「——え?」
「だってあのゲームのシナリオ、みんなしあわせになれたかもしれないのにってずっと思ってたんだもん」
僕はその時、目の前の少女を初めて一人の人間として意識した。
◆ ◆ ◆
この世界は、とある女性向け恋愛ゲームの内容が反映された世界だ。街も人も何もかもがゲームのそれに準じている。
ゲームのストーリーは単純明快で、エスカレーター校に外部生として入学した主人公がなんやかやと問題を抱える男子生徒達と青春を謳歌する学園モノ。
ただ一つだけ違うのは、この世界の主人公は必ず"転生者"という事だった。
「とはいえ主人公が転生者ではないって設定はなかったから、ゲームでもその可能性は否定出来ないんだけど」
彼女達はこの世界の展望を決める事が出来る、言わば世界の管理者権限を持つ存在だった。
その中にはゲームのシナリオを知っている者もいれば知らない者もいた。
世界がゲームのシナリオ通りに進むにつれ、シナリオに登場する人物の中から特定の恋人を作る者もいれば、複数の恋人を作る者も、登場人物外の恋人を作る者もいた。
でも、僕は別にそんな結末が見たい訳ではなかった。
「昔はそれでも、期待していたんだけどね」
僕がずっと見たかった結末。
このゲームのシナリオが持つ本当の意味を理解してくれる誰かが、いつか現れるのではないかと。
「そんな淡い期待は主人公になる転生者が入れ替わって、何十回もシナリオを繰り返すうちに消えていったんだ」
何度繰り返しても迎える結末は"主人公が幸せ"なハッピーエンド。
彼女達にとってこの世界のシナリオは、自身が幸せになるためのプロセスでしかなかった。
「結局、僕が根底で望んでいたヒロイン像があまりにも非現実的だったんだなって思ったさ」
「そりゃ恋愛ゲームのプレイヤーって、大半は自分が恋したいからプレイするんじゃないの? シナリオ知らない子は知らない子で、そんなもん知るかってなるだろうし」
夕暮れの中、僕の独白に近い呟きにあっけらかんと返す彼女の言葉は、実に身も蓋もない内容だがまさに正論だ。
「皮肉屋のくせにロマンチストとか、キャラブレが激しいね久坂」
「うるさいぞ北川」
「あーあ、こんなのがあのゲームのライターさんだったなんて」
「こんなので悪かったな」
そう、僕はこの世界の基となったゲームのシナリオライターで、隣にいる彼女こそ今回の主人公だった。
「最初に久坂と話した時もこんな夕焼けだったっけ」
「二人で日誌の内容をまとめてたら、突然北川がカミングアウトしてきたんだっけな」
「だって何となくそんな気分だったからさぁ」
あれは二年前の初夏。
他愛もない日常会話の不意をついて投下された『久坂君は私が転生者だって言ったら驚く?』という爆弾発言から僕達の奇妙な関係は始まった。
「でも久坂ずるいよ。私はあんなに早くカミングアウトして、その後もずっと二人で作戦会議してたのに」
「僕は元から攻略情報を持ってたんだ。それを言っちゃそれこそ狡いだろ」
「確かに答えを知ってたら逆にここまで必死に動けなかったけど、そうじゃなくてさぁ……」
ブツブツ唸る彼女を横目に再びこれまでの日々を思い返す。
北川に爆弾を投下されたあの日、僕は彼女の素っ頓狂な話に純粋に興味を抱いたフリをして彼女の企みに加担する役に回った。
とは言え、久坂 知也はゲームではセリフどころか名前すら出ない存在だ。
あまり過干渉して自分の言動でシナリオへ影響を出したくなかったし、あくまで行く末を見守る傍観者でいたかった僕は正体を告げず、二人の関係も表向きはただのクラスメートとして彼女の言動を見届けていた。
「ま、それも今日で終わった訳だけど」
「三年間長かったー!」
「お疲れ主人公」
本当だよ~と背伸びをする彼女の満足げな表情に目を細める。
ゲーム本編は高校一年の一年間で終了するが、ファンディスクのシナリオが最長で卒業式まで及ぶ。そのため彼女はこの三年間、毎日ずっと奔走していたのだ。
「で、シナリオライターの久坂先生。この結末はどうだった?」
「―――そうだな、」
この世界のシナリオの概要は前述の通りだが、特徴として所謂、攻略対象と呼ばれる男子生徒には必ずライバルキャラクターと呼ばれる女子生徒が存在していた。
男子生徒と女子生徒の関係は幼なじみや許嫁からただのクラスメートまで様々だったが、ゲームのシナリオ上ではどのルートへ進もうがバッドエンドにならない限り決して結ばれる事はない。
そしてバッドエンドで両者が結ばれたとしても、双方が抱える問題が解決出来ている訳ではなく明るい将来の展望が望めない。
ヒーローを苦悩から救えるのはヒロインだけ―――それが発注元からのリクエストだった。
また、プレイヤーにカタルシスを感じさせるためと言う理由でライバルキャラクターを陥れる展開も強く要望された。
僕は、それは可笑しいんじゃないか、と思った。
とは言え、仕事は仕事で。プロを名乗り報酬を貰う以上は先方の要望通りのシナリオを作る必要がある。
それでも僕は、どうしても自分が生んだ子供達に全く望みのない人生を与えたくなかった。
だから、ほんの僅かながら可能性を残した作りにしたのだ。
ゲームにはない別の平行軸であれば―――例えば、家庭環境故に歪んだ性格に育ってしまった許嫁の女子生徒が幼い頃の様な直向きさを取り戻したならば、と言う様な形で。
そんな僕のささやかな抵抗は発注元の目に留まる事なく――その代わりプレイヤーにも届く事なく、気付けば僕はこの世界に囚われていた。
そして幾度も見たい結末に辿り着かない現実にもはや諦めかけていたある日、僕の前に現れたのがいま目の前にいる彼女だった。
彼女は"みんなをしあわせにしたい"と言った。
その中には、これまで憐れまれても救いの手を差し伸べられる事が殆どなかった女子生徒達も当たり前の様に含まれていた。
そんな、まさか。まさか。でも。
信じても、いいのだろうか?
―――そんな風に戸惑ったのは序盤の数週間だけだった。
主人公となった彼女が真っ先に実行したアクションは、女子生徒達とのキャットファイトで。
「まさかこの年になって同い年の子からひっかかれるとは思わなかった」
「ぶはっ」
それはまさに文字通りの見事な闘いぶりだった。
僕はその日、何十年かぶりに腹がよじれるほど笑った。
こうして彼女は女子生徒達と少しずつ距離を縮めていって。そして親しくなった女子生徒達に、彼女は各々男子生徒と真正面から向き合うよう背中を押して励まし続けた。
その過程で女子生徒に肩入れしすぎた彼女が不甲斐ない男子生徒へ武力行使に出てしまうなど、手腕は決して鮮やかではなかったが、その泥臭い部分も含めて彼女の言動は非常に痛快だった。
そして、今日。
高校三年の卒業式に―――彼女はとうとう完遂したのだ。
それぞれ笑顔で学園を去っていく子供達。
―――僕がずっと見たかった光景が、そこにあったのだ。
「なあ、北川」
「なぁに、久坂」
「君の本当の名前は、なんて言うの」
「え、前世の名前?」
「教えて」
「…………広瀬、夏希」
「そう。……夏希、君の迎えた結末だけどさ」
文句なしの花マルだ。
そう言うと彼女は当然とばかりにニヤけた後、ヘタクソな鼻歌を口ずさみながらスキップしだした。
せっかく主人公なだけあって美少女なのに全く不釣り合いなそれは、それでも彼女らしくていいなと僕は笑った。
-了-
久坂 知也先生
久坂先生こんにちは。
こういうメールを書くのは初めてなので変な所があったらすみません。
はなまる、先日やっとシナリオをコンプリートしました。
最後のエンディングだけなかなかハードでクリアまで三年かかった気分です。
だけどみんなが笑顔で卒業していく姿を見た時には本当に嬉しくて泣きそうになりました。
(と言うか泣いた。みんな末永くしあわせになって欲しい。リア充永久に爆発しろ)
シナリオはファンディスク合わせて高校の卒業式までしかありませんが、この先も続いていく彼女達や彼らの人生が何だかんだハッピーエンドであればいいなと思います。
まあみんな逞しい子になったので、あまり心配もしてませんが。
野郎共はせいぜい尻に敷かれていればいいと思います。
さて、もう気付いてるかと思いますが私はいま猛烈に怒ってます。
私、結局死んでなかったんですけど、先生本当は気付いてたんじゃないですか?
名前を聞く時、"本当の名前"って言ってましたよね?
私が地味に現世に未練タラタラだと知ってのこの仕打ち。
卒業式当日までライターである事を隠していた事実も併せてやっぱり許せません。
あと以前先生は私に振り回されっぱなしだと仰っていましたが、お別れだって突然だったし貴方よりも私の方が振り回されていると思います。
ファンブックでの謎のポエムくそ恥ずかしかったので二度とやるなバカ久坂!
追伸:久坂が花マルって言った後すぐにこっちの世界で目が覚めたけど、よく考えたらあの採点結果ってタイトル文字ったダジャレだよね。納得いかないので至急再評価を求める!
広瀬 夏希