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小さな幸福
カケルへ
あなたがこの手紙を読んでいるということは、わたしはもうこの世にはいないでしょう。病気のこと、黙っててごめんなさい。
あなたは私の作る料理にいつも、マヨネーズをかけていましたね。人の好みはひとそれぞれ。あなたの好みにとやかく言うつもりはありませんでしたが、せめて最後にあなたに、なにもかけずに私の料理を本来の味で食べて欲しかった。
真世
妻は我慢していたのだ。病気の苦痛も、自分が作った料理にマヨネーズをどっぷりかけられる苦痛も…。わたしの為に我慢していたのだ。それをわたしは…
「先生…わたしの妻は最期、どんな顔をしてましたか…?」
「真世さんは…少し淋しそうな顔をしていました。やはり本心は、あなたの顔をみて逝きたかったんだと…わたしは思います」
「…真世…」
それから五年の月日が流れた。わたしは再婚し、子供もできた。わたしは料理に何もかけず、本来の味で食べてから、必要に応じてマヨネーズをかけることにしている。
小さな幸せを容易くマヨネーズで潰す行為はもうしない。