五日後
「はじめまして。掛川カケル様ですね?わたしは笹井探偵事務所所長、笹井ナコトと申します。奥さまが家出されたそうですね…?」
「はい。その妻を探してもらいたい」
妻がいなくなってから五日経った。台所のテーブルには『さよなら』のメモが置かれていた。すぐに彼女の携帯に電話をかけたが電源を切られていた。
妻と結婚してから一ヶ月。わたしは結婚してからずっと、我慢していた。毎朝彼女が私に温かい目玉焼きを作ってくれるたびに、わたしはマヨネーズをかけたい衝動に襲われていた。
しかし、結婚して初日に冷蔵庫からマヨネーズを取り出そうとすると、妻が私に冷たい視線を送ってきた。それを察知して、私はすぐにマヨネーズを出すのをやめ、仕方なく目玉焼きには醤油をかけて食べた。
それから一ヶ月、私はずっと目玉焼きに醤油をかけてきたが、ついにストレスはピークを迎え、妻の前で目玉焼きにマヨネーズをかけてしまった。その結果がこれだ。
わたしは取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
わたしは、彼女がいなくなって五日、探偵に捜査を依頼した。いま、その探偵事務所に来ている。そこにいた所長、笹井ナコトは黒渕メガネにタラコ唇の女性だった。年齢はパッと見ると二十代後半くらいで、私とあまり変わらないようだ。
「いなくなったのは妻の掛川真世さん。台所に『さよなら』の置き手紙あり…ですか」
「はい…」
「失礼ですが、彼女が見つかったとして、あなたはどうされるおつもりですか?」
「…え?」
「あなたの話を聞いていると妻の真世さんは、あなたが、真世さんが作った目玉焼きにマヨネーズをかけようとしたのが原因で家出したようですね。仮に彼女を家に連れ帰ったとしても、もしあなたがまた、マヨネーズを目玉焼きにかけてしまったら同じことになるかもしれませんよ?」
「そ、そんなことわかってますよ。まず彼女には謝りたいんです。私が、目玉焼きにマヨネーズをかけずにはいられない性質をもっていることをずっと黙っていたことを…そして、マヨネーズをかけようとしてしまったことを…」
「謝って、また彼女と一緒になりたいですか?」
「はい…」
「しかし、一緒になりたいとおっしゃるなら、あなたは今後、目玉焼きにマヨネーズをかけることはできなくなりますよ?それでもいいのですか?」
マヨネーズをとるか、妻をとるか、探偵は私に究極の選択を強いてきた。
私は幸せになりたい。彼女と、幸せな日々を過ごしたい。
しかし、目玉焼きにマヨネーズはかけたい。かけないと私の一日は始まらない。始まらないんだ。
「とにかく妻を探してください。妻と会って、もう一度話がしたいんだ」
「承知しました。みつかりましたら御連絡します」
それから私は待った。笹井探偵事務所から連絡がきたのは、それから三日後のことだった。