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出会いはベタなパンクから

試験的に書いているお話です。

まったくの初心者なので、暖かい目で見守っていただけると助かります。

R15は保険でタグ付けしています。


プシュー

なんだかちょっとイヤな音がして、自転車が進まなくなる。


「え?え?どうして?なんで?」


とりあえず訳が分からないけど、止まるしかなさそう。

私の自慢の通勤用自転車の後ろのタイヤの空気が抜けちゃってるみたい。どうしよう。

さっきまでサイクリングロードを快適に走っていたはずなのにな。ついてない。


ここに止まっていると邪魔になりそうだから、サイクリングロード脇の草が生えているあたりに移動して、スタンドを立てて自転車を止めてみる。その場でしゃがみ込んで、しばらくペシャンコになったタイヤを眺めてみる。


「あーあ、調子に乗って走ってこなければよかった」

誰が聞いているわけでもないけど、つい独り言が出てしまう。


今日は会社の健康診断。提携しているクリニックに午前中予約を入れていて、ひととおりの健康診断が終わったのがお昼前。

4年生大学を卒業して、なんとか潜り込んだ今の勤め先は、それなりに大変だけど内勤スタッフなので、滅茶苦茶大変ということでもない。5年近く働いているので、若手の多い会社の中では実質中堅ぐらいの役回り。

彼氏いない歴=年齢、とまではいかないけど、社会人になってからは特定のカレシは無し。

恋愛に関しては少し干からびつつある自分のことを自覚できるようになったのは、仕事に慣れたということか?

そんなことを思う私、櫻井莉英子、26歳。もうすぐ27歳。絶賛カレシ募集中だ。


午後に仕事に戻ってもよいのだけど折角だから半休貰ってのんびりしようと午後はまるまるお休みの予定だった。

健康診断で最後に受けた医師の問診で、なぜだか分からないけど、定期的な運動を勧められてしまった。

たまたま今日はとても良く晴れた気持ちのよい天気で、最寄り駅から自宅へ帰る2kmちょっとの自転車が気持ち良く、ついつい調子に乗って自宅を通りすぎてサイクリング気分になってしまったのがいけなかったのかもしれない。


自宅からは15分ぐらい走った感じだろうか?

押して帰ったら1時間ぐらいはかかりそう。せっかく気持ちよく走れていたのに、ついてないなぁ。


土日じゃなくて普通の平日の昼下がり。多摩川サイクリングロードの人通りは少ない。

平日ってこんなに空いているんだ。意外というかちょっとびっくり。

これじゃあ、誰も助けに来てくれないよなぁ。

少しの間、凹んでじっと動けない状態のまましゃがみこんでみる。


そんなところへ、


「大丈夫ですか?」


優しそうな声が、突然頭上から聞こえてくる。

座り込んで困り果てたところに、誰かが声をかけてくれるなんて。ちょっとラッキー?

誰だかわからないけど、助けてくれたら嬉しいな。

そんな気持ちがありながらも、所詮私も小市民なのよね。

知らない人にすぐ頼れるほど厚かましくは無いのです。


「だ、だいじょぶです。」


とりあえずそう返した後に振り返ると、

声だけで無く優しそうな顔をした、自転車乗りが立っていた。

さほど背は高くないもの引き締まった細身の身体に薄っぺらい自転車用のジャージ姿。

歳はいくつだろう?ヘルメットとサングラス越しだと、実年齢がわかりづらい。

それでもジャージの着こなしを見ていると、このあたりで練習している自転車が好きな人なのだろう。とは思う。

大丈夫って答えてしまったから、すぐにどこかへ行ってしまうかな?とも思っていたけど、それとは違う声をかけて貰えた。


「だいじょうぶ、じゃ、ないですよね?」


ゆっくりと何かを伺うような素振りでその人は尋ねてくれた。

そうなの、本当は大丈夫なんかじゃない。でも、つい大丈夫って言ってしまうの。

そんな事を頭のなかで反芻した途端、その人からは、


「『大丈夫ですか?』って訊いたら、そりゃあ『大丈夫です』って答えちゃいますよね。」


なにこれ、シンクロしてる?

思わず、情けない声で、

「あ、はいぃ。」


殺伐とした都会で誰かが困っていても、助けてくれる人なんていないと思っていた。

でも、この人は自転車乗りみたいだし、優しそうだし。きっと詳しいに違いない。

ヘルメットとサングラスをしていると、どんな顔だか分かりにくいけど、

サングラス越しの目がとても優しそうに見えて安心する。

ちょっと甘えてみてもいいかな。

そんな事をふと思って警戒心を緩めてしまう。


その人は、綺麗なロードレーサーと呼ばれる自転車に乗っていた。

白っぽい自転車で、多分少しだけ高級そうな感じ。

スタンドの無いロードレーサーを、サイクリングロードの横の草むらに倒してから、

私の自転車のタイヤを調べ始めている。


「これはパンクかなぁ?」

「たぶんそうだと思います。空気が急に抜けちゃった感じで。」

「何か音とかしましたか?」

「いえ、特に・・・」

「そうですか。治るかどうかわかりませんけど、少し診ますね。」


そう言うと、その人は器用にタイヤを外していって、中からチューブを取りだしていた。

ママチャリに乗っていたときはパンクした経験はないし、

空気が抜けても自転車屋さんのおじさんに入れてもらうぐらい。

パンク修理とかそういった事はやったことがなかった。


「へぇ〜、そんなことをして調べるんですねぇ。」


私の自転車は通勤用に買った少しだけオシャレな街乗り自転車。色は青でお気に入り。

スーパーで売っている1万円ぐらいの安物と違って4万円もしたものだ。

普段は駅から2km少し離れた自宅と駅の間を通勤で走っている。


でも、今は全く違う場所にいる。

午前中、会社の健康診断が終わって、午後は半休扱いで帰ってきてしまった。

駅から自宅へ帰る際にあまりに天気が良かったので、そのまま多摩川沿いのサイクリングロードまで。

たまにしか来ることはないけど、平日の午後は人通りも少なく気分転換には持って来いだと思ったのに。

1つ隣の橋を越えてしばらくしたところで空気が抜けてしまったみたい。


「あった、あった。多分ここがパンクしてますよ。簡易パッチ貼って治しちゃいます。」

「ありがとうございます。」


やっぱり自転車に詳しい人だと治せちゃうんだ。

すごいなぁ、と思って喜んでいたら、


「あれ?ポンプどうしようかな?」

「え?」

「あなたの自転車のチューブって、ママチャリと同じようなタイプなんですよ。」

「はぁ」

「僕らが乗っているようなのは、空気を入れるところが違うタイプなので・・・」

「そうなんですか。じゃあ空気は入らないんですね。」

「え、えぇ〜・・・」


ここから家まで押してかえると小一時間かかるだろうなぁ。

自転車屋さんは駅の方だし、治らないのはちょっとたいへんかなぁ。

明らかにガッカリした私に悪いと思ったのか、


「ちょっと待って下さいね。」

と草むらに倒した自転車の方へと小走りに行って、

後ろについている小さなバッグの中を拡げて何かを探していた。


「あ、あった、あった。これで空気入れることもできるかな。」

笑いながら、小さな部品?みたいなものを見せてくれた。


「僕のポンプで直接空気を入れることは出来ないんだけど、これを使うと大丈夫なんですよ。」

「そうなんですか。」

「チューブの穴はパッチで塞いでおきますけど、あくまでも応急処置です。」

「どのくらい走れますか?」

「応急用のパッチなので、じきに空気が抜けちゃったりすることもあるんですよ。」

「じゃあ、自転車屋さんでちゃんと治してもらった方がいいんですね。」

「そうです。あと空気を入れるところの部品も、一時的にコレに変えちゃうので。」

「そっちも元に戻してもらった方がいいってことですか?」

「そういうことになりますね。」


その人は私と話をしながらも手は止まることなく、

気づいたらタイヤに空気がちゃんと入った状態まで戻っていた。


「ふぅ〜、これでひとまず大丈夫かな。時間かかっちゃってごめんなさいね。」

「いえ、どうもありがとうございます。」

「ロードはロードで助けられるんですけど、普通の自転車はちょっと難しいんですよ。」


笑いながら答えたその人を見ているうちに気がついた。


「手が・・・汚れちゃってますよね。ごめんなさい。」

カバンからウェットティッシュを取り出して、2枚ほどその人に渡してみる。


「ありがとう。どうしても手は汚れちゃうから助かりますよ。」

そう言いながら、1枚目のウェットティッシュで手を綺麗に拭き取り、

2枚目のウェットティッシュはサングラスを外してヘルメットを脱いでから、

おもむろに顔を拭き出す。


あれ?この人もしかして、だいぶ若い?

優しそうなおじさんかと思っていたのに、素顔をみるともしかしたら私よりも若いかも?

残念ながらとびっきりのイケメンではないけど、好青年という感じ。


じーっと見ている私の視線に気づいたのか、なんとは無しに苦笑いする。


「おっさんくさいかなぁ。ウェットティッシュで顔拭いちゃうのって」

「いえ、そんなことないと思いますけど。」

「いいの、いいの。所詮僕はおっさんに片足突っこんでるようなものだし。」

「おいくつなんですか?あ、男の人でも年齢聞いたら失礼ですよね。」

「え、大丈夫、大丈夫。いくつに見えるかな?」


苦笑いがちょっとはにかんだ笑顔に変わった感じで、その人は聞いて来た。

えっと、えっと、こういうときは何と言ったらいいのだろう。

多分私よりも若いよね。


「うーん、20代前半ですか?」

「惜しい。というか、ほぼ真ん中ぐらいだから当たりでもいいかな。」

「ってことは、25歳?」

「ピンポン、当たり。」

「25歳って、おじさんには程遠いじゃないですかぁ。もう〜。」


やっぱり年下だった。25歳でおじさんだったら私はいったい何になるのよ。

ちょっとばかり拗ねた気持ちがすぐ表情に出てしまったようだ。


「ごめん。ごめん。もしかして怒った?」

「そんなことはないですけど・・・・・・」

「25歳だと四捨五入でアラサー入りしたらしいし、自分ではちょっとそう思っているだけなんだけど。」

「それを言ったら私だってアラサーになっちゃう。」

「え?」

「・・・・・・」

「もしかして同い年だったり?」

「ブブー、上ですよ。」

「えぇ〜、見えない。大学生ぐらいかと思って・・・・・・」

「いまさらお世辞いわれても。れっきとした社会人。26歳OLですよ。」

「ごめんなさい。失礼しました。」


ここまで話して、ふと気づいたのだけど、まだ名前も名乗っていなかった。

助けてもらったのに、つまらないことで謝らせてしまって、なんとなく申し訳ない感じ。


「年齢の話でちょっと変になってしまってごめんなさい。助けてもらったのに。」

「いえ、失礼な話にしてしまってこちらこそ申し訳ないです。」

「えっと、今更ですけど、私、櫻井莉英子と申します。」

「あ、僕は、赤星翔太です。まだ学生やってます。大学院ですけど。」

「赤星さん、大学院行かれてるのですか。」

「えぇ、まぁ。大学行って自転車にのめり込み過ぎて就職できず。そのままずるずる院までですけど。」


赤星さんは苦笑いしながら話してくれたけど、この話題もちょっとまずかったのかなぁ。

大学卒業しても就職がしづらくなっているのは知っている。というか、私も今の会社に入れたのはまぐれでしかない。

きっと、職業の話よりも自転車の話の方がいいよね。私も自転車に興味が無いわけじゃ無いし、少しなら話せるかもしれない。

そんなことを考えていたら、赤星さんの方から話を振ってくれた。


「櫻井さんは、今日お休みだったんですか?」

「え?あ、はい。今日は健康診断があって、午後はお休みにしたんです。平日勤務の普通のOLですよ。」

「そうでしたか。僕は今日バイト先、といっても自転車屋ですが定休日なので練習の帰りだったんですよ。」

「へぇ〜。練習ってどんな練習されてたんですか?」

「主に午前中ですけど、ぐるっと山中湖まで行ってきました。」

「え?山中湖って、富士山の近くにある山中湖ですか?」

「そうですよ。帰りにちょっと寄り道したので170kmぐらいですけど。」

「えぇ〜、そんなに自転車で走れるものなんですか〜。ビックリです。」


驚く私を見ながら、赤星さんはニコニコしていた。

きっと、この手のやりとりはいつもの事なんだろうな。

話では聞いたことがあったけど、やっぱり本気で自転車に乗っている人達は世界が違うのだと思う。

普通に自転車に乗っているだけでは、決して知り合うことのない人。

なんとなく少しだけ興味が湧いてしまった。


それが、その後の自転車ライフを大きく変えるきっかけになるとは。

夢にも思わなかったけれど。














専門的な補足です。

普通のママチャリみたいな自転車は、英式バルブというもので、普通の空気入れで空気を入れることができます。

スポーツ自転車でロードレーサーなどは、仏式バルブという違った形式のものが使われていて、仏式用の空気入れでは英式バルブには空気を入れることができません。

自転車屋さんでバイトもしているという赤星さんが、たまたまその2つを変換できるような特殊なバルブを持っていた、ということでこのエピソードは成り立っています。

モノとしては実在しますが、それを持ち歩いているロードレーサー乗り(いわゆるローディ)の人は殆どいません。

自転車屋さんで修理もこなす赤星君ならではの特殊な事例です。

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