第四話 連鎖
そこに女の子がいた。
仕事終わりにコンビニへ来たK氏は、一つだけのレジに若い女の子が立っているのを見た。
外見から高校生と思われるが、大学生と言われればそうともとれる。
前髪が長く、少しうつむき加減なので、こちらからだと表情がよく見えない。ただ、笑ってはいないということは、口元を見れば分かる。
一言で言うと、不思議ちゃんのオーラがした。
「いらっしゃいませ!」
K氏がレジの前に立つと、女の子は前髪をかき分け、きれいな二重の目を見せた。アイドルほどではないが、そこそこかわいい。
笑顔が光る女の子に緊張しながら、
「あのタバコを一つ」
「かしこまりました!」
棚から手際良く取り出す。K氏はその間に、財布からいつも通りの金額を手に握る。
「ええとですね――」
女の子の声とともに、お金を差し出す。すると、
「こちらの商品、温めますか?」
彼女は、さっきと変らぬ笑顔だ。
「は?」
K氏は手を引っ込めた。「あんた、何を言ってるんだ?」
「ですから、この商品を温めますかとお聞きしたんです」
「私をからかっているのか? タバコを温めたら、火がついてレンジから煙が吹き出し、火事になってしまうぞ」
K氏は声を張り上げる。
「それでは、温めないと?」
「当たり前だろ! 客をバカにするなんて、それでもあんたは店員か?」
K氏はお釣りの出ない金額を置いて、足を踏みならしながら出て行った。
翌日の昼休み、K氏は昨日あったことを後輩のL氏に話した。
「へえ、面白そうっすね課長。オレ、今日そこに寄ってみますよ」
「やめた方がいいぞ。イラッとするだけだから」
「それなりにかわいかったんでしょう? オレ、最近女の子に揉まれていなくて。からかわれるのは大歓迎っす」
「揉まれるってお前なぁ……。コンビニはクラブじゃないんだぞ」
K氏は牛丼をたいらげた。
L氏はその夕方、意気揚々と例のコンビニへ足を運んだ。たしかカウンターでチキンを売っていたから、それを買うとしよう。どんなかわい子ちゃんなのか楽しみだ。
「いらっしゃいませ!」
レジにいる女の子が、前髪をかき分け、幼げな笑顔を見せた。一瞬で心を射抜かれた。
「え、ええと、そこにあるチキンを一つ」
やっべー、めちゃくちゃかわいい! でも、次に何を話せばいい? 身長? 体重? いやいや、それはタブーだ。やっぱり年から?
「――ですか?」
「え?」
L氏は普段から女の子と関われていないので、とても緊張しているのだ。
「お持ち帰りですか? この商品を」
な、なんだって? たしか聞き間違いでなければ、ファーストフード店でよく聞く言葉のような気がしたけど……。
「お持ち帰りでしたら包みますけど」
ええっと、持ち帰るって言っていいんだよな? でも店先で食べてから帰るつもりだし……。あれ、これって持ち帰ってることになってるんじゃ?
「……!」
L氏の頭がゆで上がって使い物にならなくなった。
彼の様子を見ていた女の子は、だまってチキンを包んでビニールに入れると、普通どおりに料金を請求した。L氏はお金を払って出て行った。
翌日の昼休み、L氏は同僚のM氏に昨日のことを話した。
「え、でも僕はそんなふうにいじわるされる店は嫌だな……」
「でもよ、あの子のかわいさで帳消し、いやプラスになる。今日行ってみたほうがいいぜ」
「そうかなぁ」
M氏は、次の日にL氏から何を言われるか分からないと危惧し、仕方なく行くことにした。
その日の夕方、乗り気ゼロのままM氏はコンビニへ着いた。
「いらっしゃいませ!」
あまり感情を表に出さない人の、とびっきりの笑顔を見ているようで、彼はドキッとした。
M氏は、おにぎりを二個レジへ持って行った。先にお金を提示しておく。
女の子は少ししゃがんでビニール袋を取り出しながら、こちらを上目づかいでのぞいてきた。
ビニールを広げると彼女は、
「こちらのおにぎり、温めますか?」
と、少し首を右へ傾けた。あれ、普通だ。
「お願いします」いつも通りの言葉を返す。
その時、
「かしこまりました!」と言って、女の子はそのおにぎりを両手でつかみ、胸で抱いた。
「あ……」
彼は、口をあんぐりと開けた。
胸の真ん中で優しそうにおにぎりを抱く女の子。それを驚いた顔で見るM氏。その光景は三十秒ほど続いた。
「はい、どうぞ!」
おにぎりを受け取ったM氏は、無言でコンビニを出た。外でたしかめると、それらは生温かく、女の子の甘い匂いがした。
「お疲れ!」
夜の十一時ごろ、店長が声をかけてきた。
「お疲れです!」女の子は、ふぅと制服のエプロンを脱いだ。
「それにしても、よく頑張ってくれてるな。この潰れそうな店のために」
「いえ、この店はあたしが小さかった時から来ていた、お気に入りなんです。お客さんを集めるためならなんでもしますよ」
「まさか、あんな事を思いついて実践してしまうとはな」
「昔、友達が罰ゲームで、コンビニのアイスを買った時に『温めてください』と店員をからかっていたことを思い出して。それを逆に店側からやってしまおうと考えついたんです」
「なるほどな。事実、売れ行きも上がってきている。この調子でよろしく」
「はい!」
一か月後、口コミでうわさが広まり、その店は大繁盛した。
だいたいのお客さんは、あの女の子のシフトが入っている時間帯に集中するという。
このお話はノンフィクションだったらいいのに。