第二話 家族
そこに女の子がいた。
若い子で、半年前に結婚した彼と、三か月前にこの地へ引っ越してきた。
田舎町のここの住人は、皆が心よく迎えてくれた。「君たちなら大歓迎だよ!」とパーティが開かれ、あっという間になじむことが出来た。
そうして彼女が今いるのは、大きな森に走る道に通じる、これもまた大きな広場だった。白線が引かれ、それに沿って軽トラが二十台以上止められている。
「絶対一位になるぞ!」と、助手席に座った彼が笑顔を彼女へ向けた。「うん!」と彼女はハンドルを握る。
「もしもし」と運転席のドアが叩かれた。五十代くらいの男だった。彼女は、ウインドーを手まわしで開ける。
「君たちは初出場だね? だが、私たちも全力を尽くす。たとえ初心者が相手でもね」
「分かってます。甘やかされて獲った賞なんて、あたしたちには何の得もありませんから」
「おお、さすが若者。気合が入っていてすばらしい。君たちがこの地に来てくれて、本当に助かっている。この大会は、我が国にとってとても重要なイベントであるからな」
紹介しようと言って、男が隣に立っている地味な格好をしている青年の肩に手を置いた。
「こいつが、君たちと直接対決する男だ。いつも好成績を叩きだしてくれる」
どうも、と頭を下げる二人。
「よろしくお願いします。主人のためにも、この大会は絶対勝ちます!」
青年の目には闘志と恐怖が満ちていた。
「君たちに一応教えておこう。この大会は、軽トラを使った単なるレースではないのだよ」
「え、どういうことですか?」と助手席の彼。
「レースの始まる直前、あるカードが渡される。そこに書いてある条件に当てはまる子どもを、コースに設置されているポイントから選び、荷台に乗せるのだ。
選ばれた子どもは、次の子どもを探すためのカードを持っている。それを受け取り、その先のポイントへ向かう。
要は、借り物競走のようなものだ」
「へえ。ということは、それらをこなしてここに帰ってくるタイムを競うわけですか」
助手席の彼が、納得した顔をする。
「そうとも。ポイントは全部で三つある。手こずると時間を食ってしまうからな。がんばるのだぞ」
男と青年は、隣の軽トラへ乗りこんでいった。
『お待たせしました! これからレースを開始いたします。その前に、先ほど係員から手渡された封筒をお開けください。それが、第一番目の条件でございます!』
指示どおりに、彼女が中に入っているカードを取り出す。そこには、
〈一番いい匂いのする子〉
「「は?」」
二人の表情が凍りついた。
「全員の匂いをかぐのに時間かかっちゃうわ」
「いやいや、気付くのそこじゃないだろ!」
『みなさん、いよいよスタートです! 準備はいいですか?』
カウントとともに、一斉に軽トラが走り始めた。我先にと森のコースへと向かってゆく。彼と彼女の車も、少し遅れて後に続く。
大型トラックが余裕ですれ違えるくらいの道を進んでいると、先の方に車が固まって止まっているのが見えた。どうやら、あそこが第一ポイントらしい。
駐車すると二人は、三十人以上はいる子どもの方へ急いだ。早く事を済ませなければ。すでに他の出場者が選定を始めている。
「さぁて、始めるわよ!」
彼女は意気揚々と一人の女の子の所でしゃがむと、首筋の匂いをかぎ始めた。彼女はうれしそうだ。
彼は、目の前で繰り広げられている光景に、首をかしげていた。
十分くらいたったころ、
「決まったわ。この女の子が一番いい匂いね!」
「ほう、それじゃ早く次へ行こうか」
彼は、早く終わらないかなぁと考えていた。
女の子が持っていた指示は、〈体つきがたくましい子〉だった。次は、彼の出番となった。
二番目のポイントも、やはり大人と子どもでごったがえしていた。
彼は車を降りて走っていき、次々と男の子の服を脱がせていく。胸筋や二の腕をさわりながら、一番筋肉質な子を探す。
「よし、この子かな」
その子は、七回目に調べた子だった。
「いよいよ最後ね!」
最後の指令は、〈お尻の形・触感がいい子〉だった。
彼は、あんぐりと口を開けた。ふふっと彼女が薄笑いを浮かべている。
三つ目のポイントに着き、彼女は軽トラを飛び出していった。彼があわてて追いかけていく。
「お、おい。最後は俺にやらせてくれ」
そう言って手首をつかむと、威嚇する肉食獣のような目でにらまれた。
「はりきって、脱がしていくわ!」
彼女は、ためらうことなくいろいろな子のお尻をなでまわしていく。彼は少し離れたところで、悔しそうに、そして疑うようにその行為を見つめていた。
時間をたつのも忘れて選んでいた彼女は、ようやく一人の女の子を連れてきた。その子は、顔が真っ赤だった。
ゴールした時は、当然だいたいの車が帰って来ていた。それぞれの荷台には、三人ずつ子どもが載っていた。
五分後、
『さあ、全ての出場者がゴールした所で、代金の支払いへと移りたいと思います。皆さま、本部席の方へお集まりください!』
「支払い? この大会は参加費無料のはずだぞ」
彼は、レース前に声をかけてきた男に駆け寄って訊いてみた。
「払うのは参加費ではなくて、彼らの代金だよ」
男は荷台に乗っている子どもたちを指さした。
「まさか彼らは……」
「そう。あの子どもたちは奴隷だ。この大会は、奴隷の選定イベントなのだよ」
「なぜ、このようなやり方で?」
「大人は仕事が出来るから売れやすい。しかし、子どもはそうでない。だから、売れない子どもたちが次々と餓死していった。これでは、将来奴隷が手に入らなくなってしまう。そこで、このような娯楽イベントを皆に楽しんでもらう代わりに、その子らを買ってもらうわけだ。この大会は、今年で十年目になるのだ」
「へえ……」と彼は、自分たちの軽トラに乗っている子どもたちを見た。彼らの薄い素材の服はあちこちが破け、そもそも全員裸足だった。子どもたちの目は、これからの人生の展望に絶望感を抱いているかの如く、暗い。
「どうしたのよ?」と彼女が尋ねてきた。彼が事情を説明する。
「えっ、そうだったの……」
さっきの笑顔がどこかへ吹っ飛んだ。「どおりで、匂いをかいでもお尻を触ってもいやそうにしないわけだわ。あの子たちも必死なのね」
「さて、私は支払いに行ってくる。持ち逃げは犯罪だからな」
ははは、と笑いながら、男が去っていった。
彼と彼女は、少しの間話し合った。
二人は、どさくさにまぎれて会場をあとにした。
そして翌日、彼らは子どもたちを連れてこの国を出て行った。この地に、子どもたちが伸び伸びと暮らせる場所はない。
走る軽トラの周りには、地平線の向こうまで田園風景が広がっている。最小限の荷物を持って国境を超えた。
旅の間、彼女はずっと子どもたちと一緒に、荷台でお話をした。時折彼らに笑顔がこぼれる。
子どもたちの目から涙がこぼれるのに、それほど時間はかからなかった。
この作品を書くにあたって、三つのプロット案が叩きつぶされました。




