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第四話 一日目


 7人の王子様の、日常家事の割り振りは、主にこんな感じだ。


 ウィルは洗濯。カミュが料理。リッドが皿洗い。ジークとユーリが掃除を担当している。


 ラウは庭の花壇や栽培農園の管理を任されており、ヴァンはというと、7人の中でもっとも体格がよく、力があることを理由に、燃料として使用する木材の調達から屋根の修理まで、幅広い体力仕事をこなす便利屋だ。


「一家のお父さんみたいですね」


 フィオナがついそんな感想を口にしたら、眉間に皺を寄せて黙殺された。


「ま、ヴァンの眉間の皺はデフォルトだけどなー」


 というのは、シェフ・カミュの弁である。


 もちろんこれ以外の仕事も発生するし、誰かしらが交代したり協力することもある。


 あと、仕事の負担量的に微妙な割り振りもあるが、リッドが皿洗いなのは他に何も出来ないからで、ジークとユーリが二人で掃除を担当しているのは、ユーリがサボる分をジークがフォローしているからである。ジークはそれ以外にも、ヴァンのフォローをしたりと働き者だ。


「私は何をしたらいいですか?」


 水汲み20往復のペナルティを乗り越えた勇者たちが戻ってきた後、皆で遅めのティータイムを取りながら、ウィルが改めて「今日から一緒に暮らすことになったフィオナ」を紹介してくれた。


 カミュが作ったフルーツタルトと、ウィルが入れた紅茶の組み合わせは絶妙で、それだけで疲れていた身体が、芯から癒されるようだった。


 家事の分担が交換条件と言われ、皆の担当している仕事も簡単に聞いた後も、フィオナは、自分がどうすればいいのか分からなかった。

 今のところ、彼らは自分たちで役割を分担し生活できているし、フィオナが入る隙間が用意されているわけでは、もちろんない。


「お前は何が出来る」


 ヴァンにそう突き返され、言葉に詰まる。


(何が出来るだろう……)


 何も思い浮かばなかった。


 王城にいた頃のフィオナは、城の外を出歩くことさえ、自由ではなかった。特別な日を除き、夜会に参加することすら稀だった。

 怪我をすること、身体に傷をつけることを、父である国王が極端に嫌ったのだ。


 理由は、万が一にでも消えない傷が残れば、『価値』が下がるから。

 当然刃物を触ることなど許されなかったし、針を使った趣味も認められなかった。


 行儀作法やダンス、学問や古文などは教養として教えられたし、家庭教師には覚えの良さを褒められたこともあったが、そういったものの中に、市民の日常生活に役立つ物が、どれだけあるだろう。


 夜会に赴く若婦人だって、大陸の古い歴史や、すでに使われていない言語などは覚えていなくても、今宮廷で流行の話題や、近隣諸国の王室事情などには、フィオナなどよりよほど詳しいはずだ。


 でも、それは言い訳だ。


「何も……出来ません」


 そう自分で言うのは、ひどく辛いものがあった。情けなくて、こんな状態で彼らに甘えてしまっていいものなのか、疑問に思えてくる。


「そりゃお姫様だしなぁ。仕方がないだろ」


 ラウがフォローを入れてくれる。だが、素直には頷けず、フィオナは顔を伏せた。


「オヒメサマだから、しかたない……ネ」

「ユーリ、行儀が悪いぞ。食事中は膝をおろせ、そしてフォークを口に入れたまましゃべるな」


 含みをもった言い方で復唱したユーリの食事態度に、ヴァンの指導が入る。


「じゃあ、勉強していけばいいんじゃない?」

「え?」


 顔を上げると、ウィルと目が合った。会った時と同じ、綺麗な微笑みを向けられる。


「誰だって、はじめは『なにもできない』からのスタートだ。でも、向き不向きはあっても、人は学べば少しずつ出来るようになる。今、君は城を出て、まだ何も知らない真っ白なキャンパスのような状態だ。なら、色んなことを少しずつ学んで、その中で自分が出来ると思えるものを、見つけていけばいい」

「……はいっ!」


 ウィルの言葉に勇気をもらい、力強く頷く。そんなフィオナを満足げに見つめていたウィルが、隣に座るヴァンに、同意を求めた。


「そうだろう? ヴァン」

「……そういうことだ」


 そのやりとりを向かいで見ていたリッドが、ひそひそとカミュに耳打ちする。


「ウィルって、ヴァンの通訳みたいだよな」

「ばっか、リッド。通訳のふりして、自分の意見をヴァンの意見ってことにしてんだよ。ヴァン操縦の高等技術だ。さすがヴァン操縦免許一級取得者。見習えねー」

「おい、やめとけお前ら……聞こえてるぞ」


 ラウがたしなめるが、席が近いフィオナには丸聞こえだ。というか、多分本人達にも聞こえているだろう。


「そんなことよりさ、どーすんだよ」


 さっさとリッドが話を変える。


「何が」

「部屋割だよ部屋割!」


 勢い込んだリッドの手がテーブルを叩き、紅茶の水面が細かく揺れた。さっそくヴァンに睨まれるが、最年少で何かと部屋待遇の悪いリッドは、構わずに捲し立てる。


「今、ヴァンとウィルが一階で二人部屋、ユーリとジークが二階で二人部屋、カミュとラウとオレが三人部屋! もう一人増えることがあれば、オレも空き部屋を二人部屋にしていいって約束だったよな! な!」


『………………』


 リッドの熱意とは裏腹に、どこまでも冷めた沈黙が続く。


「……お前、マジで言ってんの?」


 いくら待ってもリッドが自力で悟ることはないと見たカミュが、半眼で問いかける。


「はっ? 何でだよ。当たり前だろ。だいたい空き部屋だって、使ってる部屋数増やしたら、その分家事が増えるからめんどくせぇって理由で空けてるはずなのに、実質ユーリのあやしい研究室になってんじゃんか。それだったら、オレに一人部屋として使わせる方がよっぽどマシ……」

「今日から空き部屋はフィオナの一人部屋だ。異論は認めない」


 リッドの訴えを無視し、ヴァンの最終決定が下る。


「ま、そうだよな」納得顔のラウ。


「ちぇ~、俺がお姫様と二人部屋でも良かったのに」

「カミュ、怒られるよ」

「冗談でーす」


 ウィルにたしなめられ、カミュが肩をすくめて席を立った。ティータイムが終わり、めいめいが部屋に戻ろうと動き出す。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 一人置いてけぼりのリッドの声がむなしく響く。

 さすがに気の毒になり、自分の話題でありながら、先ほどから蚊帳の外だったフィオナは、ようやく口を挟んだ。


「あの、私二人部屋でも、なんなら三人部屋でも構いませんけど」

「イイわけないでしょ」


 ぽむ、とカミュが窘めるようにフィオナの頭に手を置く。


「あ、ごめん。まだちょっと痛かった?」

「いえ、痛みは大丈夫です。……じゃなくて、私、家に住まわせてもらうだけでもありがたいのに、一人部屋なんて与えていただくのはさすがに……」

「……ヴァンの判断は正しい。俺たちを信用するのは構わないが、男としては警戒した方がいい」

「ジーク……」


 口数の少ないジークに、生真面目にそう言われてしまえば、反論の余地はない。


 ジークは警戒しろと言うが、彼らは皆紳士的だ。同じ部屋になったからと言って、何か無体な真似をする人間がいるとも思えない。


(あ、でも、さすがに着替えとかを見られるのは……)


 色々考えると、やはりこちらが気にしなくても、相手側に大いに気を遣わせてしまうかもしれない。という結論に辿り着いた。相手が紳士であればあるほど。


「そうですね……考えなしでした」


 思慮の浅さを反省し、素直に頷く。


 フィオナは、せめて後片付けを手伝おうと、テーブルの上の食器を集め出した。

 その脇で、納得いかない顔のリッドに、カミュがちょっかいを出している。


「お前、結構自分に正直なスケベ野郎だったんだなぁ」

「はっ?」


 一瞬、何を言っているのか分からないという顔をしたリッドだったが、次の瞬間、カミュのにやけた顔から察したのか、一気に顔を赤く染めた。


「……ちがっ!」

「まー、ほどほどにな。青少年」


 ひらひらと手を振って、キッチンへ去っていくカミュ。


「違うっつーの! オレはただ二人部屋がよかっただけで……うがぁぁぁぁ! くっそ、オレやっぱウィルと同じ部屋がいい!」

「断る」


 頭を掻きむしり、ウィルの車椅子にしがみついたリッドを即時拒否したのは、同室のヴァンだ。


「んだよ! ヴァンもいっぺんあいつらと三人部屋になってみろよ。むかつくわうるさいわで寝てらんねーぞ!」

「一番うるさいのはおまえだろうが」


 聞き捨てならないラウが口を挟む。


「断る。サイズ的にお前が最適だ」

「……っどうせ俺は小っせーよっ! くっそ~、いつかヴァンなんて、ビュッて抜かしてバンッてぶん投げてやってだなぁ……」


 後半は本人に聞かせたくないのか、後ろを向きながら取っ組み合いのイメージトレーニングをするリッド。間に挟まれた形のウィルは苦笑している。


 そうは言っても、男ばかりが7人集まったこの家のメンバーの中でも、ヴァンは飛び抜けて長身だ。目標は果てしなく遠く険しい。


「そういうことだ、ユーリ。夕飯までに空き部屋の私物を撤去しておけ」


 ダイニングを離れようとしたユーリの背中に、ヴァンの指示が飛ぶ。


 猫背気味の細長い身体を振り向かせ、灰色の髪の青年は、相手を見定めるように目を細めて笑った。どこか冷淡で、それでいて艶のある、独特の笑みだ。


「仕方ないですねェ。お姫サマに譲るとしますヨ」


 視線が、ヴァンからフィオナに移る。


 翡翠石(エメラルド)の瞳と目が合い、ドキリとする。

 が、それがどういう意味のものなのか、フィオナには分からなかった。


(不思議な人……)


 出会った一日目の感想は、全てにおいて、その一言に尽きた。



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