第三話 交換条件
「一体……なんで……みなさん……」
「それは、なんで王族ばっかりこの家に集まるのかって? それとも、どうして王族がこんなところにって?」
状況が整理できず、混乱するフィオナに追い打ちをかけるように、双子の胡散臭い方――ユーリが、余計に混乱するようなことを言ってくる。
「前者なら、回答は『分からない』後者なら、『それはおいおい』ってトコですかねェ? ウィル」
「そうだね。まあ、話したくないならいいんだ。君も事情があるのだろうし……今はまだ、聞かないことにするよ。それよりも、俺たちが、これから君のことをなんて呼べばいいのか考えようか」
「あ、すみません。私、フィオナって言います」
そう言えば自分だけ名乗っていなかったことを思い出し、慌てて自己紹介をする。
「フィオナ……ね」
ウィルが小さく繰り返す。綺麗な紫の瞳にじっと顔を見つめられ、フィオナは焦った。とっさに本名を名乗ってしまったが、まずかっただろうか。
ちょうどその時、壁に掛けられていた時計が3度鳴った。機械仕掛けの鳥が出てきて、黒い猫を追いかけ、突き回すという、何ともシュールなからくりだった。
(って、3時……?)
ハッとして窓の外を見る。外は明るい。
今は、昼の3時だ。
違和感を口にする前に、さっきまで俯いていたリッドの顔が、ぱっと明るくなった。
「よっしゃ3時だ! おやつだ! カミュ、今日のデザートは!?」
「……お前、現金なヤツだなぁ……まあいいけど。本日の俺様のスィーツは……だだだだだらんっ! 庭で取れたイチゴを使ったフルーツタルト!」
「いえーい! いっちごー!」
どうやら、3時はおやつの時間らしい。微笑ましいやりとりに、思わず緊張が肩から抜ける。
「さてと、手でも洗ってこようかなァ」
賑やかなカミュとリッドの後ろを通り、ユーリがさっさとその場を離れようとする。
「待てリッド。ユーリ、カミュ」
「げっ」
リッドの首根っこを掴み、張りのあるバリトンが他2名を呼び止めた。ヴァンだ。
「昼間の件について、不問にしたわけではない。そもそもの目的が、俺に対するくだらないイタズラだったそうだな。いい度胸だ。その上、見ず知らずの女子を負傷させるなど、言語道断。この件に関わった者は全員、罰として川まで水を汲んでこい。20往復だ」
「ええええ~」
「問答無用!」
「仕方がないな。フルーツタルトはちゃんと3人分残しといてあげるから、いってらっしゃい」
ヴァンの出したペナルティに対し、不平不満をぼやいていた3人も、ウィルに笑顔で見送られると何も言えないらしく、渋々といった体で家を出る。
一気に人口密度が減り、そして静かになった。
「悪いね、にぎやかで」
「はい……あ、いいえ」
「気を遣わなくていいよ」
思わず頷いてしまったフィオナに、ウィルが笑う。
「さっきから気になっていたんですけど……私がこの家を訪ねたのって、昼間でした?」
「そうだけど? ちょうど、正午を回った頃だったかな。午前中に町に出かけていたヴァンを、リッドたちが待ち伏せして、罠を張っていたみたいだね」
同じ家で暮らしている人間に対して、罠を張る必要があるのか疑問だったが、そこはあえて聞かないことにする。
フィオナは、自分の記憶の矛盾に気付いた。
そもそも、フィオナが城から逃げ出したのは、深夜だったはずだ。
だが確かに、霧が晴れた後の、『森の中の家』の記憶は、明るい陽の光の下にあった。
不思議な影を追いかけている間に、夜を明かしたのだろうか? そのことに気付かないなんて、あり得るのだろうか? あの霧は、一体……?
次々と、疑問ばかりが浮かんでは消える。
「あの影は……」
フィオナをここまで誘った、小さな影。
「影?」
「あ、いえ。なんでもないです」
不思議そうに聞き返すウィルに、慌ててかぶりをふる。まだ少し混乱しているらしい。
「あの!」
姿勢を正し、改めて目の前の4人に向き直る。誠心誠意を込め、フィオナは頭を下げた。
「私をここに置いてもらえませんか! 他に行くあてがないんです。皆さんのお邪魔になることは分かっています。でも、出来ることはなんでもしますので、お願いします!」
ぎゅっと目を瞑って、最後まで言い切る。昨夜一晩中、森をさまよい歩いて痛感した。今のフィオナでは、どこに行けばいいか、何をすればいいかすら分からない。
なんとも言えない沈黙が落ちた。
おそるおそる頭を上げると、ウィルとラウは困ったような――苦笑いを浮かべていて、ヴァンは相変わらず眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をしている。ジークは、人形のように無表情だ。
(やっぱり、ダメ……なのかな……)
沈黙が続き、失望が胸に飛来したとき、
「俺は、はじめからそのつもりだったんだけど……なぁ、ヴァン?」
ちらり、とウィルが上目遣いで傍らのヴァンに視線をやる。
「オレもオレもー。てか、オレらも後から来た人間だし。な、ジーク」
「……構わない」
ウィルに賛同したラウに意見を求められ、それまで一言も発さなかったジークがようやく口を開いた。短い言葉ではあったが、イメージしていたよりも穏やかな声だった。
ウィルに促され、ヴァンが小さく息を吐く。
「働かざるもの食うべからず、だがな」
どうやら、この家の最終決定権はヴァンにあるようだ。高い位置にある頭を見上げると、鋭い視線が真っ直ぐにフィオナを射貫いた。
紫水晶のような、紫闇の瞳。
怖い、という思いが先行して、それまでまともに見れなかった顔は凛々しく、己を曲げない真っ直ぐな気性と自信が表れていた。
「あの……?」
「……家事を分担する条件でなら、置いてやってもいい。と言っている」
こうしてフィオナは、7人の王子様の家で暮らすことになった。