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第二話 七人の王子様


「うーん……うーん……」


 頭が痛い。


 脳天で小人が道路工事をしているような痛みに、フィオナは唸りながら意識を取り戻した。



「大分うなされてるねェ。カワイソーに」

「……人ごとのように言うな、ユーリ」

「おいおい誰だぁ? こんないたずら考えたのは」

「はいはーい、こいつでーす」

「ちょっ! カミュ、てめ、人のせいにしてんじゃねぇぞ! おまえだってノってたじゃねーか!」

「うるさいぞ! リッド、カミュ! 怪我人に触る、少しは静かに出来ないのか!」

「君の声が一番うるさいんだけどね……ヴァン」



 なにやら騒がしい。複数人の声がごちゃごちゃと混じっていて、何を言っているか分からなかった。


「あ、目を覚ましたぞ!」


 ぱち、と目があいた瞬間。誰かが発した言葉に、一斉に視線がこちらに集中するのが分かった。


 天井が見えた。かすむ視界に、一度目を閉じ、もう一度ゆっくりと瞼を押し上げた。



「……へっ?」



 今度は視界一杯に、7つの顔が覗いていた。



「あ、驚いちゃった?」

「そりゃそうだろ」

「やれやれ……誰がこの状況を説明するんだろうねェ?」

「てか、こっちが説明してほしいっつーの!」


 7つの口がやんややんやとしゃべり出す。呆然としていたフィオナは、しばらくしてようやく、自分の置かれた状況を理解した。

 不思議な森の家に入ろうとして気絶したフィオナは、この見知らぬ人たちに介抱されていたらしい。


 寝かされていた場所は、はじめ寝台かと思ったが、実際は大きなソファだった。

 フィオナは慌てて身を起こし、かけられていたブランケットを胸元まで引き寄せた。


 背もたれに埋もれる勢いで身を寄せ、見知らぬ男達と距離を取る。

 全身が緊張で強ばっていた。


「…………」


 言葉が出てこず、何度か唇を開閉させる。忙しなく視線だけを巡らし、周囲を観察すると、そこはログハウスの中だった。


 ここはリビングだろうか。フィオナが座る大きな長ソファの前には、背の低い大卓が置かれている。卓を挟んで向かいに、一人掛けのソファが二つ並んでいた。


 木造の壁と床。天井は高く、二階まで吹き抜けになっている。大きなソファを取り囲んでいる顔は、全部で7つだ。皆、似たような年代に見えた。


「ごめんね、驚かせて。怯えなくていいよ。……といっても、男ばかり7人に囲まれたこの状況じゃ、すぐには難しいかな」


 集団の一番外側にいた人物が、板張りの床を軋ませ、前に進み出た。


 車椅子を操りながら、涼やかな声と共に現れた人物は、言葉を失うほどの美貌を綻ばせ、にこりと笑った。


(男……の人……?)


 一瞬女の人かと思ったが、本人の言葉から男性であると推測する。

 中性的な容貌と車椅子姿が相まって、儚げにすら映る青年に見惚れていると、 


「まず、一つ質問がある。お前は何者だ? 名を名乗れ」

「……!?」


 突然、彼の隣から飛んできた高圧的な声に詰問され、フィオナは三度言葉を失った。


 その黒髪の青年は、フィオナが座っていることを考慮しても、かなりの長身だった。その上、よく響く低音の声には迫力があり、心臓が縮み上がる。


「ヴァン、怖がらすなよ。ええっと……まずはこっちが名乗った方がいいか」


 ヴァン、と呼ばれた高圧的な男を下がらせ、フィオナに目線を合わせて笑いかけてきたのは、別の金髪の青年だった。


「オレはラウ。この家に住みだしてから、一年と……んー、半年くらいになるのか? カミュ」

「2年は経ってねぇと思うけど」

 

 首をひねりながら尋ねられ、後ろにいた一人が答える。ラウと名乗った青年は、白い歯を見せてニカッと笑った。


「だ、そうだ。この家は、オレ達7人が一緒に住んでいて、色々家事とか家のことを分担しながら、まあ仲良く暮らしてる。ちなみにオレの担当は庭の手入れ。花壇とか見てくれたか? 結構気合い入ってるだろ」


 空色の瞳と、白い歯が眩しい。爽やかを絵に描いて切り抜いたような青年の、人なつっこい笑みと明るい声に、少しだけ緊張がほぐれた。

 フィオナは、門をくぐった時に見た花壇を思い出した。


「あ、あの花壇……とても綺麗でした」

「お、サンキュー。やっぱ喜んでくれる人が多いとやりがいがあるな! これからも頑張るぜ」

「何ムダに爽やかまき散らしてんだ、お前は。彼女困ってんだろーが」

「いてっ」


 ぐっ、と力強く親指を立ててウインクされ、どう反応していいか分からなかったフィオナに、助け船が入る。


 ぺしっ、とラウの頭をはたいたのは、その傍らに立っていた赤毛の少年だ。

 フィオナとそれほど歳が違うようには見えないのに、どこか艶のある少年は、緩やかに波打つ赤い髪を掻き上げて、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「まあとにかく、ちょっと怖いっつーか鬼っていうか、親父みたいにうるさいヤツは一人いるけど、乱暴なことするヤツはいないし、安心してもらっていいぜ。ちなみに、俺はカミュ。担当は料理全般。ま、シェフ・カミュ様とは俺様のコト」

「誰も呼んでねーし」


 とは、後ろの誰かから飛んだ突っ込みだが、ごく自然に無視したカミュが、残りのメンバーを紹介してくれる。


「で、さっきの偉そうなのがヴァンで、こっちの無口なのがジーク。同じ顔してる胡散臭い方がユーリな」

「胡散臭いとは心外だなァ。ボクはいつでも誠実ですヨ」


 無口と言われた灰色の髪の青年は、その通り何も言葉を発さなかったが、胡散臭いと言われた方が反論した。


 確かに同じ顔だが、ジークが髪を下ろしているのに対して、こちら――ユーリは、灰色の長髪を後ろに一つに束ねている。一見して、それくらいしか見分ける術がない。まさしく瓜二つと言っていい双子だった。


 心外、という割にはユーリの口調はとぼけていて、さほど気を害したようにも見えない。


 やれやれ、と肩をすくめたカミュが、後ろにいる誰かを無理矢理押し出した。


「んで、こいつが問題の、アンタを気絶させた張本人……」

「リッドだ! い、言っとくけど、オレだけのせいじゃねーからな!」


 開口一番そんな弁解を叫んだのは、フィオナと同じ歳くらいの少年だった。濃い茶色の髪の下から覗く琥珀色の目が、フィオナを睨みつける。


「てか、そもそもドア開けたらタライが落ちる仕組み考えたのはユーリだし、カミュだってノったし、つかアレは、帰ってきたヴァンに一泡吹かせてやろうって魂胆で……」

「ほほぅ……」ヴァンが低く相づちを打つ。


「と、とにかく、オマエが勝手に引っかかっただけで、オレは女を怪我させるつもりなんてこれっぽっちも……」


 両肩をカミュに掴まれたまま、逃げ場なく弁明を続けていたリッドの語尾が、もにょもにょと弱くなる。


「でも……その……悪、かった……」


 その場に居る全員に注目されて、いたたまれなくなったのか、俯いて耳まで真っ赤になったリッドが、小さく謝る。


 すると、その場に共通して暖かい空気が流れた。くすりと、その空気が小さな笑い声になり、涼やかな声に変わった。


「はい、よく出来ました」


 ぽんぽん、と親が子にするように頭を撫でたのは、最初に話しかけてきた車椅子の青年だった。そして、穏やかな口調でフィオナに笑いかけてくる。


「俺はウィル。ラウが言ったように、俺たちは7人でここで暮らしてるんだ。それで――」


 長い銀の髪を肩口で緩く束ねた青年は、綺麗な笑顔のまま、意外な言葉を口にした。


「君は、どこの国の王女様?」

「……え?」

「隠さなくてもいいよ」


(そういう問題でじゃなくて……!)


 フィオナは混乱した。フィオナは、自分の身分を証明するものなど何も持っていない。彼は占い師か何かなのだろうか。


「な、なんで、そんなことが分かるんですか……?」

「だって、ここに来るってことは、多分そうだろうと思って」


 からかう風でもなくそう言って、ウィルは傍らに立つヴァンに上目遣いで目配せした。


 それを受け取ったヴァンが、不機嫌な顔で補足した。


「不思議と、ここには国を追われたそういう奴らが集まるんだ」

「そーゆー……?」

「つまり」


 意図を汲みきれないフィオナに、カミュが人差し指を立てて微笑みかける。



「俺たち、みんなどこぞの国の王子様♪」

「ええっ!?」



 そうして、白雪姫と7人の王子様の、不思議な共同生活が始まろうとしていた。



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