第十七話 コロモダケ騒動
結局、フィオナとリッドはヴァンの帰宅に間に合わず、揃って怒られることになった。
「こんな時間まで、何時だと思っている! 日が暮れると夜行性の動物たちが活動しだす。もし襲われたらどうするつもりだ。だいたい、俺は朝、今日はフィオナを外出させるなと――」
「まぁまぁ、ヴァン。二人の外出を認めたのは俺だから。ちゃんと戻ってくる時間を指示しなかった俺が悪いよ」
がみがみ、という擬音がつきそうな説教を前に、頭を垂れる二人を見かね、ウィルが穏やかに割って入る。
二人が家に戻ってきた頃には、すでに日が落ちていて、慌てて玄関に飛び込むと、鬼の形相で――といっても、いつも怒ったような顔をしているのだが――ヴァンが腕を組んで仁王立ちしていた。
結局、その場で説教される羽目になった二人を、他のメンバーがリビングの方から遠巻きに見守っている。
車椅子で近づいて来たウィルのフォローに、しかしヴァンは厳しく反論した。
「ウィル、確かにお前の管理不行き届きだが、日が暮れるまで帰ってこないのは非常識に過ぎる。一度しっかり言ってやらないと……」
「毎日がみがみ言ってんじゃん……」
キッチンで調理をしていたカミュの呟きがここまで届いたが、怒っているヴァンには聞こえなかったようだ。
「ああ、あとヴァン。もう一つ君に言わなければいけないことがあるのだけど……」
「なんだ、まだ何かあるのか」
少し声色を改めたウィルに、ヴァンが怒気を抑え聞き返した。
一度キッチンまで下がったウィルが、膝にカゴを乗せて戻ってくる。
いつもは穏やかな笑みを湛えている顔は、いつになく真剣で、少し青ざめてすら見える。
その様子に、フィオナは少し心配になった。
カゴには、なにやら大量のキノコが積み重なっている。
「実は、今日……君の言いつけを破って、コロモダケを取りに行ってしまったんだ……!」
「……………………」
ヴァンが絶句した。
が、フィオナは意味がよく分からなかった。
解説を求め視線をさまよわせると、一人掛けのソファの背に腰かけているユーリと目が合った。
ふいっと彼は視線逸らし、唇を指でなぞりながらウィルに相づちを打った。
「コロモダケ……というと、川沿いの樹木の下にしか生えない、あのキノコですか。そういえば、今が旬ですねェ」
カミュがカウンターから顔を出し、おたまを片手に便乗する。
「揚げると絶品なんだよな! ちなみに今日のカミュ様の献立は、コロモダケのフライと、コロモダケスープと、コロモダケの……」
「うげぇ、キノコばっかかよ!」
「あー? 俺様の献立に文句あんのか? 甘いもんと肉ばっか食ってると馬鹿になるぞ、リッド」
「食ってねーよ!」
「……ってことは、河の方まで取りに行ったのか? ウィル。おまえにしては遠出だなぁ!」
『…………』
誰もが避けていた地雷を、ラウが踏んだ。
「…………馬鹿」
「え? あれ?」
カミュが頭を抱える。
何とも言えない微妙な空気に、読まない男、ラウが視線を泳がせる……が、誰も目を合わそうとはしない。
「…………ひとりで行ったのか? ウィル」
「……ああ。夕暮れ時に、急にコロモダケが食べたくなってしまって……」
車椅子の兄を見下ろすヴァンの顔は、ちょっと恐ろしくて見れないが、そんな彼を見上げるウィルの表情は、真剣そのものだ。
「~~~~~~っウィル!」
今日一番の、怒声が響いた。
「よりにもよって日暮れ時だと!? そんな視界不良の環境でよくも一人で出歩くなど……他の奴らはなにも言わなかったのか!?」
「俺がこっそり出て行ったに決まってるだろ」
「ウィル!」
くるり、とウィルが車椅子を方向転換する。悠々とリビングを横断する彼の後ろを、ヴァンが怒り肩でついて歩く。
「そう言ったことは人に頼めと言っている。ラウがいただろう!」
「そんな、個人的なわがままのために人を使うなんて俺はイヤだよ。知ってるだろ」
「なら、明日まで待てば俺が行ってやる」
「今日食べたかった」
「ウィル!」
「俺がコロモダケ食べたいときにヴァンがいないのが悪いんだよ」
「なんだその無茶な言いがかりは!」
さすがというか、ヴァンの怒気に引いた様子もなく、ウィルはぐるぐるとリビングを回りながら反論を続けている。最後の方は、ただの兄弟喧嘩になっていた。
ヴァンの怒声の対象がウィルに移り、彼らがリビングを周回し出したため、他の住民が速やかに避難する。
とりあえず説教から解放されたフィオナは、ダイニングの方へと移動しながら、ハラハラと二人の喧嘩を見守った。
「ぶっ、は! ウィルのヤツ遊んでるなー」
そんな二人の様子に、カウンター越しに眺めていたカミュが耐えきれず吹き出した。
「遊んでるの? あれ……」
「どう見ても遊んでるだろ。たまにやるんだよなー、ウィル。まあ、面白いからいいけど」
確かに、急にコロモダケが食べたくなったとか、どうも無理矢理な理由だ。
ヴァンを怒らせるため、としか思えない。
そのうち、二人は奥の自室に入ってしまった。
束の間、静かになる。
……と思ったら、すぐにウィルが出てきた。
「ウィル、大丈夫だったか?」
ヴァンの着火をアシストしてしまったラウが、心配そうに声をかける。
「うん、平気。夕飯時には戻ってるんじゃない?」
ヴァンの機嫌、ということだろうか。ウィル自身は、いつもと変わらず、穏やかに笑っている。
「なぁ、ウィル!」
リッドがウィルに駆け寄った。
「あれ、わざとだろ」
「何が?」
「とぼけんなよ。オレたちが帰って来ないから、代わりに怒られるために無断で出かけたんだろ!」
「あ……っ」
リッドの言葉に、ようやくウィルの不可解な行動を理解する。
怒ったようなリッドの顔を見上げ、ウィルは、いつもより子どもっぽい笑顔を見せた。
「バレた?」
「バレるに決まってんだろーが。オレがヴァンに怒られるなんて、いつものことなのに、なんでそんなこと……あっ」
気付いたように、リッドがこちらを振り返る。
「私のため……ですか?」
ようやくウィルの行動の真意を知り、フィオナは、人に言われるまで気付かなかった自分が恥ずかしくなった。
申し訳ない気持ちで車椅子の傍に寄ると、ウィルが二人の顔を交互に見上げた。
「このこと、ヴァンには内緒な?」
人差し指を唇に当て、綺麗な笑みを作る。
「ヴァンは俺に甘いから、俺が怒られといたほうが被害が少ないだろう?」
くすりと笑ったウィルの表情は、イタズラを企む子どものようだ。
「ぷっ……」
そんなウィルの言葉に、リッドが唇を弛ませる。笑いを堪えている顔だ。
「ウィル~~~! 最高っ!」
がばっと、リッドがウィルに抱きつく。笑い声が広がり、フィオナもつられて笑ってしまった。
「でも、本当にごめんなさい、ウィル」
だが、ウィルがフィオナ達のために怒られてしまった事実には変わりない。
先の一件で一階に集まっていたメンバーが解散すると、フィオナは改めてウィルに謝った。
「気にしなくていいよ。たまには、ああいう兄弟のコミュニケーションもあっていいだろう?」
コミュニケーション、と言ってしまっていいのだろうか。確かに、ウィルの方はとても楽しそうだ。
納得しかけたところで、急に、ウィルの白い指先が伸び、フィオナの頬にかかった髪をすくう。
「――それに、俺はあまり君に何もしてあげられてないから、これくらいのことはさせて欲しいな」
普段あまり見ないような真剣な表情で見つめられ、一瞬、鼓動が早くなった。
「花びら、ついてるよ?」
触れただけで、すぐに離れた指先が、薄桃色の花弁を摘む。
すぐにいつもの穏やかな笑みに戻ったウィルに、フィオナは内心ほっとした。




