第十五話 ヴァンの心配性
「先日、俺とジークが留守の時に、家の鍵をかけていなかったそうだな。不用心極まりない。何かあってからでは遅いのだと何度言ったら……」
朝、玄関の前で、ヴァンとウィルが対峙していた。
「はいはい、分かってるよ。いってらっしゃい」
「あと、今日は夕方から冷え込むだろう。しっかりと暖をとって……」
「分かってるって。大丈夫だから」
「ウィルとフィオナは、家を出ないように……」
「もー、いいから早く行けって。はい、いってらっしゃい!」
いつまでも玄関の前を動かないヴァンを押し出し、ウィルがドアを締める。しっかりと鍵をかけた。
「あー、ホントうるせぇアイツ。てめぇは親父かっての」
リビングに一つしかない横長のソファに転がりながら、そんなやりとりを眺めていたカミュがぼやく。
「なー、ウィルもいい加減うんざりだろー? 部屋変えようぜー」
「おまえはそればっかりだな」
向かいの1人掛けソファであぐらを掻いていたリッドの台詞に、ラウが突っ込む。
「ヴァンは、ウィルのことが心配なのよ」
フィオナはそうフォローしてみるが、ヴァンの兄へ過保護っぷりには、ウィル自身も呆れているようだった。
先ほどのは、ヴァンとジークが2人揃って家を空ける時の、恒例行事だ。
戦闘に長けた人間がいなくなるという点で、何かあったとき心配だという気持ちはよく分かる。
だが、今のところそういう危険な状況に陥ったことはない。
「ヴァンは心配性なんだよ」
「かっこウィルに限りかっこ閉じる」
ウィルの台詞に、カミュが補足する。
「そーいえばユーリは? 朝から見てねーけど」
「屋根裏に閉じこもって何かやってるみたいだぜ」
「なーんだ、つまんねーの」
ラウの答えに、リッドはソファに沈んだ。
遊び相手がいなくてつまらないらしい。
……と、急に飛び起きた。
「そうだ! フィオナ、外行こうぜ! こんな日に部屋にこもってるなんてつまんねーって!」
窓の外を指す。確かに、木々の向こうに広がる青空には雲一つなく、室内にいるのがもったいないほどの陽気だった。
「リッド。おまえ、さっきヴァンが外に出すなって言ってたの聞こえなかったのか」
「関係ねーよ。な、ウィル!」
ラウに咎められるが、すぐさまウィルに同意を求めるリッド。
ヴァンがいない場合は、ウィルの許可を取ればいいという暗黙の了解があるらしい。
そして、ウィルはヴァンより大分ゆるいので、皆この時を待っているのだ。
「うーん……まぁ、いいよ。俺は家にいるから。でも、あまりに遠くには行かないこと。いいね?」
少し考えてから、ウィルが許可を出す。
よっしゃ、とリッドがこぶしを握る。
「ありゃ、いいの? ウィル。ヴァンに怒られるんじゃねぇ?」
「ヴァンが帰ってくるまでに戻ればいいんだよ。それに、リッドにもせっかく同じ歳の友達が出来たんだから、遊ばせてあげたいしね」
ふふっ、と、イタズラっぽく笑って、カミュに応えるウィル。
フィオナも、同じ年頃の友達が出来るのは初めてで、一緒に遊べるのは嬉しい。
ウィルにお礼を言って、2人は暖かい春の日差しの中に飛び出した。
◇ ◆ ◇
カラカラカラカラ……
その小さな家には、不似合いに大きい姿見の鏡が1つ、置いてある。
「あれぇ、おひさしぶり! どうしたの? 最近見かけなかったけど」
「……このクソガキ。てめぇ、分かってて聞いてんだろ。あの性悪女のせいで、えらい目に遭ってたんだよ! ところで、ローズはどうした?」
「いないけど?」
「ちっ……あいつ逃げやがったな。とんでもねぇとこに人を叩き売りやがって……」
「え? もしかしてヴァリウス売られたの? 売り飛ばされたの? アハハハハッ」
「笑うな! ローズにはめられたんだよ!」
「アハハハハッ」
「だから笑うなって……おい、そういや、お前のところにアイツ来てただろ」
カラカラカラカラ……
「アイツって?」
「アイツだよアイツ。俺をこんな目に遭わせた元凶」
「ああ、あの子ね。うん、来てるけど」
「ちょっと騒がしくなると思うぜ。ま、俺のせいじゃねぇけどな」
「えー……ヴァリウス、また何かしたの?」
「何だその目は。俺のせいじゃねぇよ。俺は、言われたとおりに『仕事』してるだけだ。悪いってぇなら、アイツが悪い。めんどくせぇなら、追い出しちまえよ」
「……ヴァリウスってホント、性格悪いよね。可哀相だとは思わないの?」
「可哀相なのは俺だ! アイツのせいで、とんでもなくウゼェ野郎のところに売り飛ばされたんだからな」
「野郎! アハハハハッ」
「だから、笑うな!」
カラカラカラカラ……
「……って、さっきからうるせぇよ、このネズミ! 丸焼きにして食っちまうぞ!」
その小さな家には、滑車のついた小さな檻が1つ、置いてある。




