第十四話 麗しのレナード様
「ふぅ……」
壁面の大鏡の前で、彼は大きくため息をついた。
そして、また鏡をちらりと見やり、今度は芝居がかった仕草で髪を掻き上げ、天井を仰ぐ。
「あぁ……」
「……何やってんですか、殿下」
「憂鬱だ……」
「そうですか」
「何故私がこんなにも憂えているかと言うとだな!」
「別に聞いてないですけど」
「私が!」
かっ、と両掌を天に掲げ、今度はゆっくりと――目で追うのも面倒なくらいゆったりとした動作で、その手を下ろし、胸の辺りでクロスさせる。
ちなみに、この動作に深い意味はない。
「美しすぎるからだ!」
「わー、ぱちぱちぱち」
まったく情感ない口調で歓声を読む。
だが彼は――アルファザード王国第一王子レナード殿下は、全く気にした様子もなく口上を続けた。
「この美しい私に相応しい女がこの世にいないなど、なんたる悲劇。奇跡はやはり奇跡でしかなく、永久の栄光を求めることは過ちであったのか――いや、だが私はまだ諦めてはいない。この奇跡の美貌を、神に愛される者として、あえて神に挑むと!」
「もういいじゃないですかー。諦めて、そこそこ美人な人と結婚しちゃえば。レナード様が一番美しいことには変わりないんですから」
レナードの私室で、先ほどから壁にもたれ、気のない相づちを入れていた男が、小指で耳の穴をほじりながらぼやいた。
その青みがかった黒髪は、放っておいたら勝手に伸びたという風に、目にも襟足にもかかっており、王子の従者らしい清潔感はない。
「諦める? この私が? アルヴィス、生まれながらにして全てを手にしたこの私に、お前は諦めろと?」
レナードが、鏡から視線を引きはがし、振り返った。
豪奢な黄金の巻き毛が、大仰な動作の一つ一つに揺れる。
「いくらこの世の神に等しいレナード様でも、この世に存在しない者を手に入れるのは不可能ですよ。レナード様より美しい人間などいないんですから。あー残念だ残念だ!」
ボリボリと頭を掻きながら嘆いてみせる。
彼――アルヴィスの言葉の何割が本気かは、おそらく見る人によって意見が分かれるところだが、彼の主であるレナードは、常に全力十割で受け取っているので、特に問題になったことはない。
「そう、不可能……確かにそうかもしれない」
すっと、一度声のトーンを落とし、レナードは逡巡してみせた――みせただけだ――睫毛のうるさい薄氷色の両眼を、音がしそうな勢いで見開き、鏡に向かって流し目を作る。
「私自身、これまで生きてきた中で、私より美しい人間を知らない……」
本当は、ただ一人だけ知っているのだが――
思い出しかけた顔を、レナードは記憶の闇に葬り去った。
遠い昔の話だ。
「存在しない者を追いかける努力は、無駄だというのか……」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「だが、私より美しいかは問題ではない」
「問題じゃないのかよ……」
ぼそりと、疲れた声で突っ込むアルヴィス。だが彼の主は、基本的に人の話を聞いていないため、問題はなく口上は進む。
「私は美しいものを好む。世界で一番美しい女を私が手にするのは、当然の理だろう」
「はぁ……結局そうなるんですね」
この問答――というか口上も、何度目だろう。さすがに飽きてきて、アルヴィスはため息をついた。こういう時にちょうどいい盛り上げ役がもう一人いるのだが、残念ながら別の任務で動いていて、不在だ。
「俺が行けば良かったかねー……」
とはいえ、彼ももうすぐ戻ってくるだろう。『任務』は、ここに、ある人物を連れてくることなのだから。
彼――第一王子特別親衛隊隊長アルヴィスの主人の蒐集癖は、留まるところを知らない。
「あの魔法使いも、随分気に入ってますしね」
「うん? まあ、あやつも確かに美しいが、私には及ばないな」
「誰もそんなこと言ってませんけど」
『美しいものが好き』と言いながら、いちいち対抗意識を燃やすのはやめて欲しいものだ。
だが彼の収集は、『美品』に留まらない。留まればかわいいものなのに、とアルヴィスは思う。問題は『珍品』を集めたがる癖だ。こればっかりは、手に負えない。
今のお気に入りも、分類としては『珍品』だ。
「まったく……魔法使いなんて、どっから拾ってきたんだか……」
犬猫のようにほいほい人を拾うのもやめて欲しい。もっとも、アルヴィス自身も『拾われた』人間ではあるのだが。
本日何度目かのため息をつくと、王子の私室の扉がノックされた。
「入れ」
「――ご無沙汰してます、殿下。今日は、オススメの品を持ってきました。ええ……殿下がお望みの、とっても珍しい商品です」




