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第十三話 アルファザードの王子


 その日の夕食の席では、当然のように町で起こった出来事が話題になった。


 全員で食卓を囲む時の席の並びは、自然と決まっている。


 人数が少ない時はその限りではないが、それでもヴァンが一番奥の席で、その隣がウィルというのは、もはや指定席のようなものらしく、ヴァンの席の隣に椅子は置かれていない。


 ヴァンの向かいがジークで、その隣が弟のユーリ。8人掛けテーブルの奥半分を年長者が占め、手前はウィルの隣にカミュとフィオナ。ユーリの隣にラウ、リッドの順に座っている。


 穿った見方をすれば、作法に厳しいヴァンを行儀の良いウィルとジークで囲み、ユーリを彼と近づけると騒がしいカミュやリッドと離しているとも取れるが、単に年齢順かもしれないし、真相は分からない。


 ただ、リッドがヴァンから最も遠い席に座っているのは、苦手な厳格王子の視界から逃れようという心理が働いているのは、間違いない。本人がそう言っていた。


「……で、華麗にお姫サマを助けたってワケ。相変わらずカッコイイねェ。キミは」


 頬杖をつき、フォークの先でつけ合わせのニンジンを粉々に砕きながら、ユーリが人の悪い笑みを浮かべた。


「役得じゃん。あーあ、やっぱ俺がデートしとけば良かった。ってユーリ、食わねぇならラウにでもやれ。なに可哀相なことしてんだ」

「カミュじゃ、お姫サマと一緒に遊ばれてたかもねェ……ハイ、ラウ、あ~ん」

「あーんって……そんなボロボロのニンジン人に食わせるな!」

「ニンジンに罪はありませんヨ」

「おまえが言うなっ」


 相変わらず自由だ。そろそろヴァンが怒り出す頃だが、今日はその前にリッドが口を挟んだ。


「それで、その役人たちは何でフィオナを狙ったんだよ?」


 それは、フィオナも気になるところだ。


 素性を知っているわけではない、とジークは言っていたが、素性も知らない人間を、町の役人が追いかける理由があるだろうか。


「……アルファザードの王子の噂は知ってるか」

「アルファザードの? 知らねー」

「俺も知らねぇな。ラウは?」

「おまえが知らないなら、オレも知るわけないだろ」

「それもそっか」


 リッド、カミュ、ラウが順に首を横に振る。


「好事家で収集家のワガママ王子様、だっけ? あ、あと、ナルシストってのも聞いたなァ」


 フォークを指先でくるくる回しながら、ユーリが思い出すように言う。

 なぜか、ヴァンが思いっきり頷くのが目に入った。


「……その王子が、『世界で一番美しい女』を探しているらしい」

「……は?」


 チャリン、と、ユーリの手からフォークが滑り落ちた。

 行儀が悪いと怒りそうなヴァンが、スープを咽せてウィルに介抱されている。


 辛うじて声を発したのはリッドで、他の面子は、世にも不思議な単語を聞いたというように、黙り込んでいる。


「……王子が婚約の条件として、『世界で一番美しい女』を提示したんだ。身分、国籍は問わないと」

「そりゃあ……」

「大変なことになりそうだねェ」


 ジークが静かに補足する。呆気に取られるラウの言葉を、ユーリが継いだ。

 カミュやリッドなどは、顔中で「バカじゃないの?」と言っている中、ユーリはひとり、楽しそうに笑みを深めている。


「アルファザードは西大陸一の大国だ。そこの第一王子の妃ともなれば、世界中の美女が城に押しかけるだろうね」

「そもそも『世界で一番美しい』など、一体誰の主観で決めるんだ。阿呆か」


 ウィルが冷静に予想する横で、ナプキンで口を拭い、ヴァンが不機嫌に吐き捨てた。


「……触れが出た時は、あまりの志願者の多さに国が大混乱したらしい。だが一人たりとも条件に適う者がおらず、今は逆に国を挙げて人を探している最中だ」

「なるほど……第一王子は今年で20歳になるし、王宮の人間は焦り出すだろうね」


 ジークの説明に、ウィルがおかしそうに笑う。


「……実はつい最近まで一人有力者がいたそうだが、急な訃報が届き白紙に戻ったそうだ。これで、国王がとうとう焦り、国中に総力を挙げて妃に相応しい人間を捜し出せと王命を出した」

「ああ、それで……」


 ようやく繋がった、とでも言うようにカミュが呟き、フィオナを見る。


「……?」


 そして、その場にいる全員の視線がフィオナに集中した。


「……しばらくは町に出さない方がよさそうだな」

「賛成~」

「ええっ?」


 ヴァンの決断に、カミュが手を挙げて同意する。全員がそれにならって頷き、フィオナだけが声を上げた。


「それにしても、そのアルファザードの王子って、相当な変わり者なんだな」

「この辺りじゃ、結構な有名人だヨ。アルファザード王国のレナード王子サマ」

「どんなツラしてんだろ。ちょっと見てみたくねー?」


 カミュとユーリ、リッドのいつもの軽口に、珍しくヴァンが参加した。


「自意識と自尊心の塊だ。傍若無人で、自分の思い通りにならないと気が済まない、傲慢な男だ」

「ははは……」


 隣で、ウィルが乾いた笑いを浮かべる。


 何となく聞いてはいけないような、険悪な空気が漂っているが、そこは読まずにラウがあっけらかんと問いかける。


「なんだよ、ヴァン詳しいな、もしかして知り合いか?」

「知らんな。断じて知らん」

「いや、知ってるだろ、それ……」


 カミュの突っ込みを無視し、ヴァンはひたとフィオナを見据えた。


「……あいつだけはやめておけ」


 なんだかよく分からないが、妙に重々しい言葉だった。


「それよかさ、さっきから気になってたんだけど」

「なんだよリッド」

「ジークはなんて言って役人丸め込んだんだよ?」

「あ、それ俺も気になる~。そんな状況で、ただでお姫様逃がすとは思えないんだよなー」


 どうやって役人に話をつけたのか、という点に興味津々なリッドとカミュに、ジークはあっさりと答えた。


「彼女は既婚者だと言っておいた」

「……お前が旦那だと?」

「……そこまでは言ってない」

「でもまあ、普通そう取りますよねェ」


 カミュの問いに、ジークが否定する。が、ユーリの言う通り、状況としてはそう取られるのが普通だろう。 


「ジークヤルぅ」


 口笛を吹くカミュの冷やかしに、ジークがフィオナの方を向いて謝った。


「……方便だ。が、不快な気になったならすまない」

「そ、そんなこと! 全然!」


 フィオナは、ブンブンと首を振った。驚いたのは確かだが、不快などということは全くない。


 首を振りすぎて痛くなったフィオナが頬を両手で包むと、斜め向かいに座っていたラウが首を傾げた。そして、不必要に明るい声で指摘してくる。


「あれ? 姫サン顔赤いぞ。実はうれしかったりし……」

「………………」

「て……あれ?」


 ラウの発言に、食卓が静かになる。


 何も後ろめたいことはないはずなのだが、妙に居たたまれない気になり、フィオナは俯いた。周りの視線が集中しているのが分かり、耳が熱くなる。


 すると、カミュが勢いよく席を立ち、向かいに座るラウの頭をシャッフルした。


「おーまーえーは! もう黙れよ! 黙って食え、ひたすら食えっ」

「おわぁぁ。目が回って食えないぞカミュ!」

「うるさいぞ。静かに食わんか!」

「今日も賑やかですねェ」

「あはは。あ、リッド、スープならまだあるよ」

「マジで? おかわりしてくるっ」


 すっかり主題から逸れ、気ままに騒ぎ出す彼ら。

 フィオナが顔を上げると、その様子を黙って見守っているジークの横顔が目に入った。


 いつもと変わらぬ食事風景。

 いつもと変わらぬ静かな横顔。


 それでも、その目元が少し和らぎ、楽しそうに見えるのは、きっと気のせいではないはずだ。 


 

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