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第8話 異例の昇格

 冒険者ギルド・グレイ領支部は、朝から慌ただしかった。


 依頼掲示板の前には人だかりができ、

 報告待ちの冒険者が順番を待っている。


 その奥、受付カウンターでは、

 ミレイがいつも通りの手際で書類を処理していた。


「次の方どうぞ」

「報告は右、依頼更新は左です」


 声は落ち着いているが、

 視線は何度か、入口のほうへ向いている。


 そして――


「来たわね」


 扉をくぐったレインに気づくと、

 ミレイは一瞬だけ表情を緩めた。


「おはよう」


「おはようございます」


「もうギルドマスターは来てる」

「今日は……私も同席するわ」


「珍しいな」


「本部絡みの話だから」

「受付としてじゃなく、関係者としてね」


 そう言って、カウンターを離れる。


「行きましょ」


     ◆


 ギルドマスター・ドランの執務室。


 ノックの音に、低い声が返る。


「入れ」


 ミレイが先に一言添えた。


「失礼します。

 本部案件の件で、同席します」


「構わん」


 中に入ると、

 ドランはすでに書類の束を机に並べていた。


「来たか、レイン」

「それから、ミレイ」


「はい」


「……話が早くて助かるわ」


 ドランは一枚、書類を取り上げる。


「結論から言う」

「本部判断が出た」


 ミレイが思わず身を乗り出す。


「一昨日のDランク昇格の件ですが――」


「その判断は、撤回された」


「……え?」


 はっきりとした否定。


「代わりに、本日付で――」


 一拍置いてから、続ける。


「レインはBランク冒険者に昇格」


 ミレイは言葉を失った。


「B……?」

「いきなり、ですか?」


「ああ」


 ドランは淡々と説明を続ける。


「理由は三つある」


 指を一本立てる。


「一つ目。

 この支部で運用されている依頼・報告・危険管理の仕組み」


「……!」


 ミレイは理解した。


 それが“誰の仕事だったか”を。


「本部が再調査した結果、

 その構築と定着に、レインが深く関与していたと正式に認定された」


「二つ目」


 次の指。


「北街道旧採掘跡。

 キングオーガ特別個体の討伐」


「単独判断。

 被害ゼロ。

 周辺制圧を含めた完全処理」


「これは、明確にBランク相当以上だ」


 ミレイは、思わずレインを見る。


「……あれ、そこまで評価されるの?」


「される」


 ドランは即答した。


「そして三つ目だ」


 ドランは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。

 その仕草だけで、ただ事ではないと分かる。


「王都教育院・最終学年の実践演習中の件だ」


 ミレイは思わず息を呑んだ。


「……演習?」


「表向きは、な」


 ドランは言葉を選ぶように続ける。


「本来、演習区域で遭遇するはずのない存在と接触した」

「等級は――Aランク相当」


 ミレイは反射的に口を開きかけ、

 すぐに閉じた。


「討伐、成功」


 淡々と告げられる事実。


「ただし、この件は非公開扱いだ」


「非公開……?」


 ミレイが聞き返す。


「理由は二つある」


 ドランは指を折った。


「一つ目。

 演習の安全基準を大きく逸脱していたこと」


「本来なら、責任問題になる」


「そして二つ目」


 一拍置く。


「その演習パーティに――第四王子が参加していた」


 空気が、はっきりと変わった。


「……え?」


 ミレイの声が、思わず素に戻る。


「第四王子……?」

「え、ちょっと待って、それって――」


「そうだ」


 ドランは頷く。


「王族が、想定外のAランク魔物と交戦した事実」

「しかも、護衛も十分ではなかった」


「表に出せば、問題が多すぎる」


 だからこそ。


「報告は王都上層部で止められた」

「記録は残っているが、公開されていない」


 ドランはレインを見る。


「だがな」

「評価まで消えるわけじゃない」


「本部は、すべて把握した上で判断している」


「討伐判断」

「味方の離脱指示」

「戦線維持」

「そして、撃破」


「“ほぼ単独”という報告は、誇張じゃない」


 ミレイは、ゆっくりとレインのほうを向いた。


「……何それ」

「聞いてない」


「言ってないからな」


「言いなさいよ!」


 思わず素の声が出る。


「王子と一緒にAランク魔物討伐って、何それ」

「どんな学生生活してたのよ!」


「普通だ」


「どこが!」


 即座に突っ込む。


 ドランは、そのやり取りを見て小さく息を吐いた。


「そういうわけだ」


「三点すべてを総合し」

「本部は、Bランク昇格が妥当と判断した」


 さらに、続ける。


「加えて――」


 書類を一枚、机の上で裏返す。


「特例措置」


「全ランク無制限での依頼受諾を許可する」


「名目上はBランク」

「だが、実力で判断する」


 ミレイは、完全に言葉を失っていた。


「……ちょっと待って」

「それ、もう――」


「分かっている」


 ドランが制す。


「だからこそ、目は離さない」


 視線が、レインに向く。


「だが、背負わせる気はない」

「お前は、いつも通りやれ」


「分かりました」


 レインの返事は、相変わらず淡々としていた。


 その態度が、

 かえって場の重さを際立たせる。


     ◆


「なお、今回のキングオーガ討伐についてだが」


 ドランは話題を切り替える。


「これは正式な領主からの指名依頼だ」


「結果報告は、本人が直接行うのが筋だろう」


「この後、領主館へ向かえ」


「了解しました」


 特別な緊張はない。

 それは、何度もやってきた“いつもの仕事”だ。


 執務室を出ると、

 ミレイはしばらく黙っていた。


「……ねえ」


「何だ」


「王都教育院で」

「そんなこと、普通に起きるの?」


「起きない」


「でしょうね!」


 思わず声を張る。


 それでも、最後には小さく息を吐いた。


「……ほんと」

「相変わらず、規格外」


 呆れと、誇らしさが混じった声だった。


「気をつけなさいよ」


「何を?」


「いろいろ」


 それ以上は言わない。


 レインは軽く手を上げ、

 領主館の方角へと歩き出した。


 次に向き合うのは、

 この街の“もう一人の理解者”だ。


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