第7話 孤児院から始まる一日
孤児院の朝は、相変わらず騒がしい。
「兄ちゃん!」
「レイン兄ちゃん!」
門をくぐった瞬間、レインは捕まった。
「ちょ、引っ張るな」
「剣! 剣さわっていい!?」
「だめだって、触るな」
左右から腕を引かれ、前から服を掴まれる。
完全に包囲網だ。
そんな光景を少し離れたところで眺めながら、ミレイは腕を組んだ。
「……朝から人気者ね」
「逃げ場がない」
「昨日も言ったでしょ」
「戻ってきたって、ちゃんと実感させてあげなさい」
「物理的に実感してる」
結局、レインは子どもたちに囲まれたまま、しばらく動けなかった。
◆
一段落して、ようやく解放されたころ。
中庭のベンチに腰を下ろすと、ミレイが手を叩く。
「はい」
「今日の予定」
指を折りながら、はっきりと言う。
「宿探し」
「街の様子見」
「必要なもの調達」
「全部、私が“いいところ”教えてあげる」
「助かる」
「でしょう?」
得意げな笑みだった。
「で、改めて聞くわ」
「なんで戻ってきたの」
昨日も少し触れた話題。
でも今度は、逃げ道を塞ぐ聞き方だった。
「S級冒険者になるため」
「……あっさり言うわね」
ミレイは目を細める。
「この王国でも、今は三人だけよ」
「その席、空いてると思ってる?」
「空いてるなら、取りに行く」
「ほんと、昔から変わらない」
呆れたように言いながら、どこか嬉しそうだった。
子どもたちが去った後の中庭。
朝の空気はまだ柔らかい。
「王都にいれば、評価も仕事も揃ってたでしょ」
「生活だって」
「生活は、正直かなり良かった」
「ほら」
「領主の別宅みたいなところから通ってた」
「部屋も食事も、これまでとは次元が違った」
「炊事洗濯の心配もなかった」
「……優雅」
ミレイは半目になる。
「私の出番、なかったわね」
「否定できない」
それでも、とレインは続けた。
「それでも、ここに戻るほうがいいと思った」
「どうして?」
「王都で、北の魔境の動きが怪しいって情報が入ってきてる」
「ここは魔物との距離が近い」
「拠点にするには、ちょうどいい」
少しだけ、言葉を選ぶ間があった。
「それに」
「ここには、ミレイもいる」
「……」
「無理をしても、戻る場所がある」
「許してないわよ」
即座に突っ込む。
「勝手に無茶して」
「倒れて」
「看病されてただけでしょ」
「そうかも」
今回は、否定しなかった。
◆
孤児院を出て、街を歩く。
「長期滞在?」
「たぶん、しばらくは」
「宿、全然空いてないのよね」
通り沿いの看板を見上げながら、ミレイが言う。
「改装中」
「満室」
「短期のみ」
「タイミング、最悪」
ちらりと横を見る。
「……ちなみに」
「王都に、付き合ってる人とかいた?」
「いない」
「即答ね」
「そういう余裕、なかった」
「でしょうね」
くすっと笑う。
「じゃあ、提案」
「何?」
「私の家の隣、空き家なの」
「長期でも問題なし」
「いいのか?」
「いい」
迷いはなかった。
「私がいれば、身の回りの心配もないでしょ」
「昔みたいに、全部任せなさい」
「それ、完全に保護者だろ」
「今さらでしょ」
にやっと笑う。
「幼い頃から」
「倒れるまで無茶してきたレインを」
「何回看病してきたと思ってるの」
「……数えてない」
「でしょうね」
レインは、少しだけ視線を逸らした。
「……助かる」
「うん」
短く、でも確かな返事だった。
「じゃあ決まり」
「宿探し終了」
ミレイは手を叩く。
「手続き済ませて」
「そのまま買い出し行くわよ」
◆
市場は昼前から賑わっていた。
「まずは寝具」
「あと、食器」
「調味料は最低限ね」
「完全に引っ越しだな」
「長期滞在って言ったでしょ」
籠に放り込まれていく品々。
「これ、必要か?」
「必要」
「それは?」
「絶対必要」
「……俺の意見は?」
「参考程度」
そう言って、楽しそうに歩く。
袋が増え、手が塞がり、荷物が重くなる。
二人は買い出した荷物を貸家に置き、そのまま外に出た。
夕暮れの通りは、昼よりも人の気配が濃い。
焼き肉の匂い、酒場の笑い声、行き交う足音。
「今日はここにしよ」
ミレイが迷いなく入ったのは、昔からある小さな食堂だった。
◆
料理が運ばれ、ようやく落ち着く。
「……で」
箸を持ったまま、ミレイが言う。
「昨日の件だけど」
「もう聞いてる?」
「ギルマスから一通り」
視線が合う。
「北街道、旧採掘跡」
「キングオーガ、特別個体」
そこで一度、区切った。
「――暫定評価、Bランク相当」
「妥当だな」
「余裕そうに言うじゃない」
ため息混じりに、ミレイは続ける。
「本当はFランクスタートなのに」
「ギルマス権限で、明日にはDランク昇格」
「報酬も、かなり出る」
「朝からギルド来いって」
「そうか」
驚きはなかった。
◆
「ね」
ミレイは、少し声を落とす。
「その報酬、どうするつもり?」
「ギルドに預けておいてほしい」
即答だった。
「……使わないの?」
「今はな」
「理由、聞いていい?」
一拍。
レインは、箸を置いた。
「世界一の孤児院を作りたい」
空気が、止まった。
「子どもが、安心して育って」
「無理に強くならなくても」
「行き先を失わなくていい場所」
淡々と、でも誤魔化さずに続ける。
「そのためには」
「金もいるし」
「権力もいる」
「Sランク冒険者なら」
「それを動かせる」
◆
ミレイは、しばらく何も言えなかった。
箸を置き、
俯き――
ぽたり、と。
雫が、膳に落ちた。
「……ずるい」
「何がだ」
「そんなの」
「一人でやる夢じゃないでしょ」
声が震える。
「私、ずっと見てきたのよ」
「無茶して、倒れて」
「それでも前に進む姿」
顔を上げる。
「その夢」
「私も手伝わせて」
涙を拭いながら、笑った。
「孤児院の院長、空いてる?」
レインは、少しだけ目を見開き――
そして、静かに頷いた。
「……頼りにしてる」
「当たり前でしょ」
強く、はっきり言った。
「昔から」
「あんたの帰る場所は、私が守ってたんだから」
◆
食堂を出ると、夜の街が広がっていた。
灯りが点き、
人の声が重なる。
「じゃあ、明日はギルドね」
「ああ」
「Dランク冒険者・レインさん?」
「仮だ」
「はいはい」
ミレイは歩き出す。
「でもね」
振り返らずに言った。
「その夢」
「一人で背負う気なら、怒るから」
レインは、小さく笑った。
「分かってる」
こうして――
レインの第二の人生は、
“夢を共有する仲間”を得て、次の段階へ進んだ。




