第7話 仕事としての撃破
低く、腹の底に響く唸り声が、旧採掘跡に満ちていた。
キングオーガは、ゆっくりと立ち上がる。
その動きだけで、空気が重くなる。
周囲の小型魔物たちが、無意識に距離を取った。
(……圧が違う)
単に大きいだけじゃない。
長く生き残り、力を蓄え続けた個体。
“群れの王”として、成立している。
正面からぶつかれば、致命傷は一瞬だ。
だが――
(正面から、やる理由もない)
レインは、足音を殺して動いた。
◆
キングオーガが、一歩踏み出す。
それだけで、地面が沈む。
咆哮が空気を震わせ、
採掘跡に残っていた小石が跳ね上がった。
(……真正面は論外だ)
レインは距離を保ったまま、
視線だけで動きを追う。
力は規格外。
だが、身体が大きすぎる。
(振りが重い。切り返しが遅い)
キングオーガの腕が、横薙ぎに振るわれる。
岩壁が砕け、破片が飛ぶ。
レインはすでに、そこにはいない。
足を狙う。
深くは切らない。
避けられない角度で、確実に削る。
怒号。
踏み込み。
だが、脚がわずかに流れた。
(……来る)
次の一撃は、上段。
全体重を乗せた、叩き潰す動き。
レインは一瞬だけ、踏み込んだ。
衝撃が落ちる“前”。
懐に入る。
剣を、突き立てる。
硬い。
だが、通る。
急所を外さない。
キングオーガの身体が、ぐらりと傾き――
重たい音を立てて、崩れ落ちた。
◆
沈黙。
そして――
周囲の魔物たちが、一斉に動いた。
逃げる。
散る。
森へ、岩陰へ。
「……逃がさない」
レインは、息を整える暇もなく動いた。
数を減らす。
痕跡を断つ。
集められていた魔物は、
“核”を失えば、ただの獣だ。
それでも、残せばまた集まる。
だから――
徹底的に、潰す。
時間はかかった。
だが、陽が落ちる頃には、
旧採掘跡に動く影はなくなっていた。
◆
ギルドに戻ったのは、日没直前だった。
血と土を落とし、最低限整える。
そのまま、執務室へ。
「入れ」
低く、岩を削るような声。
ギルドマスター・ドランは、
机に肘をついたまま、こちらを見た。
「終わったか、小僧」
「はい」
地図を広げる。
「中心は、キングオーガでした。
特別個体です」
「……ほぅ」
太い眉が、わずかに動く。
「サイズも、筋力も、
記録にねぇな」
「ええ。
周囲は、オーク、ホブゴブリン、
グレイウルフの混成でした」
「だから、まとまりが良すぎたってわけか」
ドランは、腕を組む。
「被害は?」
「死者は出ていません。
巣作りの初期段階でした」
「……運がいい」
短く、そう言った。
「原因は?」
「街道の活性化と、放置されていた環境。
そこに、特別個体が入り込んだ」
「珍しくはねぇが……
面倒な兆候だな」
ドランは、地図を見下ろしたまま唸る。
「対策案は?」
「三点。
間引き範囲の再設定、
巡回頻度の増加、
報告系統の簡略化です」
「ふん……」
しばらくの沈黙。
やがて、ドランは立ち上がった。
「よし。
この件は、俺が領主に直接持っていく」
「……自分も同行を?」
「いらん」
即答だった。
「お前は今日は休め。
よくやりゃあがったが、顔が死にかけだ」
「ですが――」
「仕事は分担だ、坊主」
ドランは、口の端を少しだけ上げる。
「叩く役と、話す役。
両方やろうとして潰れられちゃ困る」
「……分かりました」
「明日は、何事もなかった顔で来い。
それが一番、周りを安心させる」
◆
執務室を出ると、
カウンターの向こうで、ミレイと目が合った。
「……終わった?」
「ああ」
「無事?」
「一応な」
ミレイは、ほっと息を吐いたが、
すぐに睨む。
「あとで話、聞くから」
「覚悟しておく」
◆
ギルドを出ると、
夜の空気がひんやりしていた。
街は、今日も変わらず灯っている。
だが――
(北は、動いてる)
静かすぎるのが、逆に気になる。
レインはそう判断しながら、
孤児院への道を歩き出した。
この街を守るために。
そして――
次の“仕事”に備えるために。




