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第4話 ギルドという場所

領主館を出ると、日が沈みきる直前の風が街を抜けていった。

昼間の賑わいが引き際を知り、代わりに一日の疲れと、これから始まる夜の気配が重なり始める時間帯だ。


仕事を終えた職人たちの足音。

店じまいを始める露店の声。

家路を急ぐ親子連れと、酒場へ向かう冒険者の背中。


昼と夜の境目。

この街が、一番“人間らしく”なる時間だった。


(変わってないな)


石畳の感触も、行き交う声の高さも。

王都にはなかった、生活の重なり合う匂いがある。


整ってはいない。

効率的でもない。

だが――生きている。


レインは、その空気を胸いっぱいに吸い込みながら、

街の中央に構えられた建物へ向かった。


冒険者ギルド。


かつては、

遊び場であり、

学び舎であり、

そして――命の重さを教えられた場所だ。


     ◆


扉を押し開けた瞬間、熱気がぶつかってきた。


酒と汗と、血の匂い。

怒号と笑い声が入り混じり、

壁一面に貼られた依頼書が、無言で状況を訴えている。


混沌としている。

だが、破綻はしていない。


誰が次に動き、

誰が帰ってきて、

誰がまだ戻っていないか――

それが、自然と共有されている空間だった。


その中心で、ひときわ通る声が響く。


「はいはい、次の方どうぞ!

 報告は右、依頼は左!

 雑談は後でまとめてね!」


カウンターの奥。

茶色の髪を後ろでまとめ、背筋を伸ばした女性が、

迷いなく書類をさばいている。


レインは、思わず口元を緩めた。


「……ミレイ」


名前を呼ぶと、ペン先が止まる。


「え?」


顔を上げた瞬間、目が大きく見開かれた。


「……レイン?」


一拍。

次の瞬間、表情がぱっと明るくなる。


「ちょっと! 本当にレイン!?

 いつ戻ったの!?」


「今日」


「今日!?」


身を乗り出しかけ、

周囲の視線に気づいて慌てて咳払い。


「……っ、失礼しました」


深呼吸一つ。

即座に“受付の顔”に戻る切り替えの早さ。


それを見て、

レインは心の中で小さく頷いた。


(変わってない。

 でも――ちゃんと成長してる)


「冒険者ギルド・グレイ支部受付、ミレイです。

 あなたと同じ孤児院で育った、二十一歳です」


「知ってる」


「三年ぶりなんだから、もう少し感動しなさいよ!」


軽く小突かれ、思わず笑う。


ミレイは改めて、レインを上から下まで眺めた。


「……大きくなったわね」


「成長期だったからな」


「体はね。

 でも雰囲気は、あんまり変わってない」


その言葉に、

ミレイが何を見ているのか分かった。


神童でも、実力者でもない。

“知っている弟分”としてのレインだ。


「それで?」


「領主からの指名依頼」


書類を差し出すと、ミレイは一瞬で察した顔になる。


「あー……なるほど」


軽く目を閉じ、奥を指差した。


「ギルドマスターいるわ。

 レインなら、そのまま入って大丈夫」


声を落として、付け加える。


「……あとで捕まえるから覚悟しときなさい。

 王都の話、全部聞くんだから」


「はいはい」


昔と同じ距離感。

それが、妙に嬉しかった。


     ◆


 執務室の扉は、分厚く、無数の傷が刻まれていた。

 長年、この街の危険と向き合ってきた証だ。


 ノックを二度。


「入れ」


 中にいたのは、体格のいい中年の男。

 短く整えられた髭。

 丸太のような腕。


 ドワーフのような風貌だが、人族。

 無骨で、現場の空気をそのまま纏っている。


「久しぶりだな、レイン」


「ご無沙汰しています。

 ギルドマスター、ドラン」


「覚えてたか。

 忘れてたら泣いてたぞ」


「殴るじゃなくて?」


「それは次だ」


 豪快に笑い、椅子を指差す。


「座れ。

 まずは、帰ってきたことを歓迎しよう」


 形式ばった挨拶はなかった。

 それで十分だった。


「……もう十八か」


 しみじみと呟く。


「六歳の頃は、俺の机の下で地図広げてたガキだったのにな」


「邪魔でした?」


「邪魔だった」


 即答。


「だが、無駄じゃなかった」


 ドランは古いファイルを取り出す。


「覚えてるか。

 “これはおかしい”って言い出した日のこと」


 レインは、黙ってうなずいた。


 顔見知りの冒険者が帰ってこなかった日。

 冒険者だから仕方ない――

 その言葉に、納得できなかった。


「何が分かってたら、死ななかったんですか」


 あの問いが、すべての始まりだった。


「最初はな」


 ドランは肩をすくめる。


「ガキの理屈だと思った。

 現場はもっと泥臭ぇってな」


 だが、と続ける。


「お前は引かなかった」


 依頼書を見て首を傾げ、

 報告書を読んで足りないと言い、

 “起きなかった異変”まで拾い始めた。


「五年だ」


 ドランは、はっきり言う。


「お前と俺で、五年かけて作った」


 様式化された依頼書と報告書。

 最新の魔物分布地図。

 特徴をまとめた簡易ガイド。

 異変時の対応手順。


「誰か一人のもんじゃねぇ。

 冒険者も、職員も、全員で作った」


 だからこそ、残った。


「王都に行く前には、もう完成してたな」


「ええ」


「形だけ真似する連中は多いが……

 関係者みんなが協力するのはこのギルドだけだ。

 鼻水垂らした坊主が誰よりも冒険者のことを考えて行動してやがったからこそできた仕組みだ」


 誇らしさは滲ませず、

 ただ事実として語る。


「で、だ」


 話を切り替える。


「その領主からの依頼だが、

 ギルドでも“異変”として追ってた案件だ」


「状況は?」


「その机の上の資料に全部書いてある」


 短く、即答。


「冒険者としては初日だが――」


 口角が、少しだけ上がる。


「仕事としては、続きだな」


     ◆


 執務室を出ると、ミレイが待っていた。


「どうだった?」


「相変わらずだった」


「でしょうね」


 書類を確認しながら、くすりと笑う。


「じゃあ今日は戻りなさい。

 孤児院でしょ?」


「そのつもり」


 指を一本立てる。


「いい?

 明後日、朝から孤児院に顔出すから、時間空けなさいよ」


「何で?」


「王都の話」


 逃がさない目だった。


「……分かった」


「約束よ」


     ◆


 孤児院に戻ると、

 子どもたちはもう寝る支度をしていた。


「兄ちゃん、おかえりー」


「おやすみー」


 簡素な寝台。

 見慣れた天井。


(戻ってきたんだな)


 レインは目を閉じた。


 懐かしい街の夜は、

 静かに、更けていった。


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