第9話
丸に「上」の字をあしらったお揃いの旗がなびく。
村上水軍の二隻の安宅船が並んで停泊している。
一隻が武吉の船。もう一隻が通康の船。
通康は武吉の要請で炮烙玉の補給に来た。小早船で木箱に詰めた炮烙玉を両船間で数百箱ほど運搬した。
厳島からかなり沖に出ると敵の軍船はそばにいない。
「父上、助かりまする」
武吉が両手を口元に当てて大声で言う。
「何を言うか。武吉、お前が村上水軍全軍の頭じゃ」
通康もまた同じように両手を口元に当てて大声で言う。
「お前の安宅船が旗艦じゃから、旗艦に炮烙玉がないのは洒落にならんじゃろう」
二人とも別の船の甲板から大声で会話していた。
「それからもう一つ、お前の船に乗りたいという者がいてのう。来島の者じゃが、いいかのう」
通康が言い終わらぬうちに、女を肩車した大男が通康の船の甲板から、武吉の船の甲板に飛び移る。
飛び移るとき、大男の体重で船が少し揺れる。
すると肩車されていた柿色の小袖姿の若い女が大男の肩から飛び降りる。
大男は身の丈六尺はゆうに超え、恰幅のいい体型、髪の毛はなく坊主のように禿げ頭だった。筒袖に括袴という恰好だった。齢は武吉と同じ二十歳前後か。
「権之助じゃないか」
武吉の背後で声がするので振り向くとオツルノオバが駆け寄ってくる。
「オバっ」
大男――権之助が口を開き、オツルノオバと抱擁する。
「生きておったのか。よかった。よかった」
「オバの知り合いか」
武吉が訊く。
「武吉にはまだ権之助のことを教えてなかったのう」
オツルノオバの話はこうだった。
武吉が肥後国の菊池家に出された後、能島の海岸に一人の少年が打ち上げられた。
オツルノオバのが少年を見つけ、漁民に手伝わせて自分の家に運び、介抱した。
打ち上げられたときは意識はなかったが、介抱すると元気になった。
少年は言葉が話せず、オツルノオバは少年に権之助と名付けた。
少年は不思議なことに魚の言葉がしゃべれるようなのだ。ときどき海に潜り、海中で魚となにやら口をパクパクさせてしゃべっている様子を能島の民が何人か目にしている。
オツルノオバは権之助を養子にしようとしたが、村上家は家督争いの最中だったので、来島の通康に権之助を預けることにした。
そして権之助が能島を出ると入れ違いで武吉が菊池家から帰って来た。
「しかし、魚と話せるわけないじゃろ」
武吉が言う。
「それが話せるのじゃ。人間の言葉は話せないがその分、魚と話せる。
タカ爺が言ってたが、昔はよく人間の赤子が河童に盗まれたそうじゃ。そして河童が育てた赤子は長じて魚の言葉がしゃべれるようになる」
「信じるか、そんな話」
権之助の隣にいる女がオツルノオバと武吉に軽く会釈する。
「あんたはだれだい」
オツルノオバが訊く。
「はい、お静と申します。権之助の妻です」
「そうかい、権之助は結婚してたのか」
「実は、わたくしは陶晴賢の顔を知っている者でございます。
村上水軍にはだれも陶の顔を見たことがある者はいないと聞きましたゆえ、わたくしめに首改めの検分役をさせていただきたく存じます」
「首の検分役なら毛利にいくらでもおるわ」
と武吉。
「いいか武吉」
通康にもこれまでの会話が聞こえていたようで、両手を口に当てて大声で言う。
「毛利勢でなく、わが村上勢でも独自で首改めができるようにすべきなんじゃ。
陶の首をわれらで取ったとしても、毛利の侍に手柄を横取りされるかもしれぬ。
そうならないためにも、われらにはお静が必要なんじゃ」
(つづく)




