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瀬戸の若鯱(わかしゃち)  作者: カキヒト・シラズ


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第8話

 刀の切り結ぶ音。武者たちの怒号。飛び散る血しぶき。

 敵の関船の甲板上で武吉は敵兵たちを次々と斬り捨てていく。

 炮烙玉がなくなり、味方の火矢船の火矢でかろうじて火災を起こしたものの、すぐに消し止められた。

 武吉たち海賊衆は数十人で敵船に乗り込み、白兵戦を仕掛けた。

 だが火災が起きてないだけに敵兵の動揺は少なく、いつになく白兵戦は厳しかった。

 それでも村上水軍の海賊の方が陶水軍の侍より強かった。

 村上水軍の海賊と陶水軍の侍。いずれも甲冑を着ているが、甲冑の下はふんどし一枚の裸が村上海賊、鎧直垂を着ているのが陶の侍だ。

 ふと関船が傾く。

 海女衆が船底に穴を開けたのだろう。

 武吉は屋形に入る。





 こわいよう。どうしよう。

 帆柱に上った小助は恐怖で体を震わせていた。

 小助は去年元服を済ませたばかりの少年で今日が初陣だった。

 村上水軍の安宅船から陶軍の関船に飛び乗ったとき、刀を海に落としてしまった。

 武器がなくなった小助は逃げ回り、命からがら帆柱によじ登った。

「小僧、降りてこい」

 気がつくと敵兵が帆柱の真下にいて小助をにらみつけている。

「降りないなら、こっちから行くぞ」

 敵兵が帆柱を登って来る。

「来るな。来るな」

 小助はふと背中に火縄銃を背負っていたことを思い出す。

 両足で帆柱をしっかり挟み、背中の火縄銃を取り出して構える。

 引き金に当てた指が震える。

 轟音とともに火縄銃は発砲した。

 帆柱を登りかけた敵兵は甲板に落ち、仰向けに倒れる。

 額から血を流し、微動だにしない。死んだのだ。

 小助は素早く帆柱を降りると、死んだ敵兵から刀を奪う。

「こしゃくな」

 声がするので見上げるとひげ面の別の敵兵が刀を大上段に構えている。

 万事休すか。小助はそう思う。自分の命は初陣で散ってしまうとは。

 次の瞬間、ひげ面の兵は口から血を流し、床に崩れ落ちる。

 槍で突かれたのだろう。背中からおびただしく出血していた。

「小助、気をつけろ」

 達平だった。達平が背後から槍で突いたのだ。

 小助が礼を言う間もなく、達平はきびすを返して新たな戦いに身を投じた。





 関船の船尾が海中に沈んでいく。

 武吉は戦いを終えて屋形から出ると、

「野郎ども、オッカーに戻れ!」

 ”オッカー”とは海賊衆にとり、自分たちの安宅船を指した。

「ウォー」

 海賊衆から獣の咆哮のような雄たけびが上がる。

 海賊衆は次々に”オッカー”に飛び移る。

 小助が安宅船の飛び移れず、舷側の上縁にぶら下がっているのを見つけると武吉は手を貸し、小助を甲板に引き上げる。

 敵の関船は船底に村上の海女衆が穴を開けたため、沈没していく。

 陶水軍の侍たちは海に放り出される。小早船で逃げる者もいるが、海賊衆は”オッカー”の甲板から容赦なく弓矢や火縄銃で彼らを襲撃する。

 そのうちに関船は海中に消え、陶水軍の侍たちの姿も視界から消える。


「カシラっ」

 達平が叫ぶ。

「こいつを生け捕りにしました」

 烏帽子をかぶった侍が両手を後手に縛られ、ひざまずいている。

 捕虜が逃げないように縛った縄の先を達平が握っている。

「こいつ、自分が敵の総大将、陶晴賢だと名乗るんです。

 嘘かも知れませんが、まあ殺すより、生け捕りにした方がいいかと思いまして」

 烏帽子をかぶっているのは妙だ。武吉はそう直感した。

「無礼者め」

 捕虜が叫ぶ。

「余をだれと心得る。周防国並びに長門国当主、大内義長公の第一の家臣、陶晴賢なるぞ。

 こたびの仕打ちは海賊どもの分際で無礼千万。

 余をかような犬のような恰好にさせてさらすとは。

 敵方とは言え、武士ならば礼をつくすはずじゃ。

 お主ら武士を名乗るならば、余に切腹させ、介錯人もつけよ」

 捕虜はわめきちらす。

 いくらなんでも本物の陶晴賢がこんなちんけな関船に乗っているはずがない。武吉はそう思う。しかも手下の人数も本物の陶晴賢を護衛するには少なすぎる。

 こいつはどんなに偉くとも、せいぜい田舎の支城の城代が関の山だろう。

 それでも少年時代、肥後国の菊池家で武士の正式な教育を受けた武吉には、周囲の野蛮な村上海賊どもより教養があるという自負もある。

 上質な鎧直垂といい、貫禄ある物言いといい、もしや本物の陶晴賢では、という疑念がふと脳裏をよぎる。

「殺しましょうか」

 達平が訊く。

「いや、生かしたまま座敷牢へ連れてけ」


(つづく)


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