第6話
宮尾城天守閣からも峠の狼煙は見えた。
博奕尾から山道を駆け下りて陶軍の本陣を襲撃する軍勢は間違いなく毛利本軍だ。
海岸沿いを見下ろすと、小早川隆景の軍勢が騎馬隊を走らせている。
いよいよだ。乃美宗勝はそう思い、思わず武者震いする。
「井上殿。われら籠城軍も出陣すべきかと」
甲冑に身を包んだ井上元兼は宗勝の言葉に無言のままうなずくと、天守閣から外に向かって法螺貝を吹く。
宮尾城の塀の狭間から弓矢、火縄銃が攻撃を開始する。
ややあって、刀や槍を持った籠城兵たちが敵陣に向けて疾駆する。
敵陣からも矢が飛んでくる。
「うわっ」
元兼が法螺貝を落として仰向けに倒れる。首に矢が刺さっている。
「井上殿!」
宗勝は元兼に駆け寄り、胸をさするが、もはや絶命しているのは明らかだった。
なんということか。今まで兵糧攻めに耐えたのに、ここで命を落とすとは。
「お命仕り候」
不意に二人の武者が抜刀して天守閣の間に入ってくる。
宗勝は抜刀して立ち上がり、まず一人の武者を斬り捨て、もう一人の武者とは刀を切り結ぶ。
そのとき天守閣の間に味方の足軽が入ってくる。
足軽は宗勝と戦っている敵の武者の背中を槍で突き刺す。
武者は口から血を吐いて、腹ばいに倒れる。絶命していた。
敵兵が城内に侵入しているとは。
宗勝は額から汗が流れているのに気づく。
「野郎ども」
武吉が甲板の中央で叫ぶ。
「炮烙じゃ、炮烙火矢を持て」
炮烙火矢、または炮烙玉とは村上水軍が得意とする武器だ。
球状の陶器に火薬を詰めた爆弾で、小型のものは直接手で投げ、大型のものは縄がついていて”投げ炮烙”と呼ばれ、振り回してから遠心力を利用して遠方に投げる。
手榴弾のように爆破して敵に損傷を与える他、敵の軍船に火災を起こすことを目的としていた。
安宅船の甲板では、数十人の村上水軍の海賊たちが炮烙玉を手にしていた。
「投擲じゃ」
武吉の号令と海賊たちの雄たけびはほぼ同時だった。
武吉自身も三個の”投げ炮烙”と二個の小型炮烙玉を投げた。
向かい側の敵船の安宅船に多数の炮烙玉が一斉に投げ込まれ、甲板にたちまち火が広がった。
「主舵いっぱい」
武吉が叫ぶ。
船が少し傾き、甲板にいた数人の海賊が転んだが、すぐに立て直すと、火災で燃えている敵船のすぐ隣まで来る。
「野郎ども、行くぞ」
武吉はそう言うと、少し後ろに下がり、助走をつけて甲板の縁から跳躍し、敵船の甲板に着地する。
他の海賊たちも後に続き、次々に跳躍して敵船に移る。
足を踏み外して海に落ちる者。水しぶきが上がる音。
燃え盛る敵船の甲板上では武吉が刀を振り回し、奇襲に困惑する敵兵たちを次々に斬り捨てる。
他の村上海賊たちも刀や槍で敵兵を倒していく。
武吉は屋形に入り、敵兵を倒しながら階段を降りて船底部屋へ進む。船底で刀を床に刺し、水しぶきが上がるのを確認すると再び屋形を経由して甲板に戻る。
炎は前よりも勢いを増していた。息ができないくらいだ。
「野郎ども、戻るぞ」
武吉は再び跳躍して自分たちの安宅船に戻る。
他の海賊たちも後に続く。
「取舵いっぱい」
燃え盛る敵船が離れていく。
ほどなくして敵船は燃えながら海中に沈没していった。
村上水軍の伝統的な戦法はこうだった。
敵船が安宅船の場合、まず小早船で近づき、敵船の錨綱、または錨網を鎌槍で切断する。
次に火矢船と呼ばれる関船の部隊が火矢、つまり火のついた矢を敵船の舷側に撃ち、火災を誘発させる。
次いで炮烙船と呼ばれる関船や安宅船が炮烙玉を敵船の甲板に投げ、火災を大きくする。
火災が十分広がったところで自分たちが敵船に乗り込み、刀や槍で敵兵を殺戮し、船底に穴を開けるなど敵船を破壊する。
そして敵船が沈没する前に自分たちの船に戻ってくる。
これが主な戦いの流れだった。
相手が関船の場合もほぼ同様の戦法だが、火矢船は省略されることもあった。
また敵の小早船がこちらの安宅船や関船に近づいてきたら、通常の弓矢や火縄銃で応戦した。
(つづく)




