第15話
武吉の嫡男、川丸の元服式が営まれたのは、厳島の戦いから十年後だった。
その間、村上水軍は何度となく毛利軍の戦に加担し、元就の中国地方統一の野望を後押しした。
村上海賊の元服式は公家や守護大名、あるいは室町幕府に詰めた武家のそれとは違う。
もともと元服式は公家や身分の高い武家がやる儀式で下級武士はやらない。
だが元服の略式やまねごとをする下級武士の家庭はたくさんあった。
元服後、武吉の嫡男、川丸は村上元吉と改名した。
その日、能島にある唯一の神社の神官が能島城に赴き、元吉に祝詞を上げた。
能島城、大広間には床の間に「元吉」と書かれた掛け軸を飾り、元吉と武吉が向かい合って座った。
母のお松、祖父の村上通康に加え、因島から村上吉充も元服式に参集した。
各人の前に箱膳が並び、馳走が盛られる。
元吉は父、武吉と同じ朱色の陣羽織を羽織っている。陣羽織の背には丸に「上」の金文字があしらってある。
また式の最後に武吉が元吉に烏帽子をかぶせた。
武吉は元吉が今かぶっている烏帽子は、もともと陶晴賢という戦国武将がかぶっていたものだと元吉に説明する。
また村上海賊の中で元服式で烏帽子をかぶったのは元吉が初めてだとも告げる。
公家や大名の元服式には珍しくないが、並みの侍の家なら高価すぎて烏帽子はかぶれない。
元服式が済むと、元吉は武吉に連れられ、曳舟で沖に出た。
元吉は沖に出るのがひさしぶりなので、心が高鳴った。
「その陶晴賢っていう武将は生きてるの。死んだの」
元吉が訊く。
「さあ、どうかな」
と武吉。
沖に出ると無人の曳舟が一艘浮いているのが見つかる。
「父上、あれはなんじゃ」
「さしずめ、オツルノオバの船じゃろう」
本当だった。しばらくすると、白装束のオツルノオバがワカメを手に海上に現れ、無人の船に乗る。
「川丸じゃないか」
オツルノオバが元吉を見て言う。
「川丸じゃないわい。今日から村上元吉だい」
「そうじゃった。そうじゃった。
ところでおまえは父ちゃんのまねして、ここで小便垂れるなよ」
「オバ、それは教えんでくれ」
武吉が決まりが悪そうに言う。
「オバはいつもここでワカメ取ってるの」
元吉が訊く。
「ああ、そうじゃとも」
武吉はオツルノオバに別れを告げ、櫓を操ってさらに沖へ曳舟を進める。
波はおだやかだった。
遠くの空で渡り鳥の群れが見える。空は雲があるが晴れやかだ。
初夏の海はどこか懐かしい潮の臭いを運んでくる。
元吉は海を見つめる。
これから自分は父のような一人前の村上海賊になるんだ。
元吉は胸の中でそう決意する。
期待と不安。緊張と高揚。それらが複雑に交錯した名状しがたい心持ちだった。
海面に光が反射して元吉の目にまぶしかった。
(了)




