第13話
オツルノオバは甲板から鯨の襲撃を見ていた。
あれが武吉や権之助の仕業なのか、そうでないのかはわからない。
今、安宅船は船頭がいない。
武吉がいないときは達平がかわりに船頭を務める決まりになっていたが、オツルノオバには達平が武吉のかわりができるとは思えない。
陶水軍が攻めてきたらどうなるのか。
すると突然、水しぶきが上がり、巨大な鯨が海から飛び出し、「クエー」という咆哮とともにトビウオのように空中にその全身を現す。
海老のように頭と尾をつけるように全身を曲げる。
鯨の背中に男が乗っている。
鯨と男は同時に空から落ちてきて、鯨は水しぶきとともに海中に姿を消し、男は安宅船の甲板に立膝をついて着地する。
男は武吉だった。
「だいじょうぶか、武吉」
オツルノオバが駆け寄る。
「うちの人はどうなんでしょう」
お静が武吉に訊く。
「まあ、あいつのことだ。生きてるじゃろう」
武吉は肩で息をしながら答える。
だがそれでもお静は気が気でない様子だ。
達平が武吉に竹水筒を持ってくる。
武吉は竹水筒を一気に飲み干す。
「いやだわ。わたくしを置いて先に行くなんて」
お静は権之助が死んだものと思っているような口ぶりだ。
「きっと生きてるよ」
とオツルノオバ。
しかしお静は甲板の縁に歩いて行き、身投げしようかどうかを悩んでいるように一心に海を見つめる。
「お静、おやめよ」
だがお静にはオツルノオバの言葉が耳に入っていない。
「ねえちゃん、行っちゃだめだ」
小助が慌てて駆け寄り、お静の手を引く。
だがお静は小助の手を振り払い、甲板から海に飛び込む。
「お静」
オツルノオバは甲板からお静が落ちた地点を覗き込む。
しばらくして水面から気泡が現れる。
するとお静を肩車した権之助が海面に現れ、立ち泳ぎしている。
二人とも首を海から出しているので息ができる。
次の瞬間、二人の周囲に複数の海女衆が海面から顔を出す。
海女衆も立ち泳ぎしてるのは明らかだ。
「武吉、なにしてるんだ。手伝わんと」
「わかった。わかった」
武吉はしぶしぶ立ち上がると、
「野郎ども行くぞ」
武吉に達平と小助が続く。
やがて立ち泳ぎしている全員を武吉たちが安宅船に乗船させる。
「小早川隆景、ただ今参上いたす」
毛利の三男、小早川隆景が言う。
「塔の岡に構えた陶軍の本陣は完全に占拠し、敵軍は山中に逃れた残党を除き、殲滅せし候。
水軍もまた陶軍はほぼ全滅したかと。
宮尾城の籠城軍は多数戦死者はあれ、かろうじて死守いたし候」
「大義であった」
元就が言う。
「まだ山中に残党がいるとのこと。
総大将の陶晴賢の首は取ったが、まだ油断はできぬ。残党も殲滅するのじゃ。
とりわけ弘中隆兼の軍が気がかりじゃ」
毛利本陣は戦勝の空気が流れていた。
隆景は左腕に布を巻いている。負傷したのだろう。
元就は矢筒から矢を一本取り出し、隆景に差し出す。
「隆景よ。これを折ってみよ」
隆景は言われたとおり矢を二つに折る。
「ではこれは折れるか」
元就は今度は三本の矢を隆景に渡す。
隆景は今度は折れない。
元就は三本の矢を長男、隆元に渡し、折るよう命ずる。
隆元も折れない。
そこで次男、元春にも同じことをさせるが三本の矢はまたしても折れない。
「よいか。この矢はおまえたちじゃ」
元就は言う。
「おまえたちは一人では一本の矢と同じ。きわめてもろい。
じゃが三人集まって協力すれば、その強さは無敵じゃ。
おまえたち三人がいつも協力すれば、われら毛利家は安泰という意味じゃ。
ワシが言いたかったのはこれだけじゃ」
すると突然、本陣の陣幕を破り、馬に乗った一人の騎兵が現れる。
騎兵は元就めがけて刀で襲撃するが、隆元が元就をかばう。
元就は地面に倒され、その上を隆元の体が覆う。
「貸せ」
元春が立ち上がり、近くにいた足軽から槍を奪うと騎兵の背中を突く。
騎兵は落馬し、地面に転がるがすぐ立ち上がる。
そこを抜刀した隆景が襲い掛かる。
二三合切り結んだ後、隆景が騎兵を斬り捨てる。
血まみれの騎兵の死体が地面に転がる。
「こいつは弘中隆兼です」
首改め役の侍の一人が近づき、騎兵の顔を見て言う。
(つづく)




