第11章
山道を三人の侍が小走りに上っていた。
伊香賀房明。柿並隆正。山崎房方。いずれも陶晴賢の家臣にして、容貌が主君と瓜二つなので影武者役を務めていた。
ふと開けた場所に出たので三人とも休憩することにした。
三人とも地面にしゃがみ込み、一人が水筒をすする。
「いずれ吉川勢がここまで来よう」
房明が言う。
「もはや逃げ道はないぞ」
総大将の陶晴賢は少数の手下ととも水軍で海に逃げた。
一方、影武者を含む部隊が山中に逃げた。本物の晴賢はこちらにいると敵方に思わせるためだ。
案の定、毛利の次男、吉川元春の軍勢が影武者部隊の方を追撃してきた。
もう少し時間をかせぐ予定だったが、吉川軍の猛攻で部隊の侍はほとんど全滅した。残るは影武者役の三人のみとなってしまった。
しかし生き残った三人とてその命は風前の灯火に近い。吉川軍が近くにいるからだ。
「どうしたらいい」
と隆正。
「われら切腹するしか道はないじゃろう」
と房方。
三人はしばらく議論したが、三人とも切腹することで同意した。
まず房方が切腹し、隆正が介錯人を務めた。
次に隆正が切腹し、房明が介錯する番になった。
隆正が死んだ後、房明は介錯人なしで切腹する手はずになっていた。
隆正は地面に座り、脇差を腹に当てる。
刃の先が腹に触れて冷たさを覚える前、隆正は切腹するつもりたっだ。
だがそのとき気が変わった。このまま死んでなにになろう。ここで死んだら犬死ではないか。
隆正はふと起き上げり、振り向いて房明の腹に脇差を刺すと、そのまま真一文字に切り裂く。
「なぜじゃ……」
房明はそう言いながら後ずさり、仰向けに倒れると体を痙攣させる。
まだ生きているかもしれないが虫の息だ。
隆正は一人で山道を歩き出す。
「見つけたぞ」
背後から声がする。
声のした方から矢が数発飛んでくる。
一発が右すねに当たり、隆正はびっこを引く。
正面の木陰から抜刀した鎧武者が現れる。
「だれじゃ」
と隆正。
「冥土の土産に教えてやろう」
鎧武者が言う。
「われこそは、吉川軍大将、吉川元春なり」
そう言い終わらぬうちに元春は刀を薙ぐ。
隆正の首は胴体を離れ、山道を転がり落ちる。
あいつが陶晴賢だったとは。武吉が胸の内で舌打ちする。
うすうす並みの侍とは趣が異なるとは感じていたが、まさか本物とは思わなんだ。
武吉は甲板から海を見つめる。
「武吉、飛び込で探しても無理じゃ。やつはおぼれ死んだんじゃ」
オツルノオバが言う。
「やつの首を毛利に持っていけば、たんまり報酬ももらえるはずじゃった」
「おまえも陸の侍が考えるようなことを言うようになったな」
「おれは泳ぎが得意じゃ」
「よしとけ。海女衆だってやつは探せぬ」
すると権之助が武吉のそばにやって来る。
「ピエー…ピエー…」
権之助は奇妙な言葉を海に叫び続ける。
安宅船の甲板には武吉、オツルノオバ、権之助、お静の四人にいつのまにか達平と小助の二人が加わった。
「権之助、なにしゃべってるんじゃ」
武吉が訊く。
「クジラ……ヨブ……クジラ……ヨブ……」
権之助は手を使いながらなにやら必死で武吉に伝えようとする。
ほどなくして、海から巨大な鯨が飛び上がる。
権之助は甲板の手すりに素早く上り、跳躍する。
権之助は鯨の背中に飛び乗り、そのまま鯨とともに海中に消える。
「すげえや」
小助がため息をつく。
「どうなってんだ」
と達平。
「こうしちゃいられん。われも行くぞ」
武吉が海に飛び込む。
これは夢かうつつか。
そのどちらでもあり、どちらでもない。そうした不思議な心持ちだった。
陶晴賢は鯨の背に乗せられ、海を泳いでいた。
やがて鯨が海中に潜ると息ができなくなり、苦しくなる。
そのうちに意識がうすれる。
やがて気がつくと海岸に仰向けに倒れている自分を見出す。
一体、ここはどこだ。
村上海賊の船から海の飛び込んだところまで覚えている。
あのとき身投げしたつもりだった。
だが自分はまだ生きている。
三人の槍を持った足軽が小走りにやって来て、晴賢に槍の先を突きつける。
「待たれよ」
晴賢はそう言い、懐から白旗を取り出す。
白旗を急いで広げる。
「降参じゃ。余は陶晴賢なるぞ。
余を毛利元就公のもとまで連れて行け。
それまでは余を殺めてはならぬ」
足軽たちは少し驚いた様子で互いになにやら相談している様子だ。
自分は死にたいのか。死にたくないのか。晴賢自身にもわからない。
おそらく同じ死でも名誉ある死とそうでない死を同じ死でも大きく違うと感覚的に悟っているのだろうか。
海賊の牢獄で死ぬのは不名誉な死。海に身投げするのはそれよりましな死。
足軽風情に槍で突かれて死ぬのは不名誉な死。敵将、元就の前で切腹するのは侍の本懐。
晴賢はまだ意識が朦朧としていたが、足軽たちに後手に縄で縛られ、連れていかれた。
(つづく)




