第10話
屋形内の座敷牢は狭く、居心地は悪かった。
陶晴賢は甲冑を脱がされ、鎧直垂に烏帽子をかぶった格好だった。
見張り役の海賊が床に座って居眠りしてるのを確認し、烏帽子の中から鎧通を取り出す。
鎧通とは鎧の隙間から相手を刺す小刀で、戦では接近戦のとき重宝した。
ここに入れられる前、海賊どもに鎧直垂を脱がされ、調べられたが、烏帽子の中までは調べられなかった。
所詮、海賊のやることは武士から見れば野蛮で手抜きの遊戯に過ぎない。
晴賢はそう思う。
鍵穴に鎧通を挿し込み、こねくり回しているうちにカチッと音がし、錠が外れる。
ゆっくり戸を開け外に出る。
鎧直垂を脱がされたときに懐に入っていたので没収された白旗が、無造作に床に置いてある。白旗は巻き畳んで懐に入る大きさだ。
晴賢は白旗を回収して自分の懐に入れ、見張り役を起こさないよう注意しながらその場を後にする。
村上通康の安宅船はすでに西の海に帰還していた。
甲板の上ではお静が身の上話をしていた。
お静の周りには武吉、オツルノオバ、権之助がいる。
さようでございます。わたくし、静は守護大名、大内義隆公の下女をしておりました。
陶晴賢が主君であるはずの大内公に謀反を起こしたとの報を受け、武力では陶にかなわぬと見て大内公は家臣を連れて法泉寺の方へ避難されました。
わたくしども下女は大内氏館の留守を任されておりました。
ところがほどなくして陶の軍勢がやって来て大内氏館を放火したのでございます。その上、金目のものは奪い、館に詰めていた者は皆殺しにしたのでございます。
普通、女子供は見逃してくれるはずですが、陶はわたくしども下女衆も殺めたのでございます。
わたくしは怖くなって館を抜け出しました。すると陶の兵が追って来ます。
わたくしは山中に逃げ込みました。
最初は山道を進んでいたのですが、途中から獣道を進み、道なき道を進み、すっかり道に迷ってしまいました。その日は山中で一夜を過ごしました。
翌朝、再び山の中を進み、気がつくと夕方には周防の漁村にたどり着いていました。
漁村の人たちに事情を説明し、朝からなにも食べてないことを話すと親切にもとある民家に連れていかれ、食事をご馳走になりました。それから数日、その民家に居候したのですが、そのうちに家人と仲が悪くなり、ある日、家を飛び出し、港に停泊していた大きな魚船の船底にこっそり潜り込みました。
船はほどなく出航しましたが、その日のうちに来島の村上海賊に捕まりました。
なんでも帆別銭を支払わずに瀬戸内海を横断しようとしたとのこと。
海賊どもは男たちを殺め、女たちに辱めを与えたのでございます。
船底に隠れていたわたくしめはこの権之助に見つかり、力づくで手籠めにされました(お静は権之助をきつくにらむと、権之助は申し訳なさそうに頭をかく)。
わたくしは泣き叫びましたが男の腕力にはどうあってもかないません。
海賊たちは来島に引き上げていきましたが、権之助はわたくしめを肩に担ぎ、自分の住居に連れて行きました。わたくしめはそこに軟禁され、魚や飯など食事は与えられましたが、権之助はときどき男女の営みを強要するのでございます。
最初は毎日泣いておりましたが、そのうちに情がうつったのでございましょう。
気がつけばわたくしは権之助と夫婦になり、来島に移住することを決意したのでございます。
話は戻りますが、陶軍が大内氏館を焼き払うとき、わたくしめは陶晴賢の顔をはっきりと見ました。
なにもできないわたくしめではございますが、陶晴賢の首改めならお手伝いできるかと思い、この船まで参った次第でございます。
お静の話はまだ続いていたが、屋形から一人の男が走り出ると、お静は口を閉ざす。
男は鎧直垂を着、頭に烏帽子をかぶっている。
「待て!」
武吉が男を追いかけるが、男は甲板に縁まで来ると、少し躊躇した後、海に飛び込んだ。
飛び込むとき風で烏帽子が吹き飛ばされ、甲板に落ちる。
「あの男です」
お静が言う。
「あの男が陶晴賢です。間違いありません」
(つづく)




