5/7
エピローグ「星を抱く人」
少女が空へ還ってから
いくつの夜が過ぎただろう。
青年は相変わらず
海の近くで暮らしている。
白猫は彼のそばで
寂しさを知るように寄り添っていた。
少女のいた場所には
もう何もない。
触れられるものはひとつも残っていない。
それでも
青年の中には確かに彼女がいる。
彼は夜になると
家の灯りをひとつだけ残して
海へ向かう。
波が靴を濡らすまで歩いて
空を仰ぐ。
ひときわ強く輝く星が
毎晩そこにあった。
「君は今日も綺麗だよ」
誰に聞かせるでもなく
優しくつぶやく。
言葉は光になって
夜空へ消えていく。
あの日
触れたはずの唇の温度。
笑った時に揺れた髪。
泣きそうな声で笑って見せた瞳。
全部
胸の奥で静かに息をしている。
忘れない。
忘れられない。
恋は形を失ったあとで
やっと本当になる。
ある夜、青年は
白猫を抱いたまま
星に向かって目を閉じた。
「また会おう」
それは約束というより
祈りに近かった。
風が頬を撫で
潮の香りが満ちる。
青年は薄く笑う。
悲しみはもう残っていない。
ただ、想いだけがそこにある。
空で光る少女は
きっと今日も笑っている。
触れられない距離でも
消えない関係がある。
海は寄せては返し
夜は巡り続ける。
いつかまた
ひとつの泡が
星のふりをして
降りてくる日まで。
青年は海を見つめ続ける。
恋を抱き締めたまま
未来を生きていく。
❦ℯꫛᎴ❧




