第8章 リアルのコートへ
「なあ!この前のJVBL準決勝、見たか!?あのリトル・クィーンとの死闘!それに決勝のXとの――」
昼休みの教室。翔太は身振り手振りで興奮し、まるで自分が戦ったかのように語っていた。
「スピンムーブからのクロス!あれで観客チャットが“神プレー”って騒いでさ!」
「へえ、そうなんだ」
遥は、パンをかじりながら素知らぬ顔。しかし内心、いつかバレるかと、心配で苦笑する。
やがて、リアルでの公式戦――ウィンターカップ地方予選が始まった。
体育館の天井を突き抜けるような歓声。これまでなら胸が縮こまりそうになるその空気の中で、遥は堂々とコートに立っていた。
(私は……もう逃げない)
ゲーム開始のブザー。
遥は軽やかにステップを刻み、鋭いクロスオーバーで相手を抜き去る。
その手の感覚は、V.B.Lで磨かれた「雷光のクロス」を思い出させた。
リム下では大柄な相手が壁のように立ちはだかる。
だが、Xの巨体を前に学んだ――小柄な自分だからこそ掴めるタイミングがある。
「バックステップ・フローター!」
柔らかな弧を描いたボールがリングに吸い込まれ、観客席がどよめいた。
攻防は続く。
相手のプレッシャーが強まるたび、遥は自然と深く息をつく。
(大丈夫。V.B.Lで培った“冷静さ”がある。リトル・クィーンの視線を振り切った時の集中力がある。ユウタと一緒に駆けた日々の勇気がある――)
一瞬、脳裏にユウタの笑顔がよぎる。
(……彼とは、まだ決着をつけられていない。あの時、助けられたままの私だから)
心残りは胸を締めつけるが、それもまた、今の自分を走らせる力に変わっていた。
ゲームは接戦となり、残り時間はわずか。
相手が必死のディフェンスで追い詰める。だが遥は焦らない。
(メンタルの“度胸”も“判断力”も、V.B.Lで何度もレベルを上げてきたじゃないか。だったら――)
「ここで……決める!」
チームメイトに冷静な指示を飛ばし、ドリブルで対戦相手2人のマークを引き連れる。
その瞬間、ノールックでサイドへ矢のようなパス。
味方が放ったシュートは、美しい放物線を描いてゴールへ――。
ブザー。歓声。勝利。
「やったぁああ!」
翔太が叫び、仲間が遥を抱きしめる。
遥は汗だくで笑いながら、胸に熱を感じていた。
(V.B.Lの中の“理想の私”も、現実に生きる“私”も……どっちも大切な自分でリンクしている。どちらも最高に楽しい)
かつては、背の低さに悩み、堂々と立つことすらためらっていた。
だが今は違う。画面の中で走ったあの時間も、仲間と肩を並べたこの瞬間も、すべてが「私のバスケット」だった。
(逃げる理由なんて、もうどこにもない。ここから先は――自分の足で、どこまでも進んでいける)
観客席の歓声が一層大きく響く中、遥は両手を高く突き上げ、まるでV.B.Lのアバターと現実の自分が重なり合うかのように、誇らしげに笑った。