第6章 リトル・クィーンの執念
“JVBL X-GAME” ――ノヴァ"は、苦戦しながらもなんとか準決勝までコマを進めた。
そして"ノヴァ"の前に立ちはだかったのは、長くクィーンの座を守り続けるプレイヤー、Little QUEEN_LEAP
――その存在だけでコートの空気が引き締まる。
アバターの瞳は鋭く光り、まるで「負けたら自分が消える」とでも言うような迫力を放っていた。
「負けられない――絶対に」
――リトル・クィーンのその言葉は、観客のいないコートでも重く響いた。
"ノヴァ"は心の奥で自分に言い聞かせる。
――楽しむんだ。自分のバスケを信じて。
ゲーム開始のホイッスルと同時に、リトル・クィーンが猛然と飛び込む。ワンオンワンの攻防は一瞬たりとも気を抜けない。
リトル・クィーンは、鋭いステップで切り込み、ドリブルのリズムを自在に変え、"ノヴァ"のフェイントにも、ことごとく対応してくる。
"ノヴァ"も、これまでの地道な練習で培ったディフェンスとステップワークで対応。
しかいボールを奪おうと踏み込めば、ワンテンポ遅れてかわされ、切り返すたびにフェイントで揺さぶられる。
リトル・クィーンの執念は尋常ではなかった。
彼女のアバターは、リアルな遥よりも小柄ながらも、そのドリブルを含めたオフェンススキルは尋常ではない動き。
フィジカルのパラメータを極力まで削り、スキルに振り分けている。
何かと対峙する自分への強迫、逃げ場のない自己管理……
その重圧はコートにありありと現れ、攻防のたびに"ノヴァ"にぶつかってきた。
両者は一歩も譲らず、リングの前で止めどない攻防が続いた。
リトル・クィーンは視線を鋭く走らせ、ボールを指先で転がす。
リズムが一瞬ずれるたび、ドリブル音がコートに重低音のように響き渡る。
次の瞬間――彼女の身体が残像を引く。
モーションブラーがかかったようなヘジテーションで、右へ切り裂くインサイドアウト。
"ノヴァ"の目には、その動きが一瞬「消えた」と錯覚するほどだった。
「くっ!」
"ノヴァ"は必死に反応し、体を横へ滑らせる。スニーカーが床を擦り、火花のように響く。
リトル・クィーンは視線でのフェイクも織り交ぜ、まるでボール自体が生き物のように"ノヴァ"の意識を翻弄する。ゲームは、均衡。
しかし――"ノヴァ"は逃さなかった。
ほんの一瞬、リトル・クィーンの重心が前のめりに傾いた瞬間。
「今だ!」
"ノヴァ"はバックチェンジでのクロスオーバーで、鋭い稲妻のようにリトル・クィーンの横をすり抜ける。
それでもリトル・クィーンは、持ち前のスピードですぐさま追いつく。
最後は、バックステップからのフローターで、リトル・クィーンをかわし、ショット。
ボールはスローモーションのように宙を舞い、回転するオレンジの軌跡が光を反射する。
観客のいない静寂のコートに、リングに吸い込まれる「シュッ」という音だけが響いた。
決まった。
コートに残ったのは、決着の音を告げるブザーだけだった。
ブザーが鳴った瞬間、リトル・クィーンは膝に手をつき、うなだれた。
そして、かすれた声で呟く。
「負けたら……私、自分が壊れる……」
その言葉の裏には、彼女だけの深い苦しみがあった。
――リアルの彼女は、伝統ある良家に生まれた“お嬢様”。
華やかな舞台を飾るトップモデルとして注目を浴び、将来は政財界をも左右する道が約束されていた。
けれども、その輝かしい立場は、常に「完璧であること」を求められてきた。
上品に、淑やかに、気品を崩さず――そうでなければならない。
乱れてはいけない。泥臭く汗を流すことも、拳を握って叫ぶことも、許されなかった。
だが彼女の奥には、見た目でも、家柄でもない、もう一人の自分がいた。
がむしゃらに勝ちを追い、刺激を求め、全身で何かにぶつかりたい。
――そんな衝動を抑え込んで生きてきた。
その“もう一人の自分”を解き放てるのが、V.B.Lだった。
ここでは優雅な微笑みも、完璧な立ち振る舞いも必要ない。
ただ勝ちに飢える“女王”として、牙をむくことができるのだ。
――だからこそ、負けるわけにはいかなかった。
負けたら、もう一人の自分まで否定されてしまう。
しかし、それは彼女自身が、知らず知らずのうちに作り出した強迫観念にすぎなかった。
次の瞬間、リトル・クィーンは天を仰ぎ、意外にも柔らかな声を漏らした。
「……と思っていたのに?」
震える声。だが、その響きはどこか解放感を帯びていた。
――Little QUEEN_LEAP。
彼女は、敗北の先に広がる“別の景色”を見つけたのだ。
死闘を終えて、"ノヴァ"は静かに息を整えていた。
互いに消耗し尽くした戦いの中で、クィーンの苦しみが確かに伝わってきた。
しかしノヴァは気づく。
――勝つことだけがすべてではない。
彼女のように「完璧を求められる苦しみ」もあれば、自分のように「小さな体に悩む苦しみ」もある。
形は違えど、どちらも“本当の自分”を求めているのだ。
そのことを理解したとき、二人の胸の奥に、微かな共鳴が生まれていた。
「完璧じゃない私も……ちょっと、いいかも」
そう微笑んだリトル・クィーンは、コートを後にした。
その足取りは敗者のものではなく、むしろ軽やかで、風に解き放たれたかのようだった。
……
……
数日後、遥の学校に、世界的にトップモデルの早乙女 美月が、“突然”現れた。
「なに?」
「なぜ?」
「まさか?」
「信じられない!」
学校中が、まるで蜂の巣をつついたかのような騒ぎだ。
生徒たちはスマホを構え、授業中にもかかわらず窓から駆け寄る者もいる。
遥も、またその一人で、目を見開き、驚いた。
美月の存在感は圧倒的で、柔らかな気配すら周囲の視線を釘付けにした。
美月は、遥に近づき、そっと耳元でささやいた。
「"ノヴァ"……この前のゲームは、とても楽しく、最高だったわ」
その一言に、遥はさらに驚き、思わず口をつぐんだ。
――彼女が、“Littele QUEEN_LEAP”?
――アバターと全然違う!!!私と逆の意味だけど……
「ありがとう、遥。あのコートで、私は自分を見つめ直せたの。」
「あのコートであなたと戦ってみて、私にとって大切なのは、結果じゃなくて、自分が全力で楽しみ、挑むこと。」
「そして今の自分もV.B.Lの自分も、どちらも大切な自分なんだってわかったの」
「次は、Xとの対戦ね。彼が、公の大会に出るなんて珍しい事なんだけど……」
「私も戦ってみたかった!彼は強いよ。私とは違う、本物の強さ!」
美月の声は熱を帯び、Xの圧倒的な強さに刺激されながらも、遥に寄り添う励ましの言葉だった。